078:スパイ




「……っ、つっ…!!」

ざ、と音をたてて、マルスの左腕を、ダークリンクの剣が、容赦無く切り裂いた。
それまでの怪我の分も相成って、マルスは床に、両膝をついて崩れ落ちる。
血のにじむ腕を抑えて、肩で息をするマルス。
ダークリンクはマルスに近づくと、前から、その肩を蹴飛ばした。
仰向けに倒れたマルスの左肩を、そのまま右足で踏み躙る。
ダークリンクの赤い瞳は、真っ直ぐにマルスを見下ろし、
対するマルスの藍の瞳は、水のように揺れながら、ダークリンクを見ていた。
子供のように怯える、その姿。
ダークリンクは、何も言わない。

「………あ…、」
「………」

マルスとダークリンクの戦いは、一方的だった。
けっして攻撃の手を休めないダークリンクに、マルスは防戦したが、
結局はこうして、今の状況に陥ってしまった。

傷だらけの身体。裂けた服のあちこちには、真っ赤な血が黒く染み込んでいる。
マルスの大嫌いな、赤い色。
嫌という程知っているにおいが、鼻につく。
青い髪はばらばらにほつれて、白い肌を汚していた。

床の上で顔を横に逸らし、マルスは横目で、ダークリンクを見上げる。
リンクの“影”だとガノンドロフが言った、この青年は、一体何者なのだろう。
戦いを始めてから今まで、彼は終始、無言だった。
それどころか、表情も何も、まったく変わらない。
マルスの身体を血に染めていっても、それは変わらなかった。

ダークリンクの剣の先が、マルスの首筋に押し当てられる。
ひんやりとした、冷たい感覚。ひどく懐かしい感覚だった。
マルスは、乱した息を心持ち整えながら、ぽつり、と呟く。

「……………殺さない、のか?」
「………」
「……今…、…死んだって、同じだ…。…僕、は…。
 ……本当は、あの時、死んでいたはずなんだから」

頭の中のどこかで、何かを思い出す。

一人きりで、窓の外を見ていた少年。
急に騒がしくなった部屋。
血相を変えて跳び込んできた従者。
従者は少年に、逃げろ、と言って、
その後すぐ、胸を後ろから貫かれた。
従者を殺した、その、立ち姿は。
背の高い、赤い髪の   

「………っ…。」

怖かった。
従者を染めた赤い色、それを殺した赤い髪。
少年は細身の剣を抱えて、窓ガラスを突き破って、逃げ出した。
幸い身体は、庭の茂みに落ちたので、特にどこも痛めはしなかったが、
飛んだガラスで切った皮膚から、赤い血がにじんでいた。

色々なものが命を落とした。
戦って戦って、国の為に戦って、死んでいった。
それなのに皆、少年を見ると、笑った。
どうか、お逃げ下さい、と、
慈愛に満ちた微笑みで。

そして少年は逃げ出した。
戦う術(すべ)すら持たなかった。
剣は抱えていたが、扱うことができなかった。
国の滅亡。
守れなかった、こんな愚かな子供に、
価値なんか、無いのに。

「………だから…、」
「…まあ、そう言うな」

震える声で言い募るマルスに、椅子に座って光景を見ていたガノンドロフが、
その、低く、よく通る声で、はっきりと告げた。
口の端をわずかに上げるだけの、皮肉気な笑みを浮かべて。
ガノンドロフは更に、こう、続ける。

「死に急ぐことも無かろう。あまり命を粗末にするな」
「………」
「ダーク。そいつを、一番奥の部屋に連れて行け。
 少し寝かせてやると良い、…傷の、手当てもな」
「………?」

ガノンドロフが告げた言葉は、マルスの、予想外の言葉だった。
思わず目を見開いて、ガノンドロフを見ても、
彼はただ、いつものように。唯一の王者であるかのように、薄く笑うだけ。

「…わかりました」

ぽつり、と。
ダークリンクは静かに答えて、マルスの身体を、優しく抱き起こした。
両腕で丁寧に、肩に抱え上げ、椅子の向こう側に歩く。
そこの壁には、一つ、ごく一般的な大きさの、扉があった。

「……どう、して…、」
「俺はお前に興味がある。それだけだ。
 そんな姿では、話もできないだろうからな」

消え入りそうなマルスの声。
答えたガノンドロフは、どこか楽しそうだった。
ダークリンクの瞳は、何も見ていない。

「剣は追々、ダークにでも持っていかせよう。
 …剣士では無い俺が触れるのは、非礼だろうからな。
 まあもっとも、
 お前の剣にお前以外が触れるのも、変な話だが」

ガノンドロフの、そんな声が聞こえたが。
マルスの意識は既に、半分、夢の中だった。
薄れていく意識。
…今はただ、眠りたくて。

ダークリンクの肩に頭をあずけて、マルスは瞳を閉じる。
その細い身体を抱えたまま、ダークリンクは、何も言わない。



   ******



「………………」

次に目を覚ました時、マルスはベッドの上にいた。

大きな枕。白い毛布。身体がふわふわして、心地良い。
眠気と戦いながら、何とか顔だけを横に動かすと、そこには自分の腕があった。
斬られたはずの腕には、包帯が巻かれている。
傷はまだ痛むが、もう、そんなにつらくはなかった。

「…目が、覚めたのか?」
「………、」

ふと、上から降ってきた声に、マルスは目を向ける。
月の光を映したような、まばゆい銀色の髪。
ただしその髪は、少しも整えられてはおらず、ばらばらだったが。
ダークリンクはマルスに目を向けると、
その額にそっと、手を滑らせた。

「……?」

ダークリンクの手のひらは、ゆっくりと、マルスの額から頬、首を辿る。
水のように、冷ややかな手。
ひんやりとして、ほんの少し、気持ちが良かった。
不思議に思いながらも、マルスは素直に、その手のひらに従っている。

「…怪我の、具合は?」
「…まだ少し、痛むけど…。…もう、平気」
「…そうか」

ぽつり、ぽつりと小さな声で、マルスは、ダークリンクに答える。
ダークリンクはそれを聞くと、そっとマルスから、手を離した。
目に落ちかけた、青い前髪に触れて、子供にやるように、撫でてやって。
そしてダークリンクは急に、椅子から立ち上がった。
離れていった手を、視線で追いかけた、その先で。
ダークリンクは踵を返し、マルスに背中を向け、部屋の扉の方向に歩き出した。
自分の役目は終わった、と言わんばかりの行動。
そんなダークリンクの背中に、マルスは慌てて声をかける。

「あっ、…の、…えっと… …ダー、ク?」
「………?」

ぴた、と足を止め、ダークリンクは振り返った。
銀色の髪。血のような赤い瞳。その大きな手は、マルスに優しく触れたが、
確かに、マルスを、傷つけた。

「…ありがとう。…怪我、手当て、してくれて」
「………」

それでもマルスは、真っ直ぐにこう言う。
ふんわりと、優しく、微笑んで。

やがてダークリンクは、それには答えずに、部屋から出て行った。
静かに開いて、キイィ、と音をたてながら、閉まる扉。
優しげな微笑みをマルスは保っていたが、扉の閉まったのと同時に、
その顔を、寂しげなものにさせた。

「………」

マルスは、ベッドから、ゆっくりと上半身を起こす。
腹の傷が痛んで、思わず顔をしかめた。
その痛みが治まったころ、マルスは改めて、自分の身体をざっと見た。

両腕には、真っ白な包帯。指のあちこちに、絆創膏。
肩にはガーゼが貼ってあった。何となく、肩が動かしづらいのに気づく。
足も少し窮屈だから、きっと足にも、手当ての跡があるのだろう。
頬に飛んでいたはずの血は、綺麗に拭き取られており、
服はやはり、代えられていた。見たことのない形の、白い法衣のようなものに。

今度はマルスは、部屋の中を見渡す。
特に広くも無く、かと言って狭くも無い、そんな印象。
窓は無く、向かい側の壁に、暖炉が一つだけ。暖炉の中で、炎が、燃えていた。
家具らしい家具は、自分がいるベッド以外は、ほとんど見当たらない。
ベッド脇に、まるい木の椅子が一つと、サイドテーブル。
サイドテーブルの上には、新しい包帯とハサミ、絆創膏が乗っている。

そして、サイドテーブルの横の壁には。
(ファルシオン)が、立てかけてあった。
柄の部分を、マルスの血で、汚したままの姿で。

静かな部屋。
暖炉の中の薪が、ぱちぱちと爆(は)ぜ、炎が暖かく燃えている。
天井が、きし、と軋んだような気がして、マルスは顔を上げたが、
どうやら気のせいだったようだ。

「………」

今日一日で、色々なことがあった。

間者(スパイ)であったピカチュウの言葉。
ロイとの共闘。
リンクに負けて、ここへ連れてこられた。
地下牢の中で、フォックスと話をして。
カービィに連れられて、ガノンドロフの部屋にやってきた。
そして。
ダークリンクとの、一方的な戦い。
死ぬと思ったのに   自分は今、ここにいる。

一体、ガノンドロフの目的は、何なのだろう。
ダークリンクと殺し合いをさせたり、急に態度を翻して、
手当てをしろ、と言ったり。
真意がわからない。
静かな部屋は、マルスの思考を奪う。
マルスは、赤い色が大嫌いだったが、不必要に静かな部屋も、好きではなかった。
   昔を思い出すから。

「………」

臆病で力の無い少年。
今はもう亡き、王国の後継者。
高額の賞金首。
原因の王子。
逃げろと言った従者と、それを殺した赤い髪。
道中の、それはとても、たくさんの…。

思い出して、マルスは目を伏せる。
閉じた瞳の奥に焼きついた赤い色は、けっして消えることはなかった。
暖炉の爆ぜる音が、耳に残り、
燃えて落ちた国を、思い起こさせた。

何かから逃れるように、マルスは首を横に振った。
自分の手のひらに視線を落とした、その時。

「気分はどうだ?」
「!」

扉が開いて、低い声が、部屋に響いた。
平静を装って、そちらを向く。
声の主はもちろん、ガノンドロフだった。

「………ガノン、さん」
「その調子なら、大丈夫そうだな」

喋りながら歩くガノンドロフは、こつこつと、マルスの方へ歩み寄ってくる。
ベッドの側で立ち止まり、マルスの頬に、指を伸ばす。
無造作に輪郭をなぞる、指の動き。マルスは、瞳をかたく閉じた。
そんなマルスの様子を見ながら、ガノンドロフは、ふ、と笑う。

「…別に、お前に何かしようと言うわけではない。そう、怖がるな」
「………」
「信用しろ、という方が、難しいかもしれんがな。
 俺はお前と、話がしたいだけだ」
「……話…?」

恐る恐る、といった動作で、マルスは目を開ける。
ガノンドロフは、先程までダークリンクが座っていた椅子に腰掛けて、
少し面白そうな顔で、マルスを見た。
言葉を受けて、マルスは、抑揚の無い声で、言った。

「…僕は、貴方と、お話することなんて…」
「お前がそうでも、俺には違う。言っただろう。
 俺はお前に、興味がある、と」
「…興味を持たれるような、価値のある人間ではないです」
「どうだかな。…お前の自己判断はともかく。
 俺はお前の、目的くらいなら知っているぞ」
「………」

目的。
その言葉だけが、いやに響いた。



「お前は本当は、復讐する気でいたんだろう?
 俺達が一つだったころの、あの勢力に」



「………………。」




今は二つに分かれ、戦い、潰し合っている、二つの勢力は。
昔は、一つの勢力で、一つの集落に住んでいた。
そこは、いわゆる傭兵の集まりのようなものだった。
依頼を受けて、勢力全体で、その任務を遂行する。
一つの勢力にくるような依頼は、大抵が、殺すことを目的とする内容だった。

そして。
ある日、一つの勢力は、とある帝国の、一つの依頼を受けた。
その、依頼の、内容は。

   『ある王国を滅ぼせ』、というものだった。



「あの赤髪の小僧が、お前をつれてきた時は、それは驚いたがな…。
 王族と、邪魔をする者は皆殺しにするはずだったのに、
 たった一人だけ、俺達は、幼い王子を取り逃した。
 その、取り逃がしたはずの王子が、わざわざ出向いたのだから」
「………」



そう、一つの勢力が請け負った依頼は。
滅ぼした、王国は。



マルスの生まれた、マルスが受け継ぐはずの王国だった。



「お前の、目的は。
 俺達の仲間になることでもなければ、守ってもらうためでもない。
 俺達への、復讐なのだろう?」


一目でわかった。
赤い髪に見つかった時。残酷な声。押し当てられた剣の感触。
国を滅ぼしたのは、この勢力だ、と。


「………………はい。」

毛布を手で、強く、強く握りしめて。
マルスは、静かに、静かに呟いた。
ガノンドロフはその返事を、面白そうに聞いている。

「…そうです。…僕は、復讐にきた。
 僕は、一つの勢力を、潰しにきた」

静かな部屋。
暖炉の中で、炎が揺らめく。
忘れかけていた思い。
悲しみ、絶望、
殺意。

「…僕のいた国を…。…僕の、居場所を。
 …奪い、壊し、滅ぼしたのは、あの勢力だったから。
 …だから、復讐にきた」

ぽつり、ぽつりと、マルスは自分の心の中を吐き出す。
その声に抑揚は無く、ともすれば機械のような冷たさ。
徹底した無表情は、冷たい雨を思い起こさせた。

ふ、と笑い、ガノンドロフは、その声に答える。

「…そうか。やはりな。…しかし、意外だ。
 俺はお前は、あの国が嫌いなのだとばかり、思っていたのだが。
 依頼書には、そんな風に書いてあったと思うがな」
「…依頼書…?」
「あの王国の王冠は、飾り物だ、と。
 信憑性は知らないが、国王は、ひどい独裁体制を敷いているとか、
 大臣達もそれに加担していて、何も言わぬとか」
「………」
「王子は聡明で、その事実に気づいていた、とか。
 ゆえに王子は愚かにも、自分の国を嫌っていると、そう聞いていた」
「………。」

ガノンドロフが口にした、辛辣な言葉が、マルスの胸の奥に突き刺さる。
水のように不安定に揺れる藍い瞳を、そっと伏せた。
頭の片隅に、おぼろげな光景が浮かび、消えて、いつまでも残る。

幼い王子は、ただの子供だった。
真実全てを知る手段など、ありはしない。
けれど。

「…それが、事実なのかどうかは、僕は知りません。
 …でも確かに、僕はあの国で疎まれていた。
 …少なくとも僕には、部屋に閉じこもっていた記憶しか無い。
 …部屋の場所は高くて、扉の外には誰かがいて…」


ガラス越しの風景を、窓の内側から見つめるだけだった日々。
あの日。
今は二つに分かれた、一つの勢力の“任務”は、
小さな子供に、選択させた。
生か、死か。
死ぬか、殺すか。


戦うか   


「……でも…。…でも、それでも…。
 …あの国は…。…皆は、僕の近くにいてくれた。
 …それが例え、飾り物として、でも…、」

揺れる心。
暖かい部屋の温度が、どこかをとかしていく。
言うこと全てが、自分を縛る。

「……僕を、必要としてくれた。…それだけが、僕の価値だった」
「………」

「…だから僕は、復讐にきたんです。
 …僕の居場所を奪った、全てを、…殺す気でいたんだ…。」

自分の言葉で、自分の心を支えるように、
マルスは自分の腕を、強く握りしめた。
マルスの本音は、たった一言が全てだった。
復讐。
奪った全てを、殺して。
そして。

幼い王子は、力ある青年になった。
殺意を、その、儚げな印象の中に、閉じ込めて。
憎む程に嫌いだった、赤い色は。
自分の始まりと終わりの全てになる。

「………成る程な」

マルスの話を聞き終えたガノンドロフは、ふ、と笑った。
サイドテーブルにさりげなく載せてある包帯と、ハサミを手に取ると、
マルスの方に、投げてよこした。
それは、マルスの太腿の上辺り、毛布の上に、ぽとん、と落ちる。
握りしめていた腕を見ると、傷が開いたらしく、血が滲んで、赤くなっていた。

無言で包帯を替え始めたマルスに、ガノンドロフは言う。

「そして、迷い込んだお前の存在で、俺達の勢力は二つに分かれた。
 当然だな。   復讐などされては、たまったものではない…、
 …知っていたのは大人ばかりで、子供は何一つ知らなかっただろうが。
 あの、赤髪の小僧も含めて」
「………」
「だがな、マルス。
 …俺は、お前に、協力できる」


ぴた。


マルスの手の動きが、止まった。

「……何…、」
「俺と、手を組まないか?」

さらりと言ってのけたガノンドロフに、マルスは大きく目を見開いた。
藍い瞳をまるくして、ただ、顔には驚きが表れている。
それは、あまりにも唐突で、意外な提案だったから。
震えるような押し殺した声で、マルスはガノンドロフに尋ねた。

「………何、を、言って…、」
「お前に情があるとか、そういうわけではない。
 ただ、お前が何か起こせば、少しは面白くなるかと思っただけだ」
「…それは僕に、こちら側に寝返ろ、ということですか?」
「別にそれでも構わないが、俺はお前と、個人的な契約を交わしたい。
 こちらの勢力の者になれ、とは、言わない。
 お前にとっては、こちら側の勢力も、俺だって、復讐の範囲内だろう」

ガノンドロフは、自分がマルスに殺される可能性すらも、簡単に口にする。
そしてマルスは、反論しようとはしない。
ただ、手当てをしていた手を止めて、じっと、言葉を聞いているだけだ。
誘惑のような声。マルスの目の中には、暖炉の炎が映っている。

「殺したいなら、殺して構わない。
 俺は現状に退屈しているんだ。
 だから、面白いことを企む者には、手を貸すことにしている」

ずっとずっと、抑えようとしていた殺意だ。
しかしけっして、忘れることは、なかった。
城に上がった、赤い炎。
血を洗い流す、赤い血。
従者を殺した、赤い髪。
その、すべてを、鮮明に思い出す。
言葉が、思い出させる。


「もう一度言う。      俺と、手を組まないか?」


「………」


   神様、どうして。



どうして世界は、運命は、こんなに冷たくて、どうにもならないのでしょう?




マルスは、息を吐いた。
そして。



      はい…。」



ただ、一言、こう、言った。

彼と、手を組むということは。

色々なものを、裏切るということだ。
片方の勢力を。
守ってくれていた人々を。
そして。

「……承知の上だと思いますが、僕は、隙があれば、貴方を殺します。
 ……それと   、」

最初からずっと。
ずっとずっとずっと裏切っていた。
赤い髪の少年を。

「天井裏に、誰かいます」


「………!!」


マルスが呟いた瞬間、ガノンドロフはそちらへ向けて、魔法を投げていた。
『誰か』が息を詰める、空気の流れ。
黒紫色の、電気を帯びた球が、真っ直ぐにそちらに飛んでいく。
マルスは、動じない。

ドオォンッ   。 大きな音をたてて、天井の一部が壊れる。

「………………」

そこには、誰も、いなかった。

「…逃げたか。…まあいい。困ることは無いだろう」
「…そうですね」

ぱらぱらと、天井だった欠片が、落ちてくる。
ガノンドロフはそれを見ると、急にマルスを、片腕一つで抱え上げた。
どうやら、マルスの部屋を変える気らしい。
子供でも無いのに、と、不本意に思いながら、マルスはガノンドロフにしがみつく。

「…誰が、僕のことを知っても。
 …僕は全てを、殺す気なんだから」
「……その意気だ」

それは、ガノンドロフが望んだ、殺意をはらんだ言葉。

マルスはそれ以上、何も言わない。






   ******



「…危ない、危ない。
 …気づかれないように、とは思っていたのだがな。
 …流石に、あの子の気は鋭いな」

要塞の外。
雨の中。
そこには、一人、『誰か』が立っていた。

「………当然、か…。…あの子は、“マルス”なのだから」

左腰に、剣を携える、背の高い姿。
剣と剣とがぶつかり合う、甲高い金属音を耳に聞き止めて、
そちらへ足を向ける。

「………」

赤い髪。
蒼い瞳。

それは、青年が裏切った、少年の父親の姿。

「……さて…。
 ……私は、どうすれば良いのかな」

雨の中、透き通った雨粒を見つめながら。
潜入操作を終えたエリウッドは、ぽつりと呟いた。



スパイは誰だったのでしょう。というお話。

この話はパラレルなので、マルスの国はアリティアではありません。
ですがパラレルだからこそ、アリティアかもしれません。
そういうことを考えると、ちょっぴり面白くなるかなあ、ということを期待して。
何よりも、話の流れが伝われば良いと思う…。(切実だ…)

さあだんだん笑えない展開になってきましたよ…。