071:絵葉書
雨の日だった。
雨なんか大嫌いなのに、珍しく、俺は、外を出歩いていた。
理由はたった一つ。仕事、だ。
賞金首が、この辺に、逃げてきている、と聞いたから。
捕まえて引き渡してやろうと、思っていた。
小物だったら、放っておいたけど。
なんでも、一ヶ月ほど前にあった戦争で滅んだ大国の、忘れ形見だというらしく。
異常な額の賞金がかかっていた。だから、あんな、雨の日に。
カオなんか知らないけど、特徴は聞いている。 青い髪。
森の中。
少し遠くに、俺は、男達の声を聞いた。
どうやら、追い詰めた「賞金首」が、この辺に隠れているらしい。
地の利はこちらにある。
勝ったな、と思いながら、俺はそいつを探した。
*
雨の日だった。
雨のにおいは好きだったけど、あの時はただの、足枷でしかなくて。
僕は、逃げていた。
たくさんの人間を信用しないまま、遠くまで。
森の中。
追い詰められて、最後の足掻き。僕は木の後ろに隠れ、そのまま座り込む。
腕に抱いた剣を、子供のように、肩まで抱きしめて。
身体の震えを、押さえ込む。
しばらく、そうやっていると。
遠ざかる、声。こっちにはいないと、そんな会話が聞こえた。
…逃げ切った。
ほう、と、息を吐く。
瞬間。
「動くな」
「!!!」
びくんっ、と。目を大きく見開いたまま。凍りついた。
首に、冷たいものが押し当てられている。…剣、だ。
氷のようにかがやく、綺麗な。
動かない。すべての時が止まったような錯覚を覚えるほど。
後ろで、誰かが、僕を捕まえている。
子供の声が、慣れた調子で、似合わない脅迫をしながら。
「ゲームオーバー。あんただろ? 亡国の忘れ形見、って。
噂に聞いてた。青い髪。…なるほどな、確かに、金にはなるかも。
珍しい色だし、その身分だし」
亡国の忘れ形見。
そう、今の僕は、ただの賞金首だ。
大切なもの一つ守ることのできなかった、おろかな子供。
でも。
「顔、見せろよ」
楽しそうに、声は告げる。悔しい。
抱きしめた剣の柄を、強く握り締める。
そして。
「…っっ!!」
「、な、うわっ…!!」
一瞬の隙。剣を、鞘ごと、相手の手の位置を予測して、振り切った。
驚きそのものの声があがる。僕は振り向いた。
赤い、髪。何気なく視線に入れて、殺意が揺らめいた。
振り向きざま、相手の腹部に頭から突っ込んで、地面に落とす。
剣を、抜いた。
大剣を持つ手を強く踏みつけて封じ、首めがげて、剣先を振り下ろす。
だけど。
喉を引き裂こうとした、直前に。
「…待て!!」
「っ!!」
背後から急に、抱きしめられるように、引き止められた。
左腕が腰を抱いて、右手は僕の手を取り、剣を落とす。
赤い髪の真横に突き刺さる、細身の剣。
身動きはできないまま、なんとか後ろを向くと 金色の、髪。
まるで太陽みたいな。
「……あ…、」
「っはー…。…あんまり、物騒な真似、するなよ。な?」
「………」
説教のような、けれど限りなく説得に近いコトバ。
押し黙る自分。…何故か、怖くなって。
ふ、と微笑んだ金色の髪は、僕の身体から手を離した。
途端、僕は、地面に崩れ落ちる。
「………」
「お前もお前だ、ロイ。…ったく…、
何も、怖がらせること、ないだろ」
「なっ、…悪かったな、どーーーっせ俺は馬鹿だよっ!!
ともかくなー、お前だお前!! そこの青い髪!!」
赤い髪が、起き上がって、何か言いたそうに、僕を見て。
だが、目が合った瞬間、赤い髪は、口を少し開いたままの顔で、
何も、言わなくなった。
あの時は、僕の顔に何かついているのかとか、そんなことを思った。
後から聞いた話では。
あんなに綺麗だと、思わなかったから。…なんて、言っていた。
言葉の意味はよく、わからなかったけど。
男に、綺麗だ、なんて。
それがロイ。
あの時、後ろから僕を止めた、金色の髪。それがリンク。
もうずっと、遠い昔のことのように思える。
あの後。
何故か引き渡されはせず、二十数人の住む集落で、一緒に暮らすようになったこと。
ロイとの、カンケイ。
ようやく自覚ができたころに、リンクが、どこからか、小さな子供をつれてきた。
リンクと、すっかり、仲良くなった。それがピカチュウ。
もうずっと、遠い昔のことだ。
******
「……ん…、」
ぴちゃん、と、水が一滴したたる音で、マルスは目を覚ました。
日常の動作で動かそうとした腕が動かず、一瞬、顔をしかめる。
身体の前で縛られた、両方の手首。
足首を拘束する鎖が、じゃら、と音をたてて主張すると、
マルスのねぼけた頭の中で、ようやく記憶がつながった。
「…眠ってた…のか……」
確かに、少し眠い、と、宣言はしたが。
変なところで度胸の据わっている自分に、ほんの少し、呆れた。
静かに、溜息をつく。
一体、外はどうなっているんだろう。
二つの勢力。こちら側の首領(クッパ)と、敵側の首領(ガノンドロフ)。
分かれた集落。
紛れ込んでいた間者(スパイ)。
傷ついた仲間。
傷ついた敵、
…人質。
「………」
「…マルス?」
「!」
ふいに、鉄格子の向こうから子供の声が聞こえて、マルスは顔を上げた。
ひょっこりと、顔を覗かせていたのは、
「…カービィ…」
「うん、ボクだけどー… …起きた? ってゆうか、起きてるよねー」
ピンク色の、まるい身体。カービィだった。
「起きてないと名前なんか呼べないしぃ。寝言は別ね、っとー。
ボクだけしゃべっててもしかたないやー、ちょーっと用事ー」
「…用事?」
語尾がゆっくりと伸びる喋り方。紛れも無い、この子はカービィだ。
こんな小さな子供まで、戦いに身を投じている。
何かを思い出しそうになって、マルスは小さく、首を横に振った。
がちゃん。と、鍵のはずれる音。見ると、牢屋の扉が開いていた。
カービィは鍵の束を持って、とことこと中に入ってくる。
そして、マルスの足を拘束している鎖を、はずした。足が軽くなる。
「あとはー」
ごそごそと、どこからか小さなナイフを取り出し、手首のロープを切った。
「………」
「で、ハイ。ボクじゃできないから、これ、自分でつけてー?」
まったく緊張感の無い顔で、差し出されたもの。
鉄製の、手枷だった。
「………あ、ああ…。」
「マルス呼んできて〜? って、言われたからー。ついてきて、ねっ?」
にこぉっ、と笑い、カービィはふわりと浮遊する。
複雑な気持ちで自分の手首に手枷を嵌めて、マルスは言うことに従うことにした。
鎖のはずれた足で立ち上がって、ついてゆく。
冷たい地下牢。
まだきっと、雨が降っているんだなと、思った。
長い階段、長い廊下。
ああ、ここは敵の本拠地なのだと、あらためて実感する。
石造りの壁は高く、窓もほとんど見当たらない。
前を導くのは、ピンク色の、まるい、のんびりとした生き物だけど、
この子も自分の敵なのだ。本来ならば。
こんな見た目でも、なんらかの信用を得ているから、今、自分の前を歩いている。
マルスは、人質だ。
信用の無い者に、人質の誘導など、頼みはしない。
「…カービィ、」
「ん〜?」
「…誰が…、僕を、呼んだんだ?」
「んっとねぇー、」
この場所から、逃げ出す術(すべ)など無いだろうが。
これから何が起こるのか、予測だけはしておこうと思って。
「ガノンドロフ。ボクらのリーダー」
「………!」
その。
名前を聞いた瞬間、身体が強張る。
敵側の首領。
まさか、こんなに、早く…。
「………」
「何の用かは知らないけどー、なぁんか、けっこー重要みたいだったよ?」
「………、」
「で、ほら〜、もう着いちゃったし」
ふわふわと飛びながら、カービィは、目の前の大きな扉を指し示す。
天井までつきそうなほどの、大きな扉。王者にふさわしかった。
見上げて、マルスは、息を呑む。これから何が起こるんだろう。
心臓の音を落ち着かせるために、静かに、目を閉じた。長い睫毛が震える。
これは、戦いだ。情けなんか、いらなかった。
ここで、助けて、なんて叫んだら。
あの時の『自分』を、追い詰めてしまいそうだったから。
殺される?
殺す?
…死んで、しまう?
それとも。
「ガーノンー。つれてきたよぉ〜っ」
扉の前で、カービィは大声を出す。少しの間の後で、扉はゆっくりと開いた。
マルスは、目を開く。覚悟を決めて。
カービィに手招きをされて、マルスは、部屋の中に、歩みを進めた。
手首を戒める手枷の、氷のような冷たさが、マルスを少し冷静にさせた。
昔、あの時。
ロイに見つからず、リンクに止められず、あのまま他の誰かに捕まっていたならば。
こんな時は、もっと早くおとずれたのだろうか。
広い部屋だ。天井が高く、暖炉が左右の壁に、一つずつついていた。
王族の部屋のような輝きは無いが、選ばれた者のみが許される部屋だとわかる。
マルスは、ぐるりと辺りを見回した。武器や本が、そこここに散らかっていた。
そして、部屋の、一番奥。
青銅に装飾の施された大きなイスに、彼はいた。
「ご苦労だったな。…元の配置についておけ」
「はぁ〜いっ」
低い、しかしよく通る声が命令すると、カービィはくるんっ、と床に着地する。
くるんとマルスの方に向き直り、ぶんぶんと、短い手を振った。
「じゃあねぇマルスー」
「…うん。…案内してくれて、ありがとう」
ふわりと微笑み、返事をかえす。カービィは部屋を出て行った。
独りでに閉まる扉。…魔法の一種か、知らないところに誰かいたのだろうか。
マルスの顔から、微笑みが消えた。
部屋が、沈黙する。冷たい、重い空気。雨の音さえ聞こえない。
マルスは真っ直ぐに、ガノンドロフを見た。
同じ集落にいた時も、あまり話をしたことが無い。どういう人物なのだろうか。
鎮めたはずの胸の奥が、また、音をたてはじめた。
息苦しくて、目眩がする。
いっそ倒れてしまえば、どれほど楽だろうと、思うけれど。
ガノンドロフは、嘲(あざけ)りを含んだ声で、呟く。
「…ありがとう、か。ここは敵地だ。似合わない言葉だな」
「………」
くっ、と、喉の奥で笑い、ガノンドロフはイスから立ち上がった。
ゆっくりと、マルスの方へ歩み寄る。
逃げ出したいほどの緊張感。なのに、足は少しだって動かせない。
胸の奥で、心臓が痛いほど騒いでいる。
目はずっと、ガノンドロフを見たままだった。
どんな名前の、感情なのか。
その時のマルスには、わからなかった。
こつん、と。
目の前で、ガノンドロフは、立ち止まった。
視線を逸らせない。
「…こんな、子供のために」
ガノンドロフの手が、伸びる。
かさついた指が、マルスの顔の輪郭をゆっくりとなぞった瞬間、
マルスの肩が、びくんっ、と震えた。
…どんな、名前の。
「…あの小僧共が、苦戦するのか。…わからんな」
「……な、んの…、」
震える声で、マルスは必死に、尋ねようとする。
何を尋ねたいのか、すぐに忘れてしまいそうになる。
感情が、身体中を、支配する。
「……こと、ですか…。
…僕は、何のために…呼ばれた、んですか…?」
「あの小僧共が、命を懸けるほどの者を、この目で見てみたかっただけだ。
一体、お前の何が、それほどの衝動をかきたてるのか」
頬を辿る指は、髪を絡め、そして、細い首筋に移動する。
つ、と、指先が襟の中に触れ、マルスは小さく声をたてた。
「……ぁ…ッ!」
「…その見た目か、それとも。身体か、…俺にはわからぬ、心というものか。
…まあ、俺にはどうでもいいがな。他人のものに手を出す趣味は無い」
ふと指が離れ、マルスはそのまま、床に座り込んだ。
慣れない感覚に息を乱しながら、かろうじて、ガノンドロフを見る。
何を考えているのだろう、この男は。
意図がつかめない。
逡巡していると、ガノンドロフは、口元に笑みを作った。
右腕が、誰かを呼ぶ動作を取る。
部屋の奥、イスの背の裏側から、誰かが姿を現した。
マルスの視線が、そちらへ移った。
「……?」
「もう一つ、あいつの退屈凌ぎをさせようと考えてな。
…きちんと“動く”か、試しておきたかったところだ」
「………え……、」
藍の瞳が、 驚きに見開かれる。
黒衣が、さらりと流れていた。闇のような、黒。
何の感情もうつさない、病的なまでに無機質な、白い肌。血の色をした、瞳。
そして、肩よりも少しだけ長い、 銀色の髪。
まるで月の光のような。
なによりも。
精悍に整ったその顔立ちの、すべて。
「…リン…ク…?」
「…正しくは、その小僧の“影”だ。
さしずめ、ダークリンクとでも言ったところか」
「……“影”…!?」
ダークリンク、と呼ばれた彼は、座り込んだままのマルスに歩み寄る。
すらりと腰元の剣を抜き、マルスの手枷目掛けて、振り下ろした。
マルスは思わず目を閉じる。
一瞬後。がちゃんっ、と、何かが砕けた音。
恐る恐る目を開いて見てみると、手枷の鍵の部分だけが、壊れていて。
ごとん、と音をたてて落ちた手枷は、マルスの手首を解放した。
「…あ…、」
「………」
手枷のとれた手首を、まじまじと見つめていると。
足元から、かしゃん、と、何かが落ちる音が聞こえた。
否、正しくは、投げられた音。
マルスの剣が、そこにあった。
「……僕の、剣…、」
「…抜け」
「…え…。」
見上げてみると。
ダークリンクは、手枷を壊した剣を、構えてマルスに向けていた。
何の感情もうつさない、表情と瞳。
血の色をしたそれに、忘れかけていた殺意が揺らめく。
「………」
「…退屈凌ぎだ。所詮な。そいつはこちらの戦力だが、実践不足でな。
お前なら、良い相手になるだろう」
遠くからその光景を見て、ガノンドロフは言う。
マルスは、自分の手の中に戻った剣と、ダークリンクとを交互に見た。
剣の先は、少しだって動かない。
戦いを求めていた。
「………」
戦場。
これは、戦いだ。
まして目の前の人物が、かつての友人ではないならば。
迷う必要は、どこにもなかった。
「…わかった」
マルスはゆっくりと立ち上がる。
目の中に、確かな決意を抱いて。
わかってたはずだ。
これが本当に、ただの余興であったとしても。
もう、戻る道は無いのだと。
これが、本当に。
“ガノンドロフの”、退屈凌ぎであったとしても。
鞘から、剣を抜く。細身の刃が姿を見せる。
助けて。と、言える資格などありはしない。
甲高い、何かのぶつかる音。
雨の中に混じって、消えて、いつまでも続く。
絵葉書は色のついた思い出です。ので今回は「色」を強調して。
裏目標は「鬼畜なロイ」「どう見ても悪人のガノンドロフ」。
ガノン×マルスははたしてアリなのだろうかと考えながら書いていたら、
非常〜〜〜に中途半端になってしまいました。とりあえずお約束路線で…。
ダークリンクさん参戦です。
パラレルだからということで、色々な人の出会いもちょっぴり変えています。