087:髪を切る
ずるずると伸ばし続け、気づいたら腰まで長さのあった、金色の髪。
特に切る理由も無く、かと言って切らない理由があるわけでもなく。
「…長いねぇ」
「うん?」
リンクがその、長い金髪をほどくのは、お風呂の前から寝て起きるまで。その間だけだ。
世の女性とは違い、リンクは特に、髪にこだわりがあるわけじゃない。
毎朝適当に結んで帽子で隠して(隠す必要も無いけど)、
お風呂の前にほどいて、朝までそのまま。そんな感じ。
剣を扱うリンクにとって、髪は基本的に、重くて邪魔とか、
そのくらいの認識しか無い。
ベッドに腰掛け、濡れたままの金髪を、タオルで無造作に拭く。
先の方からぽたぽたと落ちる雫は、身体を伝い、寝間着のズボンに染み込んでゆく。
身体も服も濡れるんじゃあ、おフロに入った意味が無いんじゃあ…と、
蛍光灯の灯りをはじく金髪を見上げながら、ピカチュウは思った。
その旨をリンクに伝えると、
放っておけばそのうち渇くよ、と返された。
「…それにしても、同じ色みたいなのに、僕とか…ピチューとかとは違うんだね。
…人間の色なのかなあ…」
「え? …ああ、そっか。お前の身体、黄色いしな。
金とは微妙に違…って、痛い痛いッ、引っ張るなピカチュウ!!」
「…あ、ごめん」
気づかないうちに引っ張っていたらしい、ピカチュウがリンクの髪から手(?)を放す。
「ねえ、リンク」
「ん? 何だ?」
リンクは頭を微妙に涙目で押さえながら、ピカチュウを見下ろした。
「何で、髪、切らないの」
「……え?」
「リンク、剣士でしょ。邪魔じゃない? 髪って、結構重いらしいじゃない」
「…あー…うん、」
髪を一房、指で引っ張る。
自分から見れば、大して味気の無い髪ではあるが。
「まあ…な」
リンクの顔から、表情がふっと消えた。
ピカチュウがそれに、いち早く気づく。
「………願掛けみたいなもんだよ」
「願掛け……」
訊いてもいい? と、ピカチュウが言った。
別にいいけど、とリンクが答えた。
「……旅してる時にさ、ひとつ…村を訪ねたんだよ。
理由は、夜だったから」
「ああ…、…旅人なら、当然だね」
「…で…、その村の子供が、皆…男の子も女の子も。髪、長くて」
「うん」
「何でかって訊いたら、…『髪は売れるから』、…だってさ」
「………」
髪が、売れる?
ピカチュウには、馴染みのないことだった。
だから、どういうことか、と訊ねた。
「…オレもよく知らねーんだけど、…ほら…たまに商店街でさ、
人の髪みたいな素材で出来た、髪飾りとか売ってるだろ?」
「…ああ、うん。ある」
「それを、オレの“世界”では、本当に人の髪で作るらしいんだ。
売れるって言ったのは、それの材料になるから」
「………」
「……その村…、お金に困ってる人が、集まってる村らしくて」
明日の見えない生活。
自分が何とも思ってなかった髪だって、生きる材料になるらしい。
同じ世界に住んでるはずなのに、
どうして、知らないことがあるんだろう。
リンクが指の力を緩めると、掴んでいた髪は、ふわりと下りた。
蛍光灯の灯りをはじいて、綺麗に、それでいていびつに輪っかをつくって、
リンクがベッドに両腕をつくと、木製のベッドは、耳障りな音をたてた。
「……オレって、一応…勇者だろ? こんなんでも」
「うん。らしいね」
「勇者って、世界を救う為に…いるんだと思ってる。
なのにオレはその時…、その村の…髪は売れるって言った子供達を、救えなかったんだ」
「………」
「……その子供達には…、世界がどうこう、とかよりも…、
…明日の方が、大切なんだよな。…自分の身体を、売り物にしてでも、」
明日が欲しいんだと、そう リンクは、静かに言った。
肩に、流れるように下りてきた髪を、手で適当に引っ掴んだ。
ピカチュウはそれを、感情の見えない瞳で見つめる。
「その頃はオレ、髪、普通に短かったからさ。
『お兄ちゃんは、髪の毛短いから、お金にならないね』…なんて言われて、
それから何となく切れなくなっちゃって…」
「…切るタイミングを逃したってワケだ?」
「ああ……そういうことだよ、…答えになったか?」
「うん、ありがと」
にこりと笑い、ピカチュウはリンクに返事をした。
リンクはピカチュウに微笑み返した後で、もう一度、髪の水気を拭き取った。
髪が適当に乾いたところで、タオルをくるくると丸める。
それを枕の横に置いた。
同じ場所においてあった、寝間着の上を羽織り、一番上を抜かして、ボタンを留める。
リンクをじぃっと見つめたままのピカチュウと、視線を合わせた。
そして、流れに沿うように、言った。
「…で、オレはもう寝るけど」
「ここにいてもいい?」
「ん。いいよ」
もう一度微笑んで答えると、ピカチュウはベッドからぽん、と跳び下り、
扉の方…電気のスイッチの方へ、たたたっと走っていった。
それを微笑ましい気持ちで見、リンクは毛布に潜る。
「消すよ?」
「ああ」
ぱちん、と音がした。同時に、部屋がふっと暗くなる。
先程聞いた、たたたっ、という軽い足音で、ピカチュウがこっちに走ってくるのがわかる。
ごそごそと、ピカチュウが毛布に、頭まですっぽり潜り込んだ。
毛布の上から、ピカチュウの頭を撫でてやる。
「……ねーリンク、」
「ん?」
「リンクって、勇者だよね」
「…うん、多分」
「じゃあ、リンクがその髪切るのは、リンクが勇者じゃなくなった時?」
「…そうだな、…“世界”が…、本当に救われた時…かな」
「………」
「…それとも、オレが必要なくなった時かもな」
世界が救われれば、勇者はいらないから。
…毛布の中で、ピカチュウがごそごそと動いた。
リンクの頭にぴったり貼りつくと、
がりっ。
「……ってぇっっ!!」
「じゃあ、リンクは一生、死ぬまで髪切れないね」
「あぁっ!? …何だって!?
…ていうかピカチュウ、本当痛いんだけどっ…!!」
ピカチュウにかじられた額に手をやりながら、暗闇の中で、ピカチュウを睨む。
ピカチュウはそれを面白くなさそうに でも面白そうに、見た。
「自業自得だよ。…じゃあオヤスミ」
「自業自得…!? …オレが何した…」
「眠れないよ、そんなに喋ってると」
毛布がごそごそと、また音をたてた。
ピカチュウはリンクの胸の前あたりで丸くなると、ゆっくりと目を閉じる。
「………」
「………」
そうなってしまうと、さすがに身動きがとれなくて。
…リンクは優しく微笑むと、毛布の上から、ピカチュウの身体に、軽く手を置く。
「…おやすみ」
そう言ってまた、リンクも静かに瞳を閉じた。
そして、夜は更けていく。
切ってない…!!(汗)
色々詰め込みすぎたせいで、コンセプトのわからない話になってしまいました。
綺麗な髪は、カツラの材料にするとかなんとかで、重宝されたらしいです。