082:赤い糸




「なあなあマルスー」
「…何だ?」

その日、ロイは珍しく部屋に入る前、ノックなんてしてきた。
いつもなら、窓割って侵入、…くらいやりかねない少年が。

ロイらしからぬ律儀さにかなり疑問を感じつつ、マルスは答えた。
ロイは、あのな、と、言葉を繋げる。

「マルスさ、赤い糸の伝説って知ってる?」
「赤い糸?」

赤い糸とは、赤い色をした糸のことじゃないのか。
…と、さも当たり前の返事を、マルスはした。
マルス的には赤い糸がどうこう、よりもロイが後ろ手に何か隠しているのが気になった。

当の本人はマルスの答えを聞いた後で、まーあんたならそうだよなぁ、と、
ちょっと残念そうに言っている。
何だか少しバカにされたような気がして、マルスはむっとした。
マルスの前に、机を挟んで立ったままのロイを、じろっと睨んだ。

「…赤い糸が、どうかしたのか?」
「ああ、うん」

マルスの不機嫌を感知したらしく、ロイはわたわたと慌てて、取り繕うように言った。
どっかの父親がよくやるよーに、右手の人差し指を立てて、にっこり笑ってみせる。

「赤い糸って言うのはな、自分の小指から、他人の小指に繋がってるもので」
「…ああ」
「もちろん目には見えないけどさ。誰にでもあるって言われてるんだよ。
 だからもし赤い糸が見えたら、マルスの小指には赤い糸があるし、
 それを辿っていけば、必ず誰かに辿り着くんだ! すごいだろ」
「……。…ロイ、それは誰に繋がってるものなんだ?」
「え? 言わなかったっけ?」
「言ってない」

本当にバカだなお前は   と、マルスは大きく溜息をつく。

「…自分の言ったことくらい、覚えてろ…」
「何だよー、バカにすんなよ」
「バカにバカと言って何が悪い。…で、結局、誰だって?」
「何が」
「……。…ここから落ちたら、全治2週間じゃ済まないだろうな…」

腕を組み、足を組んで、窓の外にさりげなーく視線をやる。
ロイはさらにわたわたと慌て、右手を立ててごめんごめんっ、と謝った。

「ごめんなさい、嘘ですもう言いませんから〜っ」
「………」
「そんな疑うように見るなよーっ、…ああそう、それでな」
「…ああ」
「赤い糸って言うのは」
「…ああ」

「…運命の恋人と、繋がってるものなんだ!!」


「………。…は?」



たっぷりと溜めて、ばーんとロイが言ったことに対するマルスの反応は、
いたって淡白だった。
思わず口からするりと出た疑問の声と共に、マルスはロイを思いっきり凝視した。

運命の恋人と、繋がってるだって?
…馬鹿馬鹿しい。
そんなものが誰にでもあるなら、
たまに自分に「お嬢さん可愛いねぇ」…なーんて声かけてくる輩が、
いるはずがないだろう。

マルスの頭の中で、言葉がくるくると回っていく。

「……お前…。」
「あっ、その目は信じてないな! 本当なんだぞ!」
「………。」
「何なんだよーその目は! …それでなっ、マルス」
「…ああ」

まだ続きがあるのか? マルスは半ば飽きれた調子で言った。

ここでマルスの興味を失わせてはいけないと、ロイは必死で、会話を繋ぐ。

「今日、何の日か知ってるか?」
「今日? …11月、21日…」
「そ。11月21日」

机の上のカレンダーに視線を移したマルスを、
ロイは力いっぱい、じ〜っと見つめた。

「…それがどうかしたのか?」

ぽつり、と呟かれたマルスの言葉に、

「…やっぱり…。」

ロイは一気に脱力したらしく、はああぁっ、と大きく溜息をつき、がっくりと肩を落とした。

「…ま、仕方ねーか。あのな、マルス」
「…ああ」

髪をがしがしと掻き乱しながら、ロイは一息ついた。

マルスに向き直り、ちょっと苦笑気味の笑顔で、言う。

「今日は、俺とマルスが屋敷に来た日なんだよ。
 俺とマルスが、初めて会った日」
「………え?」
「あの日は大変だったなー。
 …マルスを女だって間違えて、思いっきり斬られたんだったっけか?」
「………今と変わらないじゃないか」
「………。…ま…まあ、…そー言わずに」

真顔で言われた身もフタも無いことに、再び肩を落としつつも何とか耐えて、
ロイはそっと、マルスの左手に、手を伸ばす。

「…あの時はさ、初対面の人間にいきなり剣仕掛けるなんてどーいう人間だよ、
 …とか思ったけど」
「………」

華奢な手をそっと取っても、マルスは少しも、動かなかった。
前はちょっと触っただけで及び腰だったのにな、なんてロイは思う。

「思ったとおり口は悪いし、なのに天然で華奢で美人でかっわいくてさー、
 まさかあんたに、こんなに惚れるとか、思ってなかったよ。少しも」
「………」

ロイが、ずっと後ろに隠していた左手を、そっと出した。
何か掴んでいるみたいだった。
不思議そうにロイを見ると、ロイは、目、閉じて? と、静かに言う。

「…とまあ、思い出話はともかく。
 今日はな、マルスに約束しよーと思って」
「…約束…?」

閉じた瞳の前、左手の小指。
何かやわらかいものが、触れているような気がした。

「…これで、良し、と」

指を緩く締めるような感覚の後、そんなロイの声が聞こえた。

「目、開けていーよ」
「……?」

恐る恐る、ゆっくりと目を開けてみる。

「………………」

そこには、






「…今までも今もこれから先も、ずっと。
 俺はマルスの、運命の恋人だってさ。約束する」


「………………」








左手の小指に巻かれ、ロイの右手の小指にも巻かれた、



一本の赤い、毛糸。








マルスが、赤い毛糸の巻かれた小指を、じっと見つめる。
その瞳は、濡れているように揺れ動いて。

「…俺達が会えた、記念にさ。
 『運命』の恋人、プレゼントー、…なんちゃってー」
「………」
「……あんたにとっちゃ、忘れるほどどーでもいーことなのかもしれないけど、」


それは、運命の赤い糸の上。
導かれて、違う世界、同じ世界で、出会った。


「………」
「俺はマルスに会えて、本当に嬉しい。
 …あんたに、名前呼ばれるのも、好きって言ってもらうのも、すっごく」
「………、」
「…だから。な」

にっこりと、ロイはマルスだけを見て、微笑んだ。

「………ロイ…、」

マルスはロイと赤い毛糸とを、ひたすら見ている。

「………」
「…マルス?」

やがて、赤い毛糸を見つめ、何も言わなくなってしまったマルスを、
ロイはやや怪訝そうに見つめ、呼んだ。
ちょっとしたドッキリだったのだけど、…まさかそこまで感動させちゃった?

「…おーい、マルスー?」
「………」
「…そこまで感動させちゃった? …嬉しいけど…、」
「………ロイ…、」
「うん?」

ようやく呼ばれ、ロイは再び微笑む。
マルスはロイをしばらく見た後、

「………」

右手で机の引き出しを開け、ごそごそと探った。

「……マ、ルス?」

ようやく目当てのものを見つけたらしい、
右手でそれを、掴む。

そして。







じゃきんっ。






「………………」
「………………」

何だかとっても、不吉な音が聞こえた   ような気がする。
気のせいだと、絶対に気のせいだと、自分に強く言い聞かせて、

そぉっと、赤い毛糸を見た。


「………ッあああああぁぁぁ            っっっ!!!」
「っ……」

赤い毛糸を見た瞬間、ロイは思わず、屋敷中に響き渡ったであろう大声をあげた。
マルスが思わず目を瞑って耳を塞ぐと、
ロイは両手で机をばんっ! と叩いて、マルスに詰め寄る。

言わずもがな、さっきの音は、毛糸の切れた…否、切られた音。


マルスの右手にあるものは、…ハサミ。


「何っ、切ることねーだろ何も!! ふざっけんなよあんたっっ!!」
「なっ…、…それはこっちのセリフだ、このバカ!!
 何が赤い糸だっ、もう子供じゃないんだから、こんな真似するな!」
「いつもいつもいつもいつもガキだ子供だっつってんのはそっちだろーが!!
 嫌なら嫌って言えばいいだろ!! 何で切るんだよしかも目の前で!!」
「糸があれば、目の前も何もいつも一緒にいることになるだろ!!
 大体お前はっ…、」

周りの迷惑など少しも考えず、出せるかぎりの大声で言い合いをした。
途中、息が続かなくなったのか、体力が切れたのか、
マルスが視線を、顔ごと下に向ける。

「何だよっ、俺が何だって!!?」
「……お前は…っ、」

なかなか顔を上げないマルスを、じれったく感じて。
ロイは、マルスの頭に手をかけて、そっと上向ける。



「………」
「…お前、…は…」



覗いた、マルスの顔は、



「……〜〜っ…」
「………」




今まで見たことのないくらいに、
真っ赤だった。

…ロイが目を大きく見開き、ゆっくりと二回、瞬きをする。
見間違いじゃ、ないらしい。

「……マルス」
「…うるさい…っ」
「……あのさ、」
「…出て行けっ」
「……あんた、ってさ…ッ」

口元を押さえ、ふいっと横を向いてしまったマルス。
うつむいて、机の上に握った手を、震わせているロイ。

瞬間、

ロイが、机を、飛び越えた。
マルスがぎょっとしてそれを見るのを無視して、
ぎゅううぅっ、と、力いっぱい、抱きしめた。

「っ!! ロッ…イっ、…は、なせっっ!!」
「…何っで、そんなにかわいいんだよあんたっ!!」
「何をわけのわからないことを言ってるんだ!!
 放せってばっ…」
「やーだ!! 絶っ対、はなさねえ!!」
「……っ…」

顔を真っ赤にしたまま、マルスはしっかりと、ロイの腕の中におさまっている。
ロイはにこにこと終始嬉しそうに笑いながら、マルスの髪を撫でまくって。

赤い糸なんて、
ただの子供騙し、かもしれないけど。

わかってるけど。

それでも。

「やっぱ運命だったんだなっ、俺とマルスがラブラブになるのは!!」
「……何が、運命だっ… …お前なんか、」
「ん? なーに?」

「………」
「…黙っててもわっかんねーぞー? 何ー? 俺のこと好きだって?v」
「誰がそんなこと言ったんだっ、このバカ!!」


彼の、こんな顔を見れるなら。

…子供騙しでも、いいと思った。





相変わらず、くだらないことを本気で言い合う二人の指にはまだ、
赤い毛糸が、結ばれたまま、残っている。



一応11月21日に出しましたですよ…!
ネーム切ったら甘すぎました。ああああバカップルめ…!
赤い糸なんて馬鹿馬鹿しすぎですが、小学生みたいなのが好きなので、
ごめんなさい見逃してください。