073:先輩




庭に取り付けられた、白いテーブルとベンチ。
足の裏を丁寧に拭いた後、テーブルの上を歩きながら、お茶の用意をするピチューとピカチュウ。


「…はあッ!!」
「っ! 、くっ…、」

冷たく鋭い金属音が、テーブルから離れた場所から聞こえる。
今、剣を交えているのは   リンクと、マルス。

およそリンクが一方的に押しているような感じで、
マルスは、上から振り下ろされるリンクの剣を、同じく剣で、必死に受け止めている。
元より力の足りないマルスの手は、いい加減に痺れてきたようだった。

これが、おそらく最後のチャンス。

リンクが、再び剣を上から振り下ろしてくる。
当たるか当たらないかギリギリまで引きつけ、ふっ、と身体の力を抜いた。
左手を着いて、地面に腰を下ろすような形で。

リンクの剣が、マルスの頭上を通過する。

「! 何っ…」

その勢いで、前方にバランスを崩すリンク。
その隙をついて、左手を軸に身体を起こすマルス。

「……たぁっ!」
「…っ…!!」


ギィンッッ!!


……耳をつんざく、強い音。
そして、

「…つっ…!!」

マルスの手から、剣が弾き飛ばされた。
衝撃で、思わず地面に手を着いた。
一瞬後に、首元に剣の先が突きつけられる。

「……!!」
「………、」

「……はーい、そこまでー。リンクの勝ちー」


のんびりとしたピカチュウの声で、二人は同時に、深く息を吐き出した。
肩に剣を担ぎ、リンクはマルスに手を伸ばす。
少し途惑い、リンクの顔と、差し出された手とを交互に見て、
悔しそうに微笑みながら、その手をとった。

「…今度こそ勝てると思ったのにな」
「負けるかと思ったよ。…焦った」

そんなことを言って、快活に笑うリンク。
マルスを引っ張り起こすと、ピチューの声に呼ばれて、休憩を取りに行った。


   ******


「…ピチュー、口の周り。クッキーのかけらがついてる」
「ぴちゅ? …ぴちゅ…、」

マルスに言われて、口のまわりを気にし始める。
それでもなかなか取れてないのがじれったくて、マルスはピチューの頬に手を伸ばした。
ここだよ、と言いながら取ってあげている光景が、やたら微笑ましい。

「ほら。取れた」
「ぴちゅ…。…ありがとうでちゅー、マルスおにーたん」

そんな光景に、いつの間にか見とれているリンク。…自分じゃ気づいていないらしいが。
飲みかけの紅茶が冷めかけているのにピカチュウが気づく。
冷めた紅茶はあまりおいしくないと思うので、

「…リンク、」
「え? …あ、ああ」

とりあえず声をかけてみた。
ピカチュウをボーッと見ているリンクに、溜息をつきながら、言う。

「…紅茶。冷めてるよ。…注ぎ足そうか?」
「あ…、ああ、…そうする」

小さな身体でポットを担ぎ、リンクのカップに、とぷとぷと紅茶を淹れる。
ありがとう、と言うと、リンクは湯気の立つカップに口をつけた。

4枚目のクッキーをさくさくさくと口にしながら、ピチューがふと、リンクを見る。
それに気づいたリンクが、「どうした?」と首を傾げる。
ピチューはそんなリンクの顔をじぃ〜〜〜っと見ながら、

「…リンクおにーたん、つよいでちゅねぇー…」

こんなことを言った。

「……え?」
「だって、ピチュー、さいしょ、ロイおにーたん強いって思ったでちゅよ。
 そしたら、マルスおにーたんはロイおにーたんに負けなくて、
 でもそしたら、マルスおにーたんはリンクおにーたんに勝てないでちゅー」
「………」
「マルスおにーたん、どうしてリンクおにーたんに勝てないでちゅ?」
「……うーん…、…リンクは、僕の先輩だから」
「…? せんぱい?」

ピチューがクッキーを食べる手を止め、マルスを見つめる。
マルスは、そんなピチューの頭を撫でてやりながら、続ける。

「ああ。リンクは僕より強くて…、多分僕は、一生リンクには適わない。
 いつでも上にいて、尊敬できる、そんな人だから」
「……???」
「ピチューには、ちょっと難しかったかな…。
 …ああほら、またついてるよ。クッキーのかけら」

仕方無さそうに溜息をついて、またピチューの口の周りを拭ってやるマルス。
取れたよ、と言っているのに、口の周りを気にしているピチュー。
それを見かねたピカチュウが、ピチューに言う。

「ピチュー、…一度、鏡見てきたら?」
「ぴちゅ…、ぴぃちゅー」

ピチューはこくんと返事を返すと、テーブルからひらりと跳び下り、ぱたぱたと玄関に向かった。
洗面台なら裏の勝手口の方が近いよ、という声は、届かなかったらしい。

「…やれやれ…、」
「大変だな、お兄ちゃんも」
「んー、まあね…。…あ、僕もちょっと。郵便受け見てくる」
「ああ」

続けてピカチュウが、テーブルから跳び下りる。
ピカチュウの小さな後姿を目で見送ると、リンクは、お茶を飲んでいるマルスの方に目を向けた。
男性にしては白い肌に、長い睫毛。
その細い身体で、どうやって戦場を生き抜いてきたんだろう。

「……あのさ、…マルス、」
「? 何だ?」

むしろ、その強さの方こそ   尊敬に値するのではないかと、思う。

「……オレ…、…お前の言うような、出来た人間じゃねーんだぞ?」
「え?」
「……さっき、言ってたろ。先輩がどーこーって」

マルスが顔を上げ、リンクを見た。
ふっと上がった顔は、戦いの時の面持ちとは全く違う、幼い顔。
居心地悪そうに微笑んで、リンクはそれを見る。
首を傾げるマルスに、『自分が強くなった理由』を話すことにした。

「オレは、マルスとか…ロイとかと違って、誰かを守りたいとか、
 …そういう理由で、強くなろうとか、…剣の稽古とか、してたわけじゃねーんだよ」

森の中だけで過ごしていた子供時代に。
運命とやらに従って、外の世界に飛び出して。
知らない町、強大な魔物。
生き残る為に、まず戦わなければいけなかった。

「………」
「…誰だって、死ぬのは嫌だろ。
 生きたかったんだ   本当に、それだけ」

どこか遠く、空の方を見て、リンクは言った。
白い雲が、青い空を流れていく。
ふう、と小さく溜息をつくと、マルスに向き直った。
マルスは変わらず、自分を見つめ続けていた。

その視線が、何だか妙にくすぐったかった。
何とかこの場を取りつくろおうと、慌てて笑って。

「だからさ、オレなんか目標にしてたら、大切なものの一つだって守れないぞ。
 な?」

自分が強くなりたがるのは、自分自身を守るためなのだと。

そう言ったのに、   何故かマルスは、にこりと微笑んで。

「…リンク、例えば…誰かがリンクのこと、好きだったとして、」
「…?」
「その人は…リンクに、生きていてほしいって思う。当たり前だろ?」
「……は? …まあ…、好きなヤツに死んでほしいって思う奴なんて、いないしな」
「だろ?」

マルスが、カップをソーサーに置く。
かちゃん、と音をたつ。
リンクはその動作を見、再びマルスに目を向けた。

「…好きな人を…大切な人を守るっていう、愛情表現の仕方もあると思う。
 でも、大切な誰かが悲しい思いをしない為に、自分が死なないっていう…、
 …そういう愛情表現の仕方だって、あると思ってる」
「………」
「『自分の為』だって思ってても、それは誰かの為になるものだよ。
 死にたくないと思うのは、大切な人と一緒にいたいからっていう人もいるから」

マルスが、剣を持って立ち上がる。
すっと背筋の伸びているその姿は、彼をより一層、強く、綺麗に見せる。

「いいじゃないか、誰かの為に強くなるわけじゃなくても。
 誰かの為だけに強くなったら、その誰かがいなくなってしまった時に、
 自分の存在価値がわからなくなる」
「……マルス、」
「……それに、少なくとも」

青い空の下に、強い風が、一瞬だけ吹いた。
風は、庭の芝生を撫で、彼らの髪を撫でて、ざあ、と音をたてて、消える。

「リンクが強いから、僕はこうして、リンクに剣技を教えてもらえてる。
 自分の為、と思ってたことが、僕の為、になってるだろ?」
「………」

マルスが、ふわりと微笑んだ。
この微笑みに惹かれて、…だから、今は。

「だから、……あんまり、自分を謙遜しないで。
 また、手合い、   してくださいね、先輩」

「……。………っ…、」




「……あっ、マルスーっ、やっほーっっ!!」
「え? …あ、ロイ」

遠くの方からロイの声が聞こえ、マルスは剣を持ったまま、その方角へ歩く。
ロイは嬉しそうにマルスに抱きつくと、
暇なら手合いしてほしい、と、そういったことを告げた。

「…どうしたの? カオ、赤いよ」
「……ピカチュウ…、」

ロイが着たのとほぼ同時に、ピカチュウが帰ってきた。
手には、手紙を2通持っていた。どちらも白い封筒だった。

……マルスに悟られないように、なんとか頑張っていたのだが。

先程の「先輩」の一言が、どうやらリンクの心のツボにヒットしたらしく、
リンクは手で顔の半分を覆って、頬を真っ赤にさせている。
ずるずるとテーブルに突っ伏すと、視線をマルスに向けながら、ピカチュウに言った。

「……反則だ…」
「……は?」


   あんな笑顔であんなこと言われて、舞い上がらない方がおかしいじゃないか。


「…………オレって不幸…、」
「よくわかってるじゃない」
「………」

ピカチュウの冷たい一言を小耳に挟みながら   
リンクは、ロイとマルスが剣を交えているところを、見物していた。



リンクを絡ませると、どうしてもこういう話になってしまいます。
例の「剣ではどちらが上?」で、かなり舞い上がったのは私です…だって先輩ですよ!? 先輩!!
どうでもいいですが、微妙にリンvマル風味…?