095:プリズム
七年間の空白は、彼に、様々な痛みを与えた。
だから、彼は、恨むように思った。
「いっそ感情なんか、無くなってしまえばいいのに」
と。
それが、『彼』のはじまり。
******
ダークリンク。
少し長めの金属的な銀髪に、血のような真っ赤な目に、無機質な白い肌。
リンクと似た形の、真っ黒い服。
帽子は被っておらず、ばらついた銀髪が、少し怖かった。
『ダークリンク』と呼ばれることに何故か苛立ちを覚えるらしく、
普段は、『ダーク』、と呼ばれている。
そして彼には、感情が、一切無い。
…らしい。
******
「…ああ。こんなところにいたんだ」
「………」
自分の親友そっくりの彼に、興味を惹かれないわけがない。
ダークリンクがこの屋敷に住まわされて、3日。
屋敷に来て初っ端、
何も知らないで、彼をリンクかと間違えたマルスに怪我を負わせたこと以外は、この3日間、
特に問題も起こさなかった。
纏う雰囲気に少々問題はあるにしろ、彼はひたすら無口で大人しかったし、
銀色の髪が綺麗に見えたのだろう、ダークリンクにじゃれついていったピチューに対しては、
追い払うでも、遊んでやるでもなく、ただされるがままぼーっとしていた。
ピカチュウ的には、ピチューが危険な目に遭わないのであれば、それでいい。
そして、自分の親友と、同じかたちをしているのだから。
少しくらい、話してみたくなる気持ちも、わからないでもないだろう。
「こんにちは」
「………」
屋根の上でぼうっとしていたダークリンクを、早々と見つけたピカチュウは、
いつものようにへらりと笑うと、ぺこん、と頭を下げた。
「こんにちは、黒いお兄さん。僕のこと、わかる?」
「……勇者の…、…頭の上に、いる奴…」
そんなピカチュウを、普段と変わらない視線で見下ろし、
ダークリンクは自分の記憶を辿る。
黄色い、耳のとがったねずみの、居場所を。
なんかその覚えられ方微妙だなあ、とピカチュウはのんびりと言う。
ピカチュウはやがて、とことこと歩くと、ダークリンクの下で、止まった。
へらりと可愛い笑顔のまま、ダークリンクを見上げた。
彼の端麗な横顔の背景の、満月が綺麗だった。
視線だけピカチュウに向けた、氷のような無表情を見、
ピカチュウは、ふと、何かを思う。
「………」
「…何だ…」
「………?」
笑顔が、ふっと消えた。疑問と、少し残念そうな顔。
「…顔のかたちはおんなじなのに、あんまり似てないねえ」
「………」
「黒いお兄さん、リン…、…… …勇者と同じって作られたんでしょ。
もっと似てるかと思っていた」
「……以前は、もっと似ていた」
ダークリンクが、ぽつ、と呟く。
ピカチュウは不思議そうな顔で、赤い目を覗いた。
「そう?」
「ああ。…仰られていただけだが」
「…仰られていた? 誰が?」
「…ガノンドロフ様が」
「………。…ふうん…。…でも、じゃあ今は似てないんだ」
「…ああ。…そうだな」
「どうしてか、わかる?」
可愛らしく小首を傾げ、ピカチュウは訊ねる。
ダークリンクはそれを無感情な瞳で一瞥すると、
やがて、空を見る。
「…勇者は、…迷うようになった…」
「…え?」
空を見るダークリンクの瞳を、ピカチュウは追う。
その身に纏う服と同じ、深い闇。
その闇を切り裂くように、光を纏う、白い月と。
「俺が生まれた時の勇者は、頑なで、真っ直ぐだったんだ。
空白の時に目覚め、課された運命とやらに、抗うこともしなかった」
「………」
その身に負わされた、
封印を解き、
世界を救う神の姫を助ける、
そんな使命。
「勇者が行ったのは、…どうして、自分でなければならないのかと、
世界と運命とを、恨んだことだけだ。だから、俺が生まれた」
「…こころの影?」
「…ガノンドロフ様は、そう仰られたが」
「ふうん。じゃあ、そうなのか」
ピカチュウが、いとも簡単に、言う。
ダークリンクは一瞬目を伏せ、そして続けた。
「…だが…、…今の勇者は、迷っている。
何を迷っているかは、わからないが…。
…俺は、勇者が真っ直ぐだった、その時の影だ。だから、似ていない」
「……へえ…。」
「…ここまでしか、俺はわからないが。
お前は、わかるんだろう? 勇者の迷いが」
「…うーん、…まあ、ね。」
ピカチュウがこっそりと、視線を逸らした。
迷いとはやはり、あのことなのだろうか。
リンクがこの“世界”で初めて出会った、青い王子。
心の奥底を掻き乱す、思いと。
そして、束縛を認めない、真っ向から立ち向かう、赤い少年。
全てが、リンクのいきかたを迷わせる。
正しかったのか、間違いではなかったか、
と。
「………感情があるのなら…、…人は、迷う」
思考にふけっていたところ、ダークリンクの声が聞こえた。
頭に「?」を浮かべ、ピカチュウはダークリンクを見つめた。
「ただ真っ直ぐなだけでは、人形と同じだ。
…迷うことで、勇者は…人らしくなった。
…それが、正しいんじゃないのか?」
「………」
感情が無いらしいダークリンクの赤い瞳が、ピカチュウを見た。
少し黙って、やがて、へらりと笑う。
「ん、…そうだね」
「………」
「…ああ。それじゃあさ、ダークさん」
「?」
今度はダークリンクが、頭に疑問符を浮かべる番だった。
ピカチュウは気楽に笑ったままだった。
「ダークさんも、感情、あるんだね。よかったね」
「………」
よかったね、と、言われたことも、重要だったが、
何より、それよりも。
「……え…?」
「だって、ダークさんも、迷っているだろう?」
「……俺が?」
「うん」
ダークリンクが、呆然とピカチュウを見る。
「だって、黒いお兄さん、真っ直ぐな勇者の影なんでしょう?」
「……ああ」
「でもその真っ直ぐな黒いお兄さん、一度勇者に、倒された。
僕はそう聞いたよ」
「………」
「でも、じゃあさ」
今のリンクは、迷っている。
そして影は、一度、消えた。
「『どうしてダークさん、ここにいるの?』」
「………」
それは、
ずっとダークリンクの胸の奥につかえていた。
「…そ、…れは、」
「…ほら、やっぱり思ってた。…これは僕の推測だけれどね?
ダークさんは、きっと、今のリンクの、影なんだ」
「………」
「光が迷ってるから、影も迷う。
計算はぴったりだけれど」
「………」
胸の奥が、変な感じだった。
この気持ちは、何て言う?
「…自分の存在に迷い…、…その答えを見つけたら今度は、
あなたはきっと、『嬉しい』『悲しい』『苦しい』って何? って思うと思うよ」
「………」
「前は、感情がなかったんだもんねぇ。当然だよねえ」
「………、」
感情が、無いんじゃなくて、
あなたはただ、
感情を、知らないだけだと、
目の前の、小さな生き物は、静かに言った。
「………」
「感情が無いってことに、ひけめを感じていたんでしょう?
ここのひとは皆、感情があるから」
「…どうして、…俺、だけ…」
「ね。そう、思うでしょ。それで、いいんだよ。間違いじゃない」
「………」
ピカチュウが、へらりと笑う。
風が、ざわ、と鳴いた。
「…ダークさんは、光じゃないし、影なんだろう。魔物、なんだろーけどね」
「………」
「いいんだよ。迷っていい。
光は真っ直ぐ進まないことだって、あるんだから。
光が屈折することもあるから、
だから、あなたが迷っても、大丈夫」
白い月と、
深い闇と、
舞う銀色の髪に、
小さないきもの。
「…ほら、」
「……?」
「似てるよ」
「…何が」
「リンクと、ダークさん。よく似てる」
「…そうなのか?」
「迷えば?」
「………」
にこにこと笑顔のままで、ピカチュウはきっぱりと言った。
「小さなことでも、迷えばいいよ。
何なら、誰かに訊いてみるのも手だよ、『似てる?』って」
「………」
「あなたとリンクが似てるのか、その迷いにこたえが出たら、今度は、
違うことに迷えばいいよ。そうすれば、あんまり退屈しないよ」
「……そうか…」
「うん」
空を、見上げる。
闇を切り裂くような、光。
「ああ… 、…月が、綺麗だねぇ」
「………“きれい”…?」
「うん。
そういえば月って、太陽の光反射して、光ってるんだってねえ」
「…“きれい”…??」
「じゃあ、闇を照らしてるのは、真っ直ぐな光じゃないんだねぇ… 」
そして、次の日。
何があったのか、
不思議そうな顔をしながら、
ピチューと遊んでいる、
ダークリンクの姿が目撃された。
その光景を、ちょっと面白そうに見ているピカチュウを見て、
リンクは何だか、不思議そうな顔をしていた。
…らしい。
そんなわけで、ダークリンクさんご登場です。相変わらず超・個人的設定です。
主な設定は、キャラ紹介表に載せとくことにしますです〜。
この話を皮切りに、ダークリンクさんは、
まるで子供のように色々なものに興味を持ち始めます(笑)
ええまあ、うちのダーリンさんは紛れも無く受けですが。
実はこのサイトは初めロイマル・リンダーで行こうと思ってたなんて、
今更言えない事実です(言ってますよー)。