066:No.1
剣の手入れをするリンクの頭の上で、しゃりしゃり、と音がする。
それは、 リンクの頭の上で、ピカチュウが、
うさぎの形のりんごをかじっているからだった。
「…ごちそうさまでしたー」
「もういいのか? ピカチュウ」
「うん。……わ、」
「! …おいっ…、」
視線を上げて言葉をかけた、リンクの顔を覗きこもうとしたピカチュウが、
バランスを崩して、リンクの正面に落ちかけた。
持っていた剣は左手に握ったまま、リンクは右手だけで器用に、ピカチュウを受け止める。
一息ついたその後で、ピカチュウはリンクの助けを借りながら、
頭の上に戻った。
「…大丈夫か?」
「うん…、…あり、がと」
「ん。…やっぱ、そこじゃ危なくないか?」
「ううん。だいじょうぶ」
リンクの頭のしっかりとしがみついて、ピカチュウはにこ、と笑った。
「…そっか」
お前が言うんなら 、と、リンクも微笑む。
ピカチュウを頭に乗せたまま、リンクは再び、剣の手入れを始める。
ピカチュウはそれを、物珍しげに、上からじっと、見る。
やがて、一人と一匹の間に完全に会話が無くなったころ、
ピカチュウが、ふと切り出した。
「…ねえ、」
「うん? どうした?」
頭の上の、小さな存在の小さな目は、壁のカレンダーに向いている。
そして、ぽつり、と言った。
「……たんじょうび、ってなぁに?」
「……え?」
ふ、と手が止まる。
少年のような幼い声が、確かに自分に尋ねた疑問を、
リンクは頭の中で、ゆっくりと反復させる。
壁のカレンダーに目を向けてみると、ある一日には、赤いシールが貼ってあって、
「ネスの誕生日」と、小さな字で書かれていた。
「…何、って言われてもな…。…その人が、生まれた日だよ」
「生まれた日? …生まれた日って?」
「え…。……だから、…えっ…と」
「…そっか。…人間には、お日さまが昇って、お月さまが沈んだ回数を、
数える習慣があるんだっけねぇ」
「…ああ、うん。そうだよ。普通はそれに、数字をふって、
今日は、この数字だよ、って数えるんだ」
「……ふうん…」
感心したのかどうか、ピカチュウはカレンダーを、じっと見つめている。
「…そっか…。…僕達には、そんな習慣は、無いから」
「…だろう、なあ…。…人間だけの習慣だよな」
「うん…。…ねえ、じゃあ、……僕にも、たんじょうびは、あるのかなぁ」
今度はリンクを気をつけて覗き込みながら、ピカチュウはそう訊いた。
リンクは視線を上げ、それに答える。そうだろうな、と。
「…いつなんだろう…」
頭の上にぺったりとしがみついていた気配が、ふ、と消える。
その直後、頭の上が、少しだけ軽くなった。
カレンダーの下で、カレンダーをじっと見上げていた。
「………」
そんなピカチュウの後姿を見ていたリンクが、手に持っていた剣を、
机の上に、静かに置いた。
ソファーから立ち上がり、ピカチュウの斜め後ろに、しゃがみこんだ。
ピカチュウの頭を撫でてやると、ピカチュウが、こちらを振り向く。
にっこりと笑った。
「ピカチュウ、誕生日欲しいのか?」
「たんじょうび…。……えっとね、ちょっとだけ」
「そっか」
指を口に持っていって、ちょっとだけ考えて。
「…ピカチュウ、お前、生まれた日のこと、少しでも覚えてるか?」
「え?」
「お前が初めて、見たもの。覚えてる?」
「…初めて、見たもの…」
リンクの青い瞳を、ピカチュウはじっと見つめる。
青い、空、じゃない。
目を閉じて、意識をからにする。
「…真っ白、だったよ」
「…真っ白? …雪かな」
「うん…。…それでね、あったかかった」
「…え? あったかかった?」
「…うん…。…すごく、あったかかったよ。
包まれてるみたいだった」
「………」
閉じた目を、ふわ、と開けた。
リンクが、開けられた瞳を、じっと見つめる。
真っ白と言うのなら、おそらく雪なのだろう。
でも、あったかい、というのは、どういうことなのだろうか。
ピカチュウを見つめ、しばらく、考える。
「………」
やがて、ふ、と笑った。
「…そうか」
「僕のたんじょうび、わかる?」
「ああ。細かい日までわからないけど、多分、寒い冬だったんだろうな。
雪が…降ってたんだろ。…森の中で育ったんなら、白いのは、雪だけだ」
「でも、あったかかったんだよ」
「…それはさ、…これは、オレの推測だけど」
寒い雪の日、
本来ならば、動物に近い彼らが、生まれる日ではなかっただろう。
寒い、寒い雪の日に、暖房器具なんて持ち合わせない彼らは、
どうやって生まれたばかりの子供を、守る?
ピカチュウの頭を、優しく撫でてやる。
「…お前のおかあさんが、…お前の傍にいてくれたんだよ」
「…おかあさん?」
「多分な。…折角生まれた子供なんだから、守るさ。
傍にいてくれたんだ。…だから、あったかかったんだ」
「…そう、かな」
「そうだよ。…多分な」
「…そっかぁ」
ピカチュウが、嬉しそうに微笑んだ。
少し前までは、一度だって見せてくれなかったこんな顔に、
つられて微笑んでしまうのは、仕方が無い。
「それから、お前の誕生日だけどさ」
「うん」
「今度、雪が降った日を、ピカチュウの誕生日にしよう。それでいいか?」
「……うん!」
満面の笑みで笑いかけ、ピカチュウは、たたた、と窓の方までかけていく。
庭の隅の木の下には、茶色い枯葉がたくさん積もっており、
花壇は、花の芽の一つも無い、味気も何も無い、土だけの花壇。
「…はやく、雪、ふらないかなぁ」
「…そうだな」
目をきらきらと輝かせて、しっぽをぱたぱたと振る。
ピカチュウの誕生日が決まるのは、きっと、近いうち。
出会って一ヶ月と一週間。 ピカチュウがまだ素直な子供です(笑) ははは。