097:走る
注意。
この話は、いつもにも増して、完全にパラレルです。
白銀水也のオリジナルの上で、スマブラキャラが動いてると思っていただいても良さそうです。
そういうのが苦手な方は、申し訳ございませんが、引き返して下さいです。
ロイリンマルとピカチュウの四人は、昔からのお友達同士でした。
ところがある日、どうにもならない理由で、
ある二つの勢力に、分断されてしまいました。
ロイマル二人とピカチュウの所属する勢力と、
リンクの所属する勢力は、敵同士で、互いを潰しあっています。
ピカチュウは、ロイマル二人の所属する勢力の、味方かと思われました。
しかしそれは、大きな間違いだったのです。
ロイマル二人は、リンクの所属する勢力の追っ手に、追われてしました。
この話は、そこから始まります。
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「行け! …僕が、やるから」
「でもっ…!!」
「行けって、言ってるだろ!!
…負けない。負けるわけにはいかないんだ、わかってるだろ?」
「……っ」
「…時間は、稼ぐから。早く、行って!!」
「……、……っ!!」
マントが返って、赤い髪が、再び走り出す。
碧の瞳が一瞬、こちらを振り返ったが、
早く行け、と、睨み返して、声に出さずに、伝えた。
地面がぬかるんで、おそらくきっと、思ったより距離は稼げないだろう。
だから、雨の不利の中でだって、
時間だけは、せめて、いくらだって稼いでおかなければ。
「……これで、いいんだ。…負けない。…『負け』は、しないから」
くるりと振り向き、ようやく追いついてきた、刺客を視界に入れる。
強すぎる雨の音が邪魔をした為、相手との感覚が上手く把握できない。
それでも多分、お約束として、数だけは大勢いるに違いない。
最悪の状況だ。
「…『負け』だけは…、しないから……」
だから、嘘つきだって言って、後で自分を責めたりしないで。
細身の剣をしっかりと握り締め、命を賭けて、向かっていった。
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神様どうか、これ以上裏切られる前に、雨で凍え死なせてください。
「………ひどいねぇ…、」
ぱしゃぱしゃと、小さな足音が聞こえた。
明らかに人間のものではない、その軽さ。
マルスには、覚えがあった。
人間ではないのに人間の言語を喋る、小さな生き物の存在を。
それは少し前まで、味方であったはずの、いわゆる間者(スパイ)。
へらっとした気楽な笑顔の下に、裏切り者の牙を剥いていた。
「………だから、ロイさんを逃がしたんだ。…バカみたい」
「……ピカ、チュウ…」
たくさんの屍に囲まれて。
マルスは地面に仰向けになって、微かな呼吸を繰り返しながら、
ピカチュウの名前を呼んだ。
呼んで確かに、ピカチュウの無表情が、曇った。
腹部を押さえた左手は、押さえ切れない鮮血で、すっかり汚れていた。
それをこの雨が、遠慮無く地面に洗い流してゆく。
地面に流された血は、細く筋を書いて、うんと向こうまで。
「……ロイさんなら、きっとすぐ捕まるよ。…バカみたい」
「……ロイは…、…倒されないよ…。…あいつは…、強いから…」
「…あなたの方が、強いと思ったけど?」
「……っ、…そ、れは…、…剣だけ、だろ?
…そうじゃなくて、…あい、つ、には…。…もっと別の、ものがあるから…」
「……こころの強さ、ってやつ? …わからないな」
「…ああ」
すぐにまた無表情を保ったピカチュウは、マルスをじっと見つめていた。
末路を嘲笑うでもなく、
かつての仲間を心配するでもなく、
ただずっと、痛みに喘ぐ姿を、痛みを与えている腹部の傷を、
そこから流れる血を、血の流れる行方を、ずっと。
「…ロイさんが、あなたの思うほど、強いひとじゃなければどうするの?」
「……どうしよう、…かな」
「…あなたは知的な人かなと思ったけれど、僕は、間違ったかなぁ」
「……さあ…。…僕には、わからない…」
「そうだね。…僕はとりあえず、人間ほど馬鹿な生き物はいないと思ってる」
「………」
可愛らしい声が、淡々と思いを述べた。
マルスがピカチュウの方を向こうとして、
腹部の傷がまた、痛んだ。
「…自分の大事なもの以外目に入っていなくて、
自分の大事じゃないものがどんなに苦しんでいたって、少しも労わらないから」
「………」
「まあ、それは、僕も同じだけれど。
…僕は、リンクの味方だから」
「……。…だから、僕を殺すのか?」
「………」
ふ、と、微かに微笑んで、
マルスは、ピカチュウを見た。にこりと、笑った。
「……そんな怪我で、よく笑っていられるね。
息するのも、いっぱいいっぱいなのにね」
「……、…」
「……僕は、リンクの味方だよ。…悪いけど、あなたを殺せないな」
「………。…え?」
にこりと笑っていたマルスの表情が、めいっぱいの疑問を含んだものに変わる。
ピカチュウはそれを冷たい視線で見やると、
身体の後ろに隠していたらしい何かを、取り出した。
銀縁に、薄紅色の、きわめて薄い鉱石が埋め込まれた、
ちまたでは『ハートのうつわ』と呼ばれているらしい、
治癒効果のある、道具。
ピカチュウはそれを短い手で持って、とことことマルスに近づいた。
仮にも『裏切り者』が近くにいるのだから、構えの一つでも取った方がいいのだろうが、
あいにくとマルスの身体は、自分では少しだって動かせなかった。
雨の筋に沿って、真っ赤な血が流れていく。
白い肌に泥がとんで、より青白く見える。
「………」
ピカチュウはハートのうつわを、躊躇(ためら)うことなく、マルスの腹部にかざした。
「………、」
ハートのうつわがきらきらと光り、やがてマルスの身体から、すぅ、と痛みが引いていく。
ハートのうつわが完全に無くなるころには、
マルスには、痛みどころか、傷だって少しも残っていなかった。
「………ピカ、…チュウ…?」
「………」
「……どうして…、…お前は、…向こうの者だろう?」
「…僕は、リンクの味方だよ。だから、あなたを助けるよ」
「………?」
先程まで傷のあった腹部に不思議そうに手をあてながら、
マルスはピカチュウに問う。
ピカチュウの返答の意がさっぱり理解できないらしく、マルスは、
不思議そうな顔で、ピカチュウを見つめた。
「……鈍感…。」
ピカチュウが、どこかあさっての方向を向いて、ぽつりと呟く。
その言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか、
マルスは更にわけがわからないらしい。首を傾げて、ピカチュウを見る。
何だか、気が殺がれる。
前から思っていたけど。
「……怪我が治ったんなら、早く、行った方がいいんじゃない?」
「……え…、」
「…僕はこれから、報告に行かなければならない。
僕は、“追っ手さんを残らず倒したマルス”を、殺すためにここに来た。
怪我をしたときのために、ハートのうつわを持って。
だけどマルスは、その重症を、僕のハートのうつわを奪って治して、
そして僕から、逃げていった、 ってね」
「………。…でも、…お前は、そうしたら」
「そうだね。怒られるだろうなぁ、…そしたら今度は、
追っ手から逃げ延びたロイさんと、マルスを、今度こそ殺してこいって言われるかもねぇ」
ピカチュウは、淡々と、目の前の「マルス」にこんなことを言う。
言葉の意を、今度は汲み取って、
マルスは、剣を抱えて、真っ直ぐ立ち上がった。
ピカチュウを、見下ろした。
ピカチュウが、見上げた。
「……行くの?」
「…ああ。…ロイを、助けてあげないと。
…見逃してくれて、ありがとう」
「………」
冷たい雨の中、似合わない、やわらかな微笑みを、ピカチュウに向ける。
ピカチュウが、無表情を少し、ゆがめた。
「…僕は…、お前を、信じてるから」
「………。…甘い、なぁ…」
はあ、と。
小さく、溜息をつく。
「…僕は、リンクの味方だよ。だから、ロイさんを、殺しにいくよ。
それだけは…知っておいてね。マルスさん」
「………ああ。……わかった」
「……。…ばいばい」
「…また、な」
剣を、鞘におさめた。
顔に落ちる、濡れた前髪をはらって、ピカチュウに、背中を向ける。
「…リンクに…。…よろしくな」
「………」
返事は、無い。
それでも、良かった。
今この場で、自分と相手とは、敵同士なのだから。
一歩、踏み込んだ。
浅い水溜りに、足が沈んだ後で、泥をはねさせて、走り出す。
冷たい雨が、身体に痛かった。
冷たい雨が降る。
マルスはその中を、走った。
さっき自分が逃がした、赤い髪の少年のいる方へ、
ひたすらに、走る。
己の信じた道の上を。
どうしても、「僕はリンクの味方だよ。だからあなたを助けるよ」
…の台詞を使いたかったのでした。
前も後も少しも考えていませんが、気が向いたら、続きを書く…かもしれません。
そしたら今度はきっと、さらわれたマルスをロイが助けにいく話、ですね!(笑)