083:ほこり(変換は自由)




出会いは最悪だった。
こっちは一剣士、あっちは高額の賞金首。
捕まえようと思って脅したら、
逆に殺されかけた。

そりゃあ、もう、当然。
仲が悪い、なんてものじゃなかった。
最悪。

でも。
一体、いつからだっただろう。
いつから。
俺はあの人の何かに惹かれて。
抱きしめたくなって、
それ以上のコトも。



想いがぶつかり合う。
それを戦い、と呼ぶ。

もうずっと昔、誰かの言葉。
   理解できるまでは、とてもとても長かったけど。



   ******


「…あれ、か」

少し離れたところに、古びた要塞を見つけて、ロイは呟く。
一旦立ち止まり、濡れた前髪を軽く払った。雨は嫌いだ、なんて言ってられない。
腰の剣に手をかける。ちゃり、と、少しだけ抜いて、すぐ収めた。
確認するだけの、そんな動作。ロイは真っ直ぐに、要塞を見据える。

あの要塞にいるのは、かつての仲間だ。
同じ、一つの勢力だったころに、一緒にいた。
だけど、今は、敵同士。
奪われたら、取り返さなければいけない。
少なくとも自分は、取り返す気でここに来たのだから。

「…よし…、」

無事でいてくれ、と。

祈るように思いながら、ロイは再び走り出そうとした。
もう、森の出口が見える。
気合いを入れなおして、一歩踏み出した、その瞬間、

「…!」

跳んで一歩下がる。
森の中の、草むらの中に、咄嗟に身を隠した。
静かな、気配を感じて。

「(…何だ…?)」

違和感のある気配。
だけど、ロイは確実に、この気配の持ち主をしっている。
穏やかで、強くて、揺ぎ無い、彼のことを。

草むらの中から、そっと、森の出口を覗く。
そこには、ロイが知っている、彼の姿があった。
剣を手にして、こちらを真っ直ぐに見ている、彼の姿。
おそらく、気づいているのだろう。
彼の青い瞳は、ロイが潜んでいる草むらから、視線を離さない。

得体の知れない威圧感に震える身体を押さえ込んで、口の端を結んだ。
前を向いて、ゆっくりと立ち上がる。彼の方に、身体を向けた。

「………」
「………」

冷たい雨の中。
赤い髪が、金色の髪が、雨粒をはじく。

「……リンク…、」
「………」

リンクが、そこに、立っていた。

「…ロイ」
「………っ、」

真っ直ぐに自分を見るリンク。
青い瞳の与える威圧感が、ただごとではなかった。
これが、きっと、彼の本気。
それだけで身体が震えるほどの、彼の強さ。
でも。

「…マルスは、どこだ?」
「あの要塞にいるよ。地下牢に繋がれてる。
 …そんな風に見なくても、まだ、何もされてない。
 今は、わからないけどな」
「…返してもらうぞ」
「…できるのか、お前に?」

ふ、と。あざけるように、リンクは笑う。

「……できるさ…。…俺は、マルスを守る。今度こそ」
「…そんな想いだけじゃ、オレは倒せないぞ。ロイ」
「……そんなのっ…、」

一歩、踏み出す。
左手で鞘を引いて、投げ捨てた。水溜りに落ちて、ばしゃん、と派手な音がたった。
踏み出した足を軸に、跳び込んでいく。
リンクが剣を、前に構えるのが見えた。

「…やってみなくちゃ、わからねーだろ!!」

身体の前。
剣と剣とがぶつかって、ギィン! と甲高く、響いた。
戦いの始まる   合図となって。

腕に込めた力を、とにかく前に押し出す。ぎりぎりと、刃が音をたてる。
ロイの全力を難なく受け止めたリンクは、しばらく拮抗の状態を保つと、
急に左腕を引いた。剣が剣を弾き、ロイの身体は後ろにふらつく。

「…はあっ!!」
「…っ、」

後ろにふらついた身体めがけて、リンクは剣を逆袈裟に振るった。
最初の手の位置で、ロイはその剣の軌道を見抜く。
ふらついた身体は足で支えを取り、右腕で口を覆い隠すような姿勢を取った。
左手を刃に添えて、ほんの一瞬、待ち構える。
リンクの剣が、自分の刃に触れた瞬間、時計回りに大きく円を描く軌道で、
ロイは一気に自分の剣を返した。

「させるかっ!!」
「!」

ロイの動きで、リンクの剣は軌道を強引に変えられる。
剣の勢いに身体を引っ張られ、そちらへ、視線をも引かれた。
その隙を狙ったロイは、返した剣でそのまま、リンクの腹部に斬りかかる。
   ロイの、カウンター攻撃。

向かってくるロイを目の端に入れ、リンクは反射的に後ろへ一歩、跳んだ。
腹部を切り裂くはずだった剣先は、服の上を僅かにかすっただけに終わった。
舌打ちをしたロイは、剣を再び返す。
ロイの剣は、左から右へ、リンクの利き手を狙ったが、
リンクはそれを受け止めた。
持ち前の力と勢いで、ロイの剣を弾く。更に一歩下がった。

「…っ、やっぱ、並の攻撃じゃ駄目ってことか」
「どうしたしまして。…行くぞ!」

睨みつけながら笑ったロイの言葉に答えて、リンクは跳び出した。
頭の上まで振り上げた左手を、一気に振り下ろす。
ロイは動きの速さに一瞬気後れしたが、すぐに剣を上に構えた。
額の上で剣を受け止める。足がほんの少し地面に沈み、衝撃をやわらげた。
雨が降って、地面がやわらかくなった所為だ。
ほんの少し、雨に感謝をして、ロイはリンクの剣を押し返す。
ギッ、と嫌な音が耳に届いた。

だがリンクは押し返された剣をそのまま、もう一度振るった。
揺らぎの無い道筋。反応できなくて、ロイはその剣を右肩に喰らう。
ほんの一瞬の隙。
肩と胸部を守る鎧の繋ぎ目に、正確に入り込んだ剣。
炎に触れたような熱さを覚え、ロイは顔をしかめた。

「っ、くっ…!!」

熱さの後に襲う、痛み。思わず声に出した後で、ロイは剣を大げさな動作で振るった。
がむしゃらに振るった剣は、当たりはしないが、リンクを追い払うくらいにはなる。
リンクは跳んで下がり、ロイと距離を置く。
ロイは体勢を立て直し、左手で右肩を覆う。手袋に、真っ赤な血が染みた。
迂闊だった。…右腕、それに付随するものだけは、傷つけないようにと思っていたのに。

でも。

「…まだだ!」
「…っ、」

両手で剣の柄を握り、ロイはリンクに向かっていった。
剣のリーチを生かして、大きく振りかぶる。肩の痛みは、無いかのように。
リンクはその場から、斜め上に跳躍した。
剣を避け、同時に、跳んだままの姿勢から、右から左、素早く剣を下ろした。
ロイはそれを、しゃがんで避ける。頭の上を、剣が通り過ぎた。
左手で地面を強く押し、低い姿勢を保ったまま、リンクに突っ込んでいく。
無理な位置ではあったが、剣の先が、リンクの脇腹をえぐった。
ついた左手を軸に、コンパスのように回って、ロイは地面に膝を着き、着地した。
素早く立ち上がり、次の攻撃にそなえる。
剣の先に、血が滴っていた。

「やった、…一太刀っ」
「…そうだな。怪我なんて、久しぶりかもな」

軽々しい口調を挟むのを、忘れない。
好戦的な目で、お互いを挑発する。

降り続く雨。灰色の空。
深い森の出口は、たった二人きりの戦場だった。
負けられない想いは。
きっと、同じ。

ほんの少し、怪我を気にすると、リンクは再びロイに向かった。
振り下ろした剣と、前に構えた剣とが、激しい音をたててぶつかり合う。
だが、ロイは、攻撃を受けたその瞬間、一瞬、気を抜いてしまった。
顔を痛みに歪ませ、柄に入れた力が、わずかに緩む。
   肩の傷が、痛んだのだ。
その瞬間を見逃さなかったリンクは、一気に力で押した。
ロイの左腕に、大きな切り傷ができる。
焼けるような熱さ。そして、痛み。
剣を握りしめて戦う者が、避けて通ることの、できない   
押し返すこともできずに、ロイの身体がふらついた。

「っ…、う、あ…ッ!」

痛みに満ちた呻き声。しかしリンクは、攻撃の手を休めない。
逆手で返した剣を、深く、右足の腿に突き刺した。
ロイの顔が、更に苦痛に歪む。リンクの瞳に、…暗い、影が落ちた。

ずるり、と嫌な音をたてて、引き抜かれる、銀色の剣。
ロイは思わず、片膝をついて、その場にしゃがみこんだ。

「…ッ…!!」
「…悪いな」

だけど、引くわけにはいかない。
リンクは、無防備なその背中に、剣を振り上げる。
だが   

「…終わ、るか…ッ!!」
「…なっ、!!」

その瞬間、ロイは顔を上げた。刺された足で、リンクの懐に踏み込む。
刺し傷から、とめどなく血が溢れた。しかし、ロイは怯まない。

「……っ!」

不意打ちの攻撃に、リンクは反射神経で、身体を引いた。
ロイの剣を弾き、身体の命ずるままに、剣を振り下ろす。
刃は、ロイの腹を切り裂いた。銀色は更に、血に汚れて。
それでも、それでもロイは、リンクに向かっていった。
身体の至るところを真っ赤に染めた、リンクさえも、怯えを見せる姿で。

ロイの剣が、リンクの右肩を斬る。
その剣の威力は、身体の動きの勢いほぼそのままで、
左手に、ほとんど力は、入っていなかった。

深くまで剣が入らないうちに、リンクは跳んで、一歩下がる。
一瞬の攻防に、息を大きく乱して。
剣を握りしめたまま、呆然と相手を見る。

ロイが、壮絶な姿で、そこに立っていた。

「……お前…っ、」
「…何だよ。まだ、終わってないだろ?」

右肩から、左腕から、腹から、そして、右足。
真っ赤な血は、止まることを知らないように溢れ出す。
服はどす黒く染まっており、
傷に触れた手でぬぐったのであろう頬にも、血がこびり付いていた。
痛くないはずがない   痛々しい姿。

なのに。
ロイの、碧の瞳は。

「来ないから、こっちから、行くぞ!」

絶望なんて、少しも、映しはしていなかった。

ロイは、再び跳び出す。大きな剣の柄を、しっかりと握りしめて。
苦痛に顔を歪ませても、立ち止まろうとは、しない。
リンクは反射的に、剣を前に構えた。ロイの剣を、受け止める。
その衝撃に倒れそうになる身体を、足で支えて。

位置が近くなり、リンクは、ロイの瞳を覗く。
元の強さ、怪我の多さからして、優勢なのは自分のはずなのに、
ロイは少しも怯んでいない。
気圧されそうな心を、身体と同じように支えたくて、
リンクは、ぽつり、と呟いた。

「…もう、いいだろ…っ」
「…何が、だよ」

前へ前へと力を押してくるロイ。リンクは、ふっと身体を後ろに引いた。
その勢いで、バランスを崩したロイの右腕に、
リンクは剣を叩き込む。傷がもう一つ増えて、ロイは一瞬、息を詰めた。
ロイはまた立ち上がり、リンクに向かってくる。

「……その傷、痛いんだろ」
「痛くねえわけねーだろ」
「……なら、もう、いいじゃねーかっ…」
「だから、何が!」

持てるだけの力を、そのままぶつけて。
ロイは、リンクを睨みつける。
刃の上で更に剣を動かして、ロイの剣の先が、リンクの頬をかすめた。
細い傷から、うっすらと血がにじむ。

「…もう、終わりでいいだろ、って言ってんだ」
「…何言ってんだよ。よくねーよ」
「…お前はもう、剣のコントロールだって、利いてないんだろっ…」
「まーな。腕痛いし、力なんて入らねーよ」

振り上げた腕の下、ロイの脇腹に、リンクは剣を入れる。
傷が、また、一つ。
それでもやはり、ロイは攻撃の手を休めようとはしない。

「……それだけの、怪我で。
 ……引き返せば、いいじゃないか」
「…お前、さっきから、何言ってんだ、本当」
「……何で…、」

そう。自分はただ、勝てばいい。
ロイを、こちら側の勢力の本拠地である、要塞に入れなければ。
本当は、殺してこい、と言われたけれど。

あそこには。
ゼルダがいて。
マルスがいて。
ピカチュウがいる。

負けれない。   だから。

「…そんな怪我で。…血にまみれて、…その腕で…、
 …どう見たって、お前の方が、負ける可能性が高いだろ…」
「……だから?」
「…諦めれば、いいだろ。…痛いんだろ、その傷…!」
「……できるわけねーだろ、そんなこと」

自分の持てる限りの力で。
目の前の少年を傷つけて。

どうして自分は、こんなに錯乱しているのだろう。

リンクの剣は、先程の、ロイの右足の傷を、更にえぐる。
ロイはそれをかわそうとはせず、ひたすらリンクに、剣を向ける。

「…だから、何で…っ!」
「…あそこに、マルスがいるからだよ! 悪いかよ!!」
「………、なん、で…っ!!」

がきぃぃんッ!! 激しい、金属の音。お互いの剣が、ぶつかり合う。
それは、想いの強さ、そのもののように聞こえた。

「…あいつのため、あいつのためって…!!」
「お前にわかってもらおうなんて、思ってねーよ!!」
「ふざ…けるな…っ!!
 …あいつのために、戦うなんて…ッ、
 わかってるだろ、お前だって…」

何かのため。
誰かのため。
ロイの剣は、気持ちは、想いは、
たった一人のために向けられている。
他のものを一切拒絶した、
残酷とまで言える、想いの強さ。

どうして、そこまで、迷い無く。
たった一つの目的のために、
傷だらけになって、血まみれになって、
立っていられるのか。

リンクの思いが、言葉になって、現れる。

「オレ達が対立したのは…、…オレ達のいた勢力が、二つにわかれたのは…っ、
       元はと言えば、マルスが原因だったじゃないか!!」

   ………。」

リンクが。
かすれるような声で、思いで、叫んだのは。
確かな、真実だった。



高額の賞金首。
亡国の、王子。
あの日、ロイが招き入れた、マルス、という存在は。
大人達を、論争の渦に巻き込んだ。

勢力で、かくまったままにしよう、という意見と。
かくまうことなんかせず、追い出そうという意見。

長い間。
マルスをめぐって、冷戦状態だった大人達は。
ある日、急に二つに分かれた。
子供達に、選択させた。
戦いを。

そして、マルスには、
自由を。



   ロイは、ぽつりと、呟く。

「…ああ、そうだな。
 でも、だからどうした?」
「……あいつがいなければ、オレ達は戦うことは無かった。
 …迷う必要も無かった、戦場になんてならなかった…!」

それは、全ての元凶。
仲間同士で、戦わなければならない理由は、
ただ一つだったのに。
その、たった一つのために、
皆、戦いに赴いた。
たくさんの足枷と、戦いながら。

「…戦いは、まだ続く。このままだと、自分の全てを失うんだ…、
 …傷だらけになって、血まみれになって…!!
 …そんな小さな身体で、剣の腕で、そんな気持ちで…ッ!!」

二人は同時に、跳び出した。

「お前は…ッ、…ロイは、たった一つの理由のために…っ、
 ………全てを失うような、戦いに、挑むのか!!」

身体の前。
雨の中。
二人の剣が、激しい音をたてて、ぶつかり合う。


その、瞳に。
迷いなど、ありはしない。


「ああ、そうだよ。俺が戦うのは、マルスのためだけだ。
 …この身体と、この剣と、この、気持ちが!!

       俺の全てなんだから!!!」



      ……。」




…ギィン      ……ッ。





「………」
「………」

雨の中。
深い森の、出口。
高い高い金属音が、鳴り響く。

「…お前の戦う理由なんて、知らない」

一人の剣が、一人の手から弾き飛ばされた。
遠く、遠くまで跳んで、その手にはもう、何も残っていない。
あるのは、ただ。

「…お前の大切なものなんて知らない。
 …お前の背負うものなんて知らない。
 …お前の痛みなんて、わからない」

残された、想いだけ。

「理由があるんだ。誰だって、皆。
 だとしたら、できることは、決まってるだろ。
 自分の気持ちに、迷いなんて持たないで。
 自分の心に、想いに、誇りに恥じないように。
 戦えるだけ、戦えばいい」

それは、想いの強さだった。
どれだけ、自分の気持ちを誇れるか。
自信を持って、戦えるか。
その“理由”は、相手にとっては、二の次だった。

「お前の戦う理由なんて、知らない」

剣の柄を、しっかりと握って。

「…お前の痛みなんて、わからない」

瞳は真っ直ぐに、地面に座り込むように倒れた、相手を見つめて。

「でも、今は」


   リンクの喉元に、剣を突きつけて。


「………俺の、勝ちだ」



ロイが、そこに、立っていた。



戦闘シーンの不自然さはご容赦下さい…。難しい…。

迷うか、迷わないかというのは、とても大事だと思うのです。
もちろん、迷うことは、必要不可欠なのですが。
大事なものがいっぱいありすぎて、一番大切なものが、わからないというのも、
あるかなあ、と思います。