075:フリー
時間は延々と流れていくのに、どうして「ここが一年」だとわかるのだろう。
それは、人が境界線を引いたからだろう?
青年が、言う。
じゃあ、人が境界線を引かなければ、一年は無かった?
少年が、問う。
そうなんじゃないのか、と、青年は、言った。
時間ってそんなものか、と、少年は、言った。
「…でも」
「?」
庭で満天の星空を見上げて、マルスはぽつりと呟く。
ロイはマルスの手をしっかりと握ったまま、覗いた。
ロイが不思議そうな顔をしたまま、自分を見るのを見て、
マルスは少しだけ、笑った。
「『終わり』は人が決めたものだって、わかっているのに、
どうして…『終わり』と『始まり』が、楽しみなんだろうな」
「…そうだ、な。じゃないと、忘年会とか、新年会の準備なんて、
しないもんな」
背中のもっと後ろ、屋敷の中では、
夜更かしを許された子供達が、
大人達に混ざって、祝宴を楽しんでいた。
一部、やっぱり寝てしまった子もいるが。
「…でもさ、それでも、いいんじゃないかな」
「…?」
今度はマルスが、不思議そうな顔で、ロイを見る番だった。
ロイは、上手く言えないけど、と、苦笑気味に話し出す。
つないだ手を、一度握り返して。
「自分と同じ、人が引いたものだから、乗り越えられるんだろ?」
「…乗り越える…。…そうだな、…そうかも、しれないな」
「神様が引いたとかなら、ちょっと無理っぽく聞こえるけどな。
自分と同じ、人が引いたってんなら、無理には聞こえないだろ」
「…そうだな」
空を見て、事も無げに言うロイを見、マルスはどこか、安心した気持ちになる。
保障も何も無い理由でも、ロイが言うと、
なんとなく、本当なような 大丈夫なような気がして。
「…なあ、マルス」
「? 何だ?」
ふ、と呼ばれ、
マルスは少し微笑んで、ロイを見る。
「時間の境界線が、人が引いたものだって言うんなら、
国境も、そうかな」
「国境…?」
「国と国との境界線。…あれも、そうなのかな?」
「……。…そう、なんじゃないのか?」
だって、誰が決めたんだろう。
実際に、線が引いてあるわけでもないだろうに。
秩序を守るためだけの、境界線。
その為に人は、国は、争いあうのだけれど。
「…あれも、人が引いたものなんだからさ、」
「…乗り越えられるって?」
「ああ。国と国とのいざこざなんて、実はそんなもんだろ?」
「…そう、だな」
二人見合わせて、少し悲しそうな微笑みを向け合う。
境界線を越えるには、また、
剣をとって、そして、
戦いに身を投じなければ、ならないのだけれど。
二人の間に、会話が無くなる。
冷たい澄んだ空気の中で、ずっと空だけを、見上げて。
「…あ」
「?」
「…なあ、マルス」
うつむきかけていたマルスの顔を覗き込んで、
ロイが、また言った。
「…何だ?」
「時間にも、国にも、境界線があるんなら、
世界にも、境界線があるのかな」
「…世界?」
「ああ。俺の“世界”と、マルスの“世界”と、この“世界”に」
「…世界に、境界線?」
「だってさ、」
もし本当に、世界がばらばらなのなら、
こうして二人、出会うこともおそらくはなかっただろうと、
ロイは言った。
けっして出会えないはずの二人が、
出会えたのは、
世界を越える 境界線を、越えることができたからかもしれない、と。
「………」
「なあマルス、もし本当に世界に境界線があって、それで…
…境界線は、人が引いたものだろ?
今まで出会えなかったのは、人が『世界は一つだけだ』と思って、
世界を乗り越えようとしなかったからだ。
世界がたくさんあるなら、世界を分ける、境界線があるはずだし、
『世界が一つだけ』と思うのは、人の思いからだって言うんならさ、」
それはきっと、人が引いた境界線だ。
そして、
「…同じ人が引いたものなら、乗り越えられるよな?」
「……ああ」
「だからさ、マルス」
ああ、だからかな、と思う。
彼が「傍にいる」と言うのが、嫌じゃない理由は。
「俺達、これからもし離れ離れになっても、
世界の境界線を乗り越えて、
また、出会えることができるよ」
「………」
保障も何も無い、それなのに、妙に説得力がある、その強い微笑みに、
きっと出会ったときから、支えられていたんだ。
無理なものを無理と言わないで、
縛られることもなく、
あるはずのない永遠を、誓ってくれるから。
「な。マルス」
「………」
「良かったな!」
「…そう…だな」
にっこりと笑うロイを見、つられて、マルスも微笑む。
世界に本当に、人が引いた境界線があるのか、知らないけど。
きっと、大丈夫。
現にその、あるかどうかわからない、世界の境界線を確かに乗り越えて、
今二人は、ここにいるんだから、…きっと。
「…ロイ、マルス! カウントダウンが始まるってさ。
部屋の中、来いよ!」
「相変わらず仲良しさんだねぇ。邪魔してごめんね、でも、
せっかく年越しなんだし、ね?」
リンクとピカチュウが、相変わらずのポジションで、二人を呼んだ。
帰ろうか?
少年が問う。
そうだな。
青年が言う。
つないだ手を離して、歩く。
世界の境界線を越えて、同じ場所に集った皆と、
時間の境界線を越えて。
きっと、大丈夫。
同じ、人が引いたものなら。
離れてもまた、出会えるはず。
人が引いた境界線を乗り越えて、
制限も無く、
どこまでも、自由に 。
数学的なのか哲学的なのかサッパリです。
ありがちな…。