080:おはよう




「……ん…、」

心地良い温度に包まれながら、ふ、と目を開けた。
2回、ゆっくりと瞬きをした後、自分の置かれている状況を確認する。

やわらかいベッドの上、自分の身体に掛かっているのは、一枚の毛布。
マルスの体温ですっかり温まったそれは、ぬくぬくとしていて気持ちがいい。
うっかりすると、二度寝どころか三度寝だってできてしまいそうだ。
そして、やっぱりというか何というか、自分はその身体に、何も着けていない。
……まあ、つまりはそーいうことの後なのだから、仕方無いか。

そして、もうひとつ。
寝る前までは隣にいたはずの、彼の姿を、声で探す。

「…ロイ…?」
「…あ、起きた? マルス。おはよう」

さがしものは、すぐに見つかった。
自分に答えたやわらかい返事と共に、腰の辺りのベッドマットが、少し沈む。

ごろんと寝返って、横向きの体勢から、仰向けになったころには、
今度は頭の両側が、少しだけ沈んだ。
そして上には、“さがしもの”が優しく微笑んでいる。

「…おはよう」
「えっとな…、今、7時半。そろそろ起きないと、怪しまれるかな」
「…そうか…」

そう言ってベッドを離れた彼の姿を、寝転がったまま、視線で追う。
自分なんかよりずっと早く起きたのだろう、彼は既に、服をしっかりと着ていた。
その手に、手袋まできちんと。

のろのろと上半身を起こす。
毛布のぬくもりが名残惜しくて、紅い痕の散らばる白い肌に、毛布を引き寄せた。
毛布と片足を一緒に抱えていると、隣から、ロイが何か、差し出してきた。
何か、というのは、ちゃんとわかってる。
部屋のクローゼットから持ってきた、自分の服だ。

「ハイ。…昨日着てたパジャマは、とりあえず机に置いといた」
「ああ。……ありが…、」

差し出された服に、お礼を言いながら手を伸ばす。
…が、

「……っ…!?」

その手に服は渡されず、代わりに、手首をいきなり掴まれた。

「ちょっ、…ロイ…ッ、」

そのまま、反対側の手で肩を掴まれ、抵抗する間も無くベッドに身体を押し付けられる。
ロイの行動の意図が全く読めなくて、
でも一応抵抗くらいしておこうと頑張って捩っていた身体を、
ロイはマルスの体温の残る、毛布ごと抱きしめた。
そのまま、ロイも一緒にベッドに沈む。
ロイの腕から落ちたのだろう、服の落ちる音が、少し遠くで聞こえた。

「うわー、あったけー」
「ロ、ロイ!? …何やってっ…」
「何って、マルスといちゃいちゃしようかなぁーと思ってさ」
「なっ…、…こら、放せってば! そろそろ朝食なんじゃっ」
「いいよ別にそんなの後で」
「これ…だって、後からいくらでもできるだろっ!」
「後からしてくれんの?」
「……え…、」

まさかしてやれるわけもないだろうに。

「だろ? 朝飯はホラ、後から作ってやれるし」
「…っ、そういうことじゃないっっ!!」
「何だよー、いいじゃん別にいちゃいちゃするくらい」
「だからっ…」

マルスの身体を抱きこんだまま、いけしゃあしゃあと言う。
肩に顔をうずめると、肩から細い首筋、唇をゆっくりとすべらせ、
そのまま頬に、軽いキスを落とした。

「……っ…」
「それともマルス、俺とこーいうことするの、嫌?」

マルスの前髪を手でよけて、自分の額をくっつける。
互いの呼吸がわかるほどの、超至近距離。

嫌じゃないわけではないのに、それをちゃんとわかってるから、訊いてくる。
にこにこと嬉しそうな顔をしているのが、何よりの証拠だ。
…前、こんな話で、喧嘩をしたこともあるというのに。
こういうことにばっかり頭の働く少年だ。…始末が悪い。

「…性格悪…」
「ふーん。ってことは、やっぱり嫌じゃねーんだ」
「………」

だって嬉しそうだもんなぁ、などと言っているロイの頭を、
とりあえず一回殴っておいた。
それから先、あんまりにもロイが嬉しそうだったから、怒る気力も失せた。

急に大人しくなったマルスに、ロイが不思議そうに話しかける。

「マルス?」
「何だ? …もう気が済んだか?」
「いや、全然」
「……。…じゃあ、気が済んだら起こせ…」
「…『起こせ』?」

お前の気が済むまで、僕はもう一度寝るから、と、
マルスはロイの腕の中で、何か枕になりそうなものを探して、ごそごそと動いた。
…ロイの肩の辺りが一番良さそうだ、という事実にふと気づく。
何だか気が引けたが、仕方無いので、ロイの肩に、ぽす、と頭を置く。

「寝んのか?」
「仕方ないだろ…。…お前が、放してくれないから…」
「…ふーん…」

ぶつぶつと文句を言いながら、さして重くも無い瞼を閉じる。
本格的に身体をロイに預けてしまえば、すぐにでも眠れてしまいそうに心地良かった。
…ロイはまだ子供体温だから。

そのまま素直に寝息をたてる、と思われたマルスの耳に、
いたずらめいた声が、ぼそっと告げる。

「……じゃあ、俺も寝よっかなー」
「……………。………え…、」

肩に預けられているマルスの頭を抱え、ロイがくすくすと笑う。
マルスはといえば、

「…な…、…ちょっと待てロイ!!」

信じられない言葉を聞いたらしく、ひどく慌てていた。

自分が寝てしまえば、反応が返らないのがつまらない、とかいう理由で、
すぐに放してくれるかと思ったんだ。
それを予期して寝る体勢に入ったのに、
『自分も寝ようかな』だって?
違う、そうじゃない。
自分が期待してたのは、そういうことじゃなくて!

「ロイ…ッ、…起きろってば!! 僕はっ…」
「やだね。そういうわけで、俺が起きるまで待ってて」
「嫌に決まってるだろっ!」
「俺の気が済むまでって言ったじゃん。
 …まさか『王子様』、約束破るなんて言わねーよな?」

反論を許さない、低い声。
…そのくせどこか、子供のような遊び心が含まれてる。

「じゃ、オヤスミ」
「…っ…。何が『おやすみ』だ…ッ、」

抵抗も、まったく効かない。
それどころか、マジで何も言わなくなってしまったし。
…まさか、本当に眠ってしまったのだろうか。

「……『おはよう』って…、…自分から言ってたクセにっ…!」

恨みがましそうに呟いても、もう遅い。


それから結局、ロイとマルスが朝食にありつけたのは、
既に朝食が昼食と称される時間だったとか。
並んで朝食…兼昼食をとっている二人、
マルスは何故か妙に機嫌が悪くて、
ロイは何だかひどく悲しそうだったとか。

そのロイの頬には、殴られたよーな引っぱたかれたよーな痕跡があったとか。


真実を知っているのは、
街の北、スマデラ屋敷の住民だけ。



私、前、こんなの書かなかったっけ…!!?(汗)
そんなことさえ不確かになる程、『朝イチからベッドでいちゃいちゃ』というのが、
大好きだったりします。…本当に好きなんです。

そういえば、結局マルスは服着れてないし(爆)