070:かくれんぼ




もういいかい?
もういいよー?

そんな声が、屋敷に響く。

あれは、子供達の声だ。
帽子の似合う少年と、よくわからない、ピンク色の生き物が二人。…二匹?
それはさておき。

今は、別のグループのかくれんぼに、付き合っている場合ではなかった。
こっちはこっちで、さがしものがある。

「…っ、ったく…」

もういいかい?
もういいよー?

「…おーい、どこだ!? それが無いと、困るんだって!!」

かなり適当に結ばれた長い金髪が、走り、止まるたびに揺れる。
窓越しの日の光が、金色の髪の上をすべる。

屋敷の中は広くて、しかも隠れ場所が、いっぱいある。
ましてや相手はかなり小さくて、なおさらやっかいだ。

「おーい、…おーい!! どこ行ったんだよ、ピカチュウ!!」

廊下をばたばたと走り、階段を駆け下り、駆け上って、
扉という扉を開け、部屋という部屋…一部除く…に入っていく。

それでもやっぱり、さがしものは見つからない。


   ******


「…探してる、探してるー」
「…悪趣味だね?」

扉の近くで、くすくすと笑い声をたてた。
同じ調子で、小さな身体の、おそらく肩であろう辺りが揺れている。
悪趣味、と言われて、
小さな身体の持ち主は、くるん、と振り向いた。

子供っぽい、かわいらしい笑顔。

「あくしゅみ、かなあ?」
「悪趣味とまではいかなくても…。意地悪だ」
「そうかなあ…」
「そう、ね。…あくまでも、私の見解だけれど。
 こういうの、フェアじゃないんじゃないの?」

落ち着いた大人の声。
それでもその口調は、少しもその子を咎めていない。
何だか少し楽しそうだ。
小さなねずみは、へらりと笑って、きっぱり言った。

「ここにはかくれちゃいけない、って、言ってはないけれどねぇ」
「…まあ、そうだけれど」

ベッドに腰掛け、お茶をすする。
お皿にのったイチゴを摘まむと、小さなねずみに、いる? と問いかけた。
もらっていいの? と訊き返すその子に、
笑いながら、イチゴをひとつ、投げる。

しゃくしゃくとイチゴをかじる、その微笑ましい光景を見ながら、
小さなねずみの話し相手は、溜息をついた。

「かくれんぼが好きなのね。どうして?」
「んー…? …んーとねぇ、探してもらえるから」
「…探してもらえる?」
「うん」

とことこと、小さなねずみが歩いてくる。
はい、と伸ばされた、短い手には、イチゴのへたがのっていた。

「…僕、誰かといっしょにいた時間が、長いわけじゃないから」
「………」
「だから、こういうの、楽しいな。
 あのひとのことも、もっといっぱい、知ることができるし」
「あら…。…彼が気に入った?」
「……。…そう、だねぇ…。
 ……嫌いじゃないよ。……探して、約束してくれるから」
「………」

暗い話して、ごめんなさい、と、ぺこんと頭を下げたその子の頭を、
ぽんぽん、と軽く撫でてやった。
こんな風にこの子と話すことができるようになったのは、
「彼」のお陰だ。


もういいかい?
もういいよー?


子供達の、かくれんぼの声が聞こえる。

「…そろそろ、見つかってあげたら? 困ってるんじゃないかな?」
「うーん。…そうだねえ。何だかかわいそうになってきちゃったし」

ずるずると先を引きずって、その子は扉に近づいていく。
キィ、と扉をゆっくりと開けると、再びぺこんと頭を下げた。

「ありがとう」
「どうしたしまして。またいらっしゃい」
「…うんっ」

にっこりと笑って、その子は扉の向こうに消えた。



      おーーーいっ、ピカチュウーーー!!!」



どうにもこうにも、諦めるということを知らない苦労性の声が、
子供達の声に、混じって聞こえた。


   ******


「おつかれさま」
「……まったくだよ…。」

ぐったりとした様子のリンクの頭の上で、ピカチュウはのんびりと微笑む。
頭の上のピカチュウを、咎めるように見上げると、
手をのばして、こつん、と小突いた。

「…サムスさんの部屋に隠れるなんて、卑怯だ…」
「僕、あそこに隠れない、なんて、言ってないよ?」
「…女の人の部屋に、かくれんぼだから、…なーんて理由で、
 入れるか」
「どうして?」

きょとん、とした顔で、ピカチュウは尋ねる。
可愛らしいその顔を見てると、怒る気力も、咎める気力も無くなってしまう。
はあぁ、と大きく溜息をつくと、リンクは言った。

「…とにかく、返せよ? オレの帽子」
「うん」

小さな頭を、耳ごとすっぽりと覆っていた緑色の帽子を外して、
ピカチュウはリンクに、それを渡した。
リンクはそれを受け取ると、一旦ピカチュウを、床に下ろす。

「…これが無いと、髪が邪魔で仕方ねーんだよなあ」
「長いもんねえ」

適当に結んだ髪を帽子に入れ、そのまま頭に被る。
一回、頭をぽん、と叩くと、ピカチュウを抱いて、また頭の上にのせた。
曰く、「ここの位置だと落ち着くから」らしい。

「わかってんなら、これ取ったりするなよ。
 かくれんぼくらい、いつだって付き合ってやるから」
「……。……ん、」

何気なく言ったリンクの頭に、しっかりとしがみつく。

「…リンク、」
「うん? 何だ?」
「…ありがとう」
「……。…どういたしまして。」

手を伸ばして、ピカチュウの頭を、ぽんぽんと撫でてやる。

嬉しそうに顔をほころばせ、ピカチュウはぱたぱたと尻尾を揺らせた。




   ****** ******




「…これは、お前達の“世界”だと、この文字に当たるみたいだな。
 で、これが、濁点だろ? これが、半濁点」
「……。…ああ、そうか。…あ、それじゃあ、この文が読めるな」
「え〜…? …何でそんなに簡単に理解できるんだよ、マルス。
 …全っ然わかんねぇ…」

リビングに三人、青少年達が集まっている。
本やらペンやらノートやら、色々広げてあるところを見ると、
どうやら、文字の勉強でもしているらしい。
リンクの“世界”の文字を、リンクが、ロイとマルスにぎこちなく教えている。
もとより、異国の文化など、そういうことが大好きなマルスは、
みるみるうちにその内容を呑み込んでいく。
が、ロイは、どうもそういうことに興味を持てない人らしく、
さっきから、頭を抱えてうなってばっかりだ。

元の“世界”では、それなりの身分についているのだから、頭は悪くないのだろうが。


「…でも、文字は読めてもな…。」
「文法が少し違うみたいだな。
 …残念ながら、オレもその辺は、よくわからないんだ。ごめんな」
「いや、いいよ。自分でも、少しやってみる。…えっと…」
「……。…わっかんねぇなぁ…」

二冊の本を見比べる真剣な横顔は、ロイの目にはとても綺麗に映って、
勉強なんかそっちのけで、ついそっちばかりに目がいってしまう。
そんなロイの心情を悟ったのだろう、やれやれ、と肩を竦めるリンク。

マルスは自分でやると言っているし、ロイはやる気が無いみたいだし。
さてこれから、どうしよう、と、
何気なく、リビングの扉の方に、目をやった。

「……あ」

それは多分、よくある偶然。

リンクがそちらを見たのとほぼ同時に、扉が開いた。

「あ。リンク」
「…ピカチュウ」

入ってきたのは、   ひどく可愛らしい、電気ねずみが一匹。

とことこ、とマイペースに歩いて、ゆっくりとこちらに向かってくる。
リンクはソファーに座ったまま、足を組みかえると、ピカチュウに微笑みかけた。

「どうしたんだ?」
「あのね、リンク。…今、いそがしい?」
「いや? ちょうど暇になったとこ。どうしたんだ?」
「うん、あのね、かくれんぼ、しよう?」
「かくれんぼ?」

目を見開いて、少しだけ、驚いたような顔をする。
やがて、ふっと笑うと、被っていた帽子を、無造作に脱いだ。

「いいよ」
「わあ。ありがとう」

帽子をピカチュウに投げて、にっこりと笑う。

「二分したら、探しにいくからな」
「うん、わかった! 行ってくるー」
「ああ。じゃあ、また後でな」

ひらひらと手を振ったリンクに笑いかけると、
ピカチュウは帽子を耳に引っ掛けて、たたたっ、とリビングを出て行った。

「………」

その一部始終を、ロイが、じっと見ていた。

「…ロイ? どうしたんだ?」

そんなロイの視線に、リンクが気づく。
ロイは、ああ、とリンクに向き直ると、思ったことを素直に口にした。

「いや…。…あのピカチュウが、かくれんぼか、とか思ってさ」
「意外か?」
「…意外じゃない、って言えばウソになるけど…。
 ほら、いつも、やたらめったら大人みたいだからさ。うん、意外かも」
「…そうか。…そうかもな」

ふ、と、リンクが微笑む。

「…まあ、ピカチュウも、やっぱり子供だってことだよ。
 そんなとこがあるから、あいつは、あいつなんじゃないのか?」
「……そんなもん?」
「そんなもん。…さーてと…、」

ソファーを軽く押して、リンクが立ち上がる。
それでようやく気づいたマルスが、ふと顔を上げた。

「リンク? 何処に行くんだ?」
「かくれんぼ。ピカチュウを、探しに行ってくる」
「…かくれんぼ…?」
「ああ。…じゃあな。できれば、すぐ戻ってくるよ」
「…ああ」

リビングの扉に向かい、そして、扉の向こうに消える。
軽快に走り出す、足音が聞こえた。

「…リンクとピカチュウが、かくれんぼ…か」
「…やっぱ、意外、だよなぁ」
「…ああ…。」

リビングの扉を、ロイとマルスの二人で、ぼーっと見つめる。



もういいかい?
もういいよー?

リビングから見える、広い庭で、子供達がかくれんぼをしている、声が聞こえた。



リンピカには、それなりの過去話を用意していたりしなかったり。
リンクお兄さんは、スマブラ時代からそれなりの苦労人でしたという話。