091:神社




ピット+マルスっていうか
ピット×マルスっていうか
先に謝っておきます。
いろいろすみません。ほんと。




   ******



まんまるな月がぽっかり浮かぶ、真っ暗な真夜中だった。
マルスは何故だかどうしても眠れず、こっそりと部屋を抜け出してきた。
何故か、なんて。本当はわかっているけど。
夕食の後、入浴した後すぐに、ロイが部屋にやってきたからだ。

「……?」

寝間着に薄いカーディガンをかけた格好で、マルスは屋根の上にやってきた。
屋敷の屋根は角度が穏やかなので、座ってぼーっとするには丁度良い。
特にマルスは、屋根から見る夜空が好きだった。
月が明るくて、星も近いような気がして。
安心するから。

「……あ…、」
「………?」

はしごを登り切り、ひょっこりと屋根に顔を出したマルスは、
そこにあった光景に目をまるくした。

こんな真夜中。たった一人きりだと、思っていたのに。

「……ピッ…ト?」
「よお。こんな時間に何やってんだよ、王子様」

明るい茶髪。深海に似た青い瞳。
白い法衣の裾を風になびかせながら、天界の青年がそこに立っていた。

…の、だが。

「……ピット…だよ、な?」
「あ? ああ、そうだよ」
「……翼、は…?」
「え? …ああ、言ってなかったか?」

その背中に。
この屋敷の中において、彼のいちばんの特徴であると言えよう、
真っ白い翼は、無かった。

屋根に上がり、ピットから少し離れた場所に立つマルス。
口の端を吊り上げるだけのいたずらめいた顔で、ピットは微笑む。

「翼。しまおうと思えば、しまえるんだよ」
「……そう…だったのか?」
「ああ。…何だよ、その顔」
「……いや…、」

じゃないと風呂掃除の当番に、湯船に羽が散らかってるって怒られるから。
そう言っておかしそうに笑ったピットは、冷めたような瞳でマルスを見て。

「翼が無いと、俺が俺なのか、自信が無い、って?」
「……!」

きっぱりと、そう言った。
マルスの目が見開かれ、その肩がぴくん、と震える。

「………」
「なあ、王子様。
 お前がどうなろうと知ったことじゃないけど、一応言っとくぜ?」
「………」

真っ暗な真夜中。まんまるな月。
屋根の上、ピットとマルスが離れて立っている。
勝気に笑うその顔は、誰かに似て。

「人が見るものっていうのは、基本的にそーいうもんだろ。
 お前だって、そういうふうに見られてると思ってんだろ?
 『王子様』。
 仕方無いさ、そういう風につくられたんだからな   座れば?」
「……あ、…ああ…、」

冷たい瞳があたたかく笑って、手招きをする。
マルスはカーディガンを引きながら歩いて、ピットの横に並び、腰を下ろした。
見上げた空は月があかるくて、わずかにまたたく星が近い。

ふと視線をずらせば、そこにはピットの横顔がある。
翼の無い背中。茶髪が風になびいて、さらさら揺れる。

「? 何だよ」
「…ご、ごめん」

視線を感じたのか、ピットはマルスに目を向けて首を傾げたが、
マルスは謝っただけで、他に何も言わなかった。

「………」
「………」

何も喋らず、こんな真夜中に。
屋根の上で、二人きり。
マルスは空に向けていた視線を、下の方にずらした。
街は暗く広がって、深い眠りについている。

「……。…王子様、」
「っ! …? 何、だ?」

ふいに呼ばれ、風景ばかり見ていたマルスは弾かれたように返事をした。
その様子に笑いながら、ピットがすっと手を伸ばす。
伸ばされた手は、マルスの首筋、ボタンを二つ開けた中に覗く白い肌で止まって。

「ちゃんと隠してこいよ。こーいうの」
「え? 何、…………ッ、な、……!!」

指が示したその場所には。

こんな時間に眠れない原因となった、   真っ赤な所有印があった。

「〜〜〜っ…!」
「お前、肌白いから、目立つんだよ。…あの真っ赤な番犬か」
「……番犬、って……」

顔を赤くしながら慌てて痕を隠すマルスの横で、ピットはくすくす笑う。
まんまるな月を、いとおしそうに見つめて。

「番犬だろ。子犬ほど可愛げは無いし、狼ほど力は無いし。
 敵意があるとすぐ吠えるし、忠実でなびかないし」
「………」

言っていることは確かに的を得ているような気がするが、
ピットがあんまりおかしそうなので、素直に頷くことはできなかった。

笑い声を聞きながら、マルスはその横顔を見ている。
見た目だけなら自分より2,3つ年下、ロイと同い年に見えるが、薄々気づいてはいた。
おそらくこの少年は、自分なんかよりも、ずっと年上だろうということに。

「まあ。
 人間の愛だ恋だなんて、どーでもいいけどな。興味無ぇし」
「………」

真っ直ぐで正直な言葉に、嘘や偽りは一つも無い。
翼が無ければ人間そのものの、彼は。
翼が無くても、やはり彼だ。この数日間でぼんやりと感じた、
彼が人間では無い、という事実。

曰く。
ピットには、自分の“世界”に、生涯の忠誠を誓ったひとがいると言う。
人間の恋愛沙汰に、かけらほどの興味も示さない彼が全てを捧げるのは、
一体どんなひとなのだろう。

「………」

考えたところで、答えが出るわけはない。
自分はピットのことすら、まったくわかっていないのだ。
その向こう側を知ろうなんて、無理というものだろう。

他人の詮索なんて、馬鹿らしいことはやっぱりやめよう、と。
マルスは深く溜息をついた。


その、瞬間。

「っ、……えっ、わっ……!?」
「!! な、おいっ!!」

ふいにマルスが体勢を崩した。
揺れて倒れる身体。
屋根の角度は緩いと言っても、水平なわけではない。


「おい、王子様   ッ……!」


ピットが自分を呼ぶ声が、遠くなった気がした。
身体がすべって転がって、屋根を落ちていく。
四階建ての屋敷。一番上の屋根。すべっていく、自分。


   っ……!!」


マルスはぎゅっと目を瞑った。
   落ちる。


止めようと思えば止められるはずなのに、気が動転して止められなくて。
水の中に落ちるように、身体が不思議な感覚に包まれる。
ああ、宙に投げ出されたのだ   と。
そのことだけが、妙に冷静に理解できた。


仰向けに落ちていく感覚。
手を伸ばしても、当然捕まるものは無い。
受け止めてくれるものも。



   無い、はずだった。



「っ、と……!」
「……っ?」



どさっ、と大きな音が、マルスの近いところで聞こえた。
落ちていた感覚が無くなって、あるのは船に揺られるような、微妙な浮遊感だけ。
…恐る恐る、瞳を開くと。
目の前には。

「…ったく。何やってんだよ、危ねぇな」
「……ピット」

悪態をつきながらも、どこかほっとしたような表情のピットがいた。
マルスの肩と膝の裏には、見た目よりずっと強いピット腕が回されて。
いわゆるお姫さま抱っこ、のかたち。
背中の向こうには、真っ白い翼が見える。
音をたててはばたく、大きな翼。

落ちたところを、彼が抱きとめてくれたのだ、と。
まわらない頭でようやく理解したマルスは、高鳴った心臓の鼓動を感じながらも、
その表情をやわらかくした。

「…ごめ、ん…」
「謝るくらいなら落ちるな。この高さじゃ、シャレになんねーぞ。
 俺がいたから良かったようなものの」

ゆっくりと飛んで、屋根まで戻る。
そしてピットはマルスを屋根の上に下ろし、手を貸して座らせてやった。
伸ばされた手を素直に借りながら腰を下ろして。

「うん。…助けてくれて、ありがとう」

ふわり、とマルスは微笑んだ。
それはともすれば花のように、誰かの目を惹いてやまない…。


「………」


ピットの瞳が、じっとそれを見ていた。
マルスの無意識を。
真っ暗な真夜中。星のまたたきを吸い込んでしまいそうな、深い闇。
まんまるな月が、二人を見ている。
そして。


「…似てる、」
「え? 何、……」


マルスの肩に触れ、至近距離まで顔を近づけて。
ピットはマルスの瞳を覗きこんだ。
互いの吐息がわかるほどの近さ。
マルスは思わず息を潜めたが、ピットはそんなことは気に留めない。
ただ。


「…似てるんだ。瞳が。…どうして、」
「……ピット? あの…、」
「…どうして、こんなに似てるんだ…」


翼の音が、聞こえたような気がした。
似ていると呟く、声。


「……こんなに、似てるなんて。同じ、なんて」
「………」


同じ距離で、ピットの深海に似た青い瞳を見ながら、マルスは。
ピットは、ロイに似てるんだ、と気づいた。


「………パルテナ、様」
「……え……?
 ……ッ、な、にっ…!!」

ふいに肩を抱きしめられて、マルスは声を上げた。
はねた茶色の髪が首筋をくすぐる。
知ってるひとなのに、知らないひとのように思えて。
怖くなった。

先程気づかされた、白い肌に浮かぶ所有印に。
口づけられる。
冷えた体温に触れる、   これは、誰の。

「っ、……っや、何、ちょ、待っ…!!」

肩から落ちる薄手のカーディガン。
黙ったままの目の前の彼。
真っ白い翼が、真っ暗闇であかるく見えた。
まんまるい月が見ている。
違う、
   似ていても、これは、誰でもない。


「…や、めろっ!!」
「!!」


マルスは声を上げて、ピットの肩を押し返した。
その瞬間、まるで我に返ったかのように、目の前に知ってるひとが戻ってくる。
いたずらっぽい瞳や、真っ白い翼。
口づけられて熱い場所を手で押さえながら、マルスは息を乱してピットを見ていた。
そして彼もまた、マルスを見ている。

やがて、

「…ごめん。…悪かった、」
「……別に、…気にしては…、」

笑って素直に謝ったピットに、マルスはおずおずと返した。
気にしていないなんて明確な嘘だったけれど、ピットは大して気にしない。
肩から落ちたカーディガンをかけてやる姿は、
本当に、いつも通りの。

「………」
「王子様。…部屋、戻れよ。番犬に噛み付かれるのはごめんだ」
「……あ…、」
「悪かったな。二度としねーよ、心配しなくても」
「………」

そう言われて、髪を撫でられて。マルスは、何も言えなくなった。
ロイ以外の誰かにこんなふうにさわられるのは初めてで。
確かにもう、この場にはいない方がいいだろうと、わかってはいたけれど。

「………」

カーディガンの裾を引っ張りながら、マルスはゆっくりと立ち上がる。
もう落ちないように、ピットは肩を支えてやっていた。
ありがとう、ととても心がこもった様子でお礼を言ってから、マルスは、
屋敷の中へ戻るはしごの方へ、ゆっくりと歩き出す。

「じゃあな。おやすみ」
「ああ。…おやすみなさい、」

背中にかけられた声。
まんまるい月を、いとおしそうに見るその瞳は。

「……ピット。…訊いても、いいか?」
「ん? 何だよ」

はしごの手前で立ち止まり、マルスは言った。
楽しそうな声が聞こえる。
昼間に聞くのと同じ、少し子供っぽい声。

「……パルテナ様って、……誰、だ?」
「………。
 ……ご主人様だよ。ずっと裏切ることのできない、」


いつも何かを楽しんでいるような、声が。
一瞬だけ揺らいだ気がして、マルスは目を見開いた。
それでも振り向くことは無い。
今、振り向いたら。
彼の顔を見たら、きっと。



「俺の   神様さ」



きっともう、どこへも行けなくなるだろう、殺されてしまうだろうと。

証拠の無い確証を、持っていたから。



「神社」→「神様のいるところ」。
最初からいきなり核心に触れてしまった感が否めません。
あの、普段はもう少し、ピットくん普通ですので…いたずらっ子って言うか…。
何でこんなことになったのか、私もほんとさっぱりで…。

しかしこのまま迫ると王子はピットくんに落ちるような気がするので、
やっぱり恋愛感情系は無い方針で行こうと思います。うん。
そりゃーロイ様も警戒するはずだよ…

いろいろすみませんでした。