079:君
「………お人好し、だよねぇ」
「………え?」
やたらと広い庭に設置された、白いテーブルとベンチ。
クッキーをさくさくと食べながら、ピカチュウはリンクにこんなことを言った。
ここから見える景色をぼーっと眺めていたリンクは、
それでようやくピカチュウの方を向く。
ここから見える景色 リビングで、仲良く話してる二人 を同じように見、
ピカチュウはこんなことを言った。
「だってリンク、ロイさんのこと嫌いじゃないでしょ」
「…そりゃあ、な。仲間だし、親友だし」
「普通さ、コイガタキって、嫌いになるものなんじゃないのかな」
「…………」
手に持っていたカップを、ことん、と置く。
リンクは二人に目を向け、その後すぐ、ピカチュウに視線を戻した。
「…だってピカチュウ、オレがロイを嫌いになったら、
…マルスが悲しむだろ」
「………人間のコトはよくわかんないけど、そんなもの?」
「そんなものだよ。自分の好きな人が嫌われるのって、嫌じゃないか?」
「…………」
ふ…と、リンクを見つめながら。
納得したのか、こくん、と頷く。
「…うん、まあね」
「だろ」
「…じゃあもういっこ訊くんだけど、リンク」
「何だ?」
「…リンクはさ、…マルスさんに言わないの? 好きって」
透き通るような、青い瞳が揺れた。
「…………」
その口元が、やわらかく、微笑みをつくる。
「……言わないよ。……だって、ロイとマルスが、どっちも悲しむだろ」
「………人間のコトはよくわかんないけど、そんなもの?」
「そんなものだよ。…マルスは、オレの気持ちに応えることができないから。
妙なところで気回すし、…で、マルスが悲しむと、ロイも悲しむだろ」
「……そんなもの…なのかな」
「…少なくとも、オレはそうだと思ってる」
人を悲しませるくらいなら、自分の気持ちを押し殺した方が楽だ、と。
リンクはそう言って、カップに再び口をつける。
それをじっと見て、ずっと話を聞いていた、ピカチュウが。
嫌に真剣な顔になった。
「………リンク、僕思うんだけど」
「うん?」
「…リンクはもっと、わがままになっても、いいんじゃないの?」
「…………、…え…?」
ことん。
リンクが思わず、だけれどゆっくりと、カップを置く。
ピカチュウはどこか必死めいた顔で、リンクを見上げていて。
リンクはそれを、複雑な面持ちで見下ろして。
「…さっきから聞いてたら、誰が悲しむとか…そんなのばっかりじゃないか」
「………」
「何かを手に入れる為に、何かが犠牲になるのは、当たり前なんじゃないのかな。
リンク、…好きって気持ちは…言わないと、伝わらないんだよ」
例えその気持ちに、望みが無かったとしても。
「………ピカチュウ…、」
「…マルスさんが、誰を好きでも…。…自分は君が大切なんだよって、
言ってもいいんじゃないの?」
「………」
「後悔なんて、…してほしくないんだよ…。
……僕は、リンクには、しあわせになってほしいんだ」
玉砕覚悟でも、…なんでも。
「…知ってるよ。リンク本当は、マルスさんに見てもらいたいんだろう?
トクベツな対象として、見てほしいんでしょう」
「………」
「ねぇ…、…それを誰かの為に押し殺すなんて、別に悪いコトじゃないと思うよ。
そのくらいのわがまま言っても、いいと思うよ」
「………」
人の特別な誰かになりたい、その願いは。
誰にでもある、普通の願いだと思ってる。
君はもっとわがままでもいい、…どこか悲しそうに、そう告げる。
誰かが傷つくことになっても。
…君だってもう、充分すぎるほど傷ついているのに。
「………」
複雑な面持ちで、ずっとピカチュウの言葉に耳を傾けていたリンクは。
「……優しいな、ピカチュウは」
そう言って、優しく微笑んだ。
「………」
「間違ってないよ。…確かにオレは、マルスに見てもらいたい。
マルスの特別な誰かになりたい」
「………」
「…いっそ言ってしまおうかとも思うよ。でもピカチュウ、
オレはやっぱり…、このままでも、いい」
「………」
ふわりと、ピカチュウの頭に左手を伸ばした。
「それにピカチュウ、…オレは今でも、充分幸せだから。いいんだ」
大きな優しい手で、ピカチュウの小さな頭を撫でた。
「…オレは…、マルスが笑ってれば、それでいいから」
「…………」
撫でてくれた部分を、ピカチュウが小さな手で、気にする。
リンクは軽く微笑み、テーブルの真ん中に置いてあったティーポットを持って、立ち上がった。
「お茶無くなったから、いれてくるな」
「……。…うん、おねがいしてもいい?」
「ああ」
もう一度、ピカチュウの頭を軽く撫でる。
そしてそのまま、屋敷に足を運んだ。
「…………」
その背中を、大きな目で見送った。
「…優しいのは…、…どっちだよ…」
ぽつり、と口にした。
紛れも無い、本心。
「…本当、……上にバカがつくお人好しなんだから…、」
愚かすぎて逆に優しい、君。
いつかしあわせになれるだろうか。
本当は、失うのが怖くて行動に出れない、ただの臆病者なのですが。
…そういう人だって幸せになってもいいはずだ…。