094:夏休み




ちりん、ちりん。

カーテンレールに引っ掛けた風鈴が、綺麗な音をたてた。
そよ風が、ふわりとカーテンを撫で、風鈴が、揺れる。
ガラスがぶつかる、冷たい、小さな音。
オルゴールみたいに、心地良い、透明な音で歌って。

「これで、たたみに障子に縁側だったら、素適なんだけどねぇ」
「…タタミにショウジにエンガワ?」

リビングから庭に出ることのできる、壁一面を使った大きな窓。
窓は全開で、カーテンレールには、風鈴が引っ掛けてある。
ちりん、ちりん。
オルゴールみたいに、心地良い、透明な音で歌って。

「い草編んだ床でしょ、木の枠にうすーい紙張ったやつに、窓の外の座るとこ」
「……??」

さらりと言ったピカチュウの、その内容を、ちょっとだけ考える。

カーテンレールの真下に、リンクはぼーっと座っていた。
ピカチュウは隣にちょこんと座って、しゃくしゃくとすいかを食べている。
先程、ルイージが、切って持ってきてくれたものだ。

ちまちまと種を取りながら、ピカチュウがすいかを食べる様子を、
リンクはじっと見ていた。
そして一言。

「…いちいち取らなくても、口の中で取って、
 後でまとめて吐き出せばいいんじゃないか?」
「だって、飲んじゃったら大変じゃないか」
「言う程大変か?」
「おなかの中で胃に埋まって、芽が出るんでしょ?」
「………は?」
「ロイさんがそー言ってた。…怖いよね。
 ある日突然、のどがいがいがしはじめたら、
 口からツルが出てくる、なんて…」
「………。」

短い手で、ピカチュウは真剣に種を取っている。

「…今度は、種無しすいかを買ってもらおうな」
「そんなのあるの?」
「あるんだよ。…ったく…、」

よくもまあ、そんなことを信じたものだ。
当然、教える方も、悪い。

リンクはやる気なさげに、庭に目を向けた。




広い場所に、子供用のビニールプールが出されている。
空気を入れることによってふくらんだ、あざやかな水色のプール。
ビニールプールの中には、浅めに水が張ってあった。
中には、カービィとピチュー、それからプリン。

それから、マルスが、いた。

「…わ、ちょっ、と、…冷たいって…!」

その身長では大分窮屈だろう、マルスは、膝を折り曲げて座っている。
どうやら、子供達の世話をまかされたらしい。
子供達に水をかけられたり、逆に水を、じょうろでかけてあげたり。
珍しく、惜しみなく笑ってみたりして。けっこう楽しそうだ。

マルスは、普段どおり、金の縁がついた、薄紫のシャツを着ている。
首の前は、いつもより大分開けていた。
青いズボンの裾を膝まで上げて、手袋とティアラを外して、
もちろんブーツも脱いでいる。プールから少し離れたところに、まとめて置いてあった。

中途半端な格好だ。

「マルスおにーたん、服脱がないでちゅ?」
「服濡れるでしゅよー?」
「濡れちゃうよー洗濯めんどうだよー? あーでも洗濯で濡れちゃうからいっしょか。
 っていうか、もう濡れてるし」
「…あはは、…カービィの言ったとおり、だよ」

そんな中途半端な格好のマルスを見ながら、子供達はわいわいと騒ぐ。
マルスは、苦笑いを返しながら、ピチューの頭を軽く撫でてやった。

「でも、洗濯した後は? お昼からパジャマー?」
「……うーん…。」

痛いところを突かれる。
要するにマルスが服を脱がないのは、肌を見せるのを好まないからなのだが。

そんなことはともあれ。

「はーいはい、人のことはどーでもいーから」
「あ、ロイしゃんー」

ふっと、マルスに影が落ちてくる。
見上げると、ロイが、マルスの後ろでにっこりと笑っていて、

「…ロイ」
「よーマルス、楽しそーじゃん」

ひらひらと、手を振っていた。

「ロイおにーたん、どこ行ってたでちゅ?」
「そーだよぉ、最初はロイが遊んでくれる約束だったのにぃ」
「用があったんだよ。ルイージさんの差し入れ」

子供達の非難を浴びるロイの手には、何かの載った、トレイがあった。
そのことに、カービィがいちはやく気づく。

「あ、すいかだーっ!」

トレイの上に載ったものが、食べ物であると気づいた瞬間、
カービィは、マルスの肩にぽん、と飛び乗った。

「っ、わっ…」
「しゅいか?」
「ちゅいか?」
「そ、すいか。あっちでピカチュウも食ってるだろ」

そう言って、屋敷の方に目をやるロイ。
ぼーっと座っているリンクの横で、ピカチュウがすいかを食べている。

「一緒に食べてこいよ。
 プリン、これ、落とさないように向こうに持っていってな」
「ここで食べちゃだめでしゅか?」
「すいかの汁の中で泳ぎたくないだろ?」
「ボクは泳ぎたいー」
「お前は普通じゃないからいいんだ。
 というわけだから」

水から上がったプリンにトレイをあずけて、ロイはにっこりと笑う。
カービィは、マルスの肩から、そのままビニールプールの外に下りて。
ピチューは、マルスに水から上げてもらった。
小さな身体を大きく震わせて、水を吹き飛ばす。水飛沫が、芝生を濡らした。

三匹そろって、たたた、と駆けていく。

「ロイおにーたん、ありがとでちゅー」
「わーい、すいかー!」
「カービィしゃんっ、つまみ食いはだめでしゅーっ!」

ピカチュウがそれに気づいたらしい、顔を上げて、へら、と笑っているのが見えた。
プリンが落としかけたトレイに、リンクが慌てて両手を伸ばしているのも。

ビニールプールの中で、マルスが溜息をつく。

「…はあ…。」
「…で? どーして服脱がないんだ?」
「…どうでもいいって、言ってただろ…」
「個人的には脱いでほしーんだけど。
 さりげなーく見える鎖骨も好きなんだけどさー。チラリズム万歳だし」

そう言って、マルスの首筋を、軽く指で撫でる。

「っ!! …なっ、」
「でもまー、それくらいがマルスにはちょうどいいのかもな。
 あんたが上半身晒しても、あんまりそれっぽくないもんなぁ」

ロイの指の感触が嫌だったのかどうか、顔を真っ赤にして、思わず後ずさるマルス。
…実際は、狭いビニールプールの中なので、上半身を引くだけに終わったが。
ロイはそんなマルスを楽しそうに見ながら、さらさらととんでもないことを言っていく。
ピカチュウ辺りがこの場にいれば、「せくはらー」だの何だのと、言われてそうだ。

もちろん、マルスが、されっぱなしで黙ってるわけもなく。

「…っの、バカッ!!」
「っっ!!?」

プールの中にあったじょうろを、思いっきり投げつける。
じょうろは、すこーん!! といい音をたてて、ロイの顎にヒットした。

「〜〜〜〜〜っ、に、すんだよっ!!」

顔と前髪と、襟とを飛沫で濡らしたロイが、思いっきり喰って掛かった。
ずい、と顔を近づけてきたロイを睨みつけて、マルスは軽く舌打ちする。
…ここは、狭いビニールプールの中だ。
ロイに顔を近づけられると、逃げることはおろか、立ち上がることもできない。

「…お前がっ、」

そんな心中を悟られないように、強気に出ることにしたらしい。

「お前が悪いんだろ! くだらないこと言って…!」
「くだらないなら、こんなことする必要ねーだろッ!
 何だよー、俺はちょっとマルスの魅力を語っただけなのにっ!!」
「何が魅力、だ! 男にそんなこと言って、楽しいのか!?」
「あーそりゃーもう、すっげー楽しいね!!」
「………っ…、」

ロイの言葉を詰まらせるために言ったはずのことを肯定され、
逆にマルスが詰まってしまう。
水の中で、ぎゅっと手を握って、マルスはつい、顔を逸らしてしまった。

ロイが、そんなスキを、逃すはずもない。

「そんなふうに言ってるけど、わかってんだからな」
「……何がだ」
「逃げられないんだろ。その中じゃ」
「……!!」

思わず、ロイを見てしまったマルス。
その表情で確信したロイが、にやっと笑う。

「だろーなあ。そんな狭いところじゃなー」
「…っ、そんな、ことっ」
「あーはいはい。うん、でも、そーいうちょっと抜けてるとこもかわいいから」

腕を伸ばして、ロイはマルスの肩を押さえた。
水に濡れた服は身体に張りついて、いつもより感触がリアルだな、と思う。
焦ったマルスが抵抗するが、ロイはそれを押さえ込んだ。
狭い、ビニールプールの中で。

「ロ、ロイッ…、」
「何だよ。人にもの投げた仕返しだって」

うきうきとそんなことを言いながら、ロイはマルスに顔を近づけた。
少しずつ、肩を押さえる手に力を込めて。
ふ、と視線を上げれば、近くには、怯えた様子で目を硬く閉じるマルスがいる。
何もキスくらいでそんなに怖がらなくても、とちょっぴり思ったが、
ロイはここが外であること、離れた場所にリンクと子供達がいることを忘れていた。

肩を押さえていない方の腕を、ビニールプールの底に突き立てる。
薄く張ってある水が、ちゃぷん、と音をたてる。
お互いの唇が触れ合おうとした、


      次の、瞬間。


「っ、え、」
「……っ!? わ、何っ…!!」

ぐらり、と、何かが傾いた。と、気づいた時にはもう遅かった。

ただでさえ、小さくて軽いビニールプールだ。そこに、ロイが力を込めてしまった。
二人ぶんの体重を支えきれなくなり、
ビニールプールは、大きく傾く。端の方が、地面から離れて。
ロイは前向きに、マルスは後ろ向きに、合わせて倒れた。
そして。

「な、おわああぁぁぁーーーっ!!」
      っ!!」

ばっしゃーんっ!! と、派手な音をたてて。

ビニールプールは、ひっくり返った。
芝生に仰向けに倒れるマルスと、その上に覆いかぶさるような体勢のロイの、
更に上に、被さるようにして。

当然、中に入っていた水は、二人を盛大に濡らしたわけだが   

「……っつ、冷てっ、…ああもう、何…」
「…何、は、こっちのセリフだッッ!!」

一瞬、何が起こったのかわからなかったロイとマルスが我に返る。
マルスは顔に怒りを出して、身体を起こし、思いっきりロイに殴りかかった。

「おわっ!」

殺人的な勢いで飛んできた拳を避け、ロイは思わず一歩、跳んで下がった。
被さっていたビニールプールを、一緒にどこかに投げ飛ばす。
身体の上からロイがいなくなって、マルスは即座に起き上がった。
肩で息をする二人は、お互いを睨み合う。

「何すんだよ! 俺を殺す気かッ!!」
「お前なんか、一回生まれ変わった方が世界のためだ!!」
「あ、何だよその言い方ー!!」
「そのままの意味だろ!!」

芝生の上で向き合い、ぎゃあぎゃあと、子供そのもののように騒ぐ二人。
いつも通りの口喧嘩だ。
離れたところでは、子供達が、ロイとマルスを見てやはり騒いでいるが、
二人はそれに気づく様子は、無かった。

「プールがひっくり返ったのは、どう考えてもお前のせいだ!」
「うっせーな、だからどうしたって言うんだよ!」
「一応なりとも謝れ、って言ってるんだ!」
「何で俺が謝らなくちゃいけねーんだよ!
 マルスがいたずらしたくなる程かわいいのがいけないんだろー!」
「そんなはずがあるか!! このバカ!!」
「バカで悪かったな、どうせ俺はバカだよ!!」

ロイとマルスは、お互いの主張をまったく譲らない。
何か言うたびエスカレートする、この喧嘩の終止符は、
随分と、意外な人間が、打った。

「はいはい、わかったから、二人とも」
「!」
「…あ、」

二人を制しながら、間に割って入った人物。

さっきまで、カーテンレールの下にいた、リンクだった。

「仲がいいのもいいんだけど、着替えてこいよ。風邪、ひくぞ」
「っだって、マルスがっ!」
「だから、それはいいから。な? マルスも」
「〜〜〜っ…、」

苦笑しながら仲裁をするリンクに、ロイはまだ不満そうだ。
マルスはどうやら、今までの喧嘩を見られていたのだ、と理解したらしく、
しっかり黙り込んでしまったが。

「今、ピカチュウが、タオル取りに行ってるからさ」
「………」
「………」

そこまで言われて、二人は何も言えなくなった。
芝生に腰を下ろしたままだったマルスが、立ち上がろうと腕に力を込める。
すると。

「…ん、」
「………」

まだどこか不機嫌そうなロイが、さりげなく、右腕を差し出した。
掴まれ、という言葉が、そらした視線に含まれている。

「………あり、がとう…」
「…別に…。」

一応、素直にお礼を言いながら、マルスはその右手を取った。
ぶっきらぼうに引かれる腕。ロイの隣に立つ、マルス。

そんな、全然素直じゃない二人を見ながら、リンクは満足そうに笑う。

「…ロイさんー、マルスさんー、タオル持ってきたよー!」

遠くから聞こえる、ピカチュウの声。
真夏の日差し。
庭の隅の花壇では、背の高いひまわりが、太陽を見つめている。

「ほら、二人とも。行ってこいよ」

冷静になって、ロイとマルスは、お互いの姿を見た。
服はずぶ濡れで、髪は大人しくなっていて。
先からぽたぽたと、水の雫が落ちている。

「…行こう、ぜ」
「…お前に、言われなくても…。」

繋いでいた手を離して、どちらからともなく歩き出す。
頭にバスタオルを載せたピカチュウが、たたた、と走ってきた。

ちりん、ちりん、と。
カーテンレールに引っ掛けた風鈴が、真夏の風景を見ながら、
綺麗な声で、歌っていた。



出だしを冬に書いて、終わりを夏に書きました。
夏休み、という感じが出ていれば、成功ですが、どうでしょう。