072:ENDLESS
「…っ…!」
「! …っあ、…の、…マルス、」
華奢な肩が大きくはねて、リンクは慌ててその瞳を覗いた。
滲んでぼんやりした、藍の瞳が、答えるようにこちらを向く。
「…ごめ…ん、…その、へいき…か?」
「……ん、…だい、じょうぶ…」
ふ、と微笑んだマルスが、呟くように言う。
一応なりとも返事を聞けて、リンクは安心したように息を吐いた。
背中を片手で支えてやり、こつん、と額を合わせる。
同じ色のはずの、しかし彩度の違う色の瞳がお互いを見つめ、
そしてどちらからともなく、口づけた。
重ねるだけのものから、深く深く。とけたところから、一つになるくらいに。
辺りは暗闇だった。けれど、一番近くでならお互いの表情がわかるくらいの浅い闇。
二人以外誰もいない部屋は、とても静かだ。
聞こえるのは、お互いの息づかいと、布の擦れる音。
寝台の軋む音と …わずかな、水のような音。
意識すればするほどどうにかなりそうで、できるだけ考えないようにしていたが、
マルスのはねた肩が痛みを訴えたので、つい、思い出してしまった。
「…言いづらいんだけど、その…、」
「……?」
「………痛かったら、………ちゃんと、言え…よ?」
「……うん。…大丈夫…、」
頭を抱え込んで、耳に程近いところでそっと囁く。
だからと言って今更止められるはずもないけど、できるかぎり優しくしたいから。
マルスが返事と一緒に微笑んだのを見て、リンクは息を吐く。
青い髪を梳いた手で、肩をそっと撫でて。
白い首筋に、唇を寄せる。
「…っ、ぁ…、」
瞬間、ぴくん、と震えて閉じられた、マルスの瞳。
だけど、今度は、止めない。
いくつもつけた証を、もう一つ。なめらかな白い肌が、赤く傷つく。
赤い色を見るたびに瞳に影が過ぎるが、今更止められるはずもない。
本当に、今更。
「…っや、ああっ」
「……っ」
絡めた指を真っ白い波に押しつけて、マルスの顔の輪郭を唇で辿る。
奥深くで求められて思わず声を上げた、そんなしぐさでさえ、
自分の中の何かを失わせる起爆剤になるような錯覚を、リンクは覚えた。
上気した白くて紅い頬。透けるような肌を汚しながら、
リンクはマルスに深く口づけた。
長い金色の髪が糸のように散らばって、青い髪と混ざっていく。
「…マルス…、」
「…あ、んっ…、…ん、あ、…ぁ…ッ!」
宝石みたいに綺麗な瞳は、涙に揺れる。
こわれた天秤の片方に乗った、快楽という名前のものに突き動かされて。
「ふ…。…っあ…、ん…っ」
「………」
求めるまま、求められるままに、リンクはマルスを壊していく。
抱えたマルスの細い足が、華奢な腰が震えて、リンクの中の何かを壊していく。
与えながら壊しているなんて、片側から見たらひどい矛盾だと思ったが、
それでも、壊している、で正しかった。
奥深くまで入り込む。マルスの背中がびくん、とはねた。
浮かぶ表情の中に痛みを見て取って、リンクは手で、マルスの青い髪を撫でた。
慰めるようにキスを落とすと、マルスがそっと、腕を伸ばす。
首の後ろに絡められる腕は、切なげに震えて。
「…っ…。あ、…ッ」
「…マルス。……、」
届かない、声。
マルスは。
「……ロイ。…ロ、イ…、」
「……うん。…大丈夫。
……俺は、ここにいるよ」
彼のものとは違う名前を読んで、リンクを抱きしめた。
抱きしめ返した手が震えたけれど、今更どうしようもなかった。
ちょっと行ってくる、と言って、ロイが消えたのは、もう随分と前のことだ。
そしてその後、随分と後に、マルスの元に悲報が届いた。
その場で気を失ったマルスが次に目を覚ました時、彼はほとんど気をおかしくしていた。
下手な慰めみたいに抱きしめたけれど、彼の目にもう誰も映っていなかった。
映っているのは、失った恋人のことだけだった。
向こう岸に落ちていくマルスを見ていられなくなって、もっと強く抱きしめた。
いつからだろう。
マルスが、自分に、死んだ恋人の幻影を重ねるようになったのは。
そして、一体いつからだっただろう。
幻影でもいいと、向こう岸に踏み込んで、背徳に耽(ふけ)るようになったのは。
もし、自分に何かあったら、あの人のことは頼んだ、って。
ロイは言った。普段絶対そんなことは言わない彼が、あの日に限って言った。
そして彼は帰ってこない。
「…ロイ。行かないで。…行かないで、ロイ…、」
「…マルス。…大丈夫だよ。…ここに、いるよ」
抱きしめるたびに返ってくる言葉。そのたびに同じ言葉を返した。
だけどマルスの不安は消えなかった。
本当は、わかっているのかもしれない。
確かめる術も、勇気も無い。
違う声で呼び、違う手で触れて、違う腕で抱きしめる。
ただ、マルスのことを、ずっと好きだから。
少しでも不安を、消してやりたかった。
暗闇。お互いの表情がわかるくらいの、浅い闇。
いつまでも夜で、終わりが無ければいいのにと思った。
細い身体を抱きしめて、中から順番に壊すように。
ひどく悪いことをしているのに、その中には快楽という名前のものがある。
奪い取った喜び。失った悲しみ。
もう二度と。
好きなこの人は、自分の名前を呼ばない。
今更、どうすることもできないけれど 。
あの、…超ごめんなさい。
リンマルでえろは書いたことが無いな〜と思っただけだったんですが、
オチが無くちゃ死ぬ…と思ったんだけどだからってこんな話は無いです。
黒月のお部屋にあるリンクと王子のお話とは、またちょっと違う状況ですが、
同じと言っても過言ではないです。同じです、ぶっちゃけ(キッパリ)。