063:天気雨




「…雨だ」

ぽつ、ぽつと、大きな雨粒が頬を濡らした。

「え、…雨…?」

買い物袋を提げてない方の手のひらを、軽く上げて空に向ける。
その手のひらが、手袋の上から雨の感触を感じると、
マルスはその手を軽く握った。
薄い雲の向こうで太陽の輝く、不思議な空をぼーっと見上げ、ぽつりと言う。

「…本当だ…」
「天気雨、か…。…どっかの狐が嫁入りしたのかな」

同じく空を見上げ、リンクが言った。
リンクが何気なく呟いた言葉に、マルスが疑問を覚えた。

「え? …キツネ?」
「え…、…ああ、あのな、どっかの国では、
 天気雨のこと、狐の嫁入りって言うらしいぞ」
「…キツネの嫁入り…? …何で」
「さあ。オレもそこまでは…フォックスさんにでも訊いてみたら?」

フォックスさんは『キツネ』だから、と。
さして面白くも無い冗談で、顔を見合わせて軽く笑う。



「…さて…。ところで、…どうしようか、マルス?」
「え? …ああ…、そうだな」

肩の辺りに雨が染みて、服の色がそこだけ濃くなっている。
二人はお互いのそれを見ると、辺りをきょろきょろと見回した。
やがて、ビニール製の屋根が突き出ている小さな喫茶店を見つけ、
二人は同時に、顔を見合わせる。

「…あそこにしようか」
「ああ。近いしな、…どうする? 走ろうか?」
「ああ」

買い物袋に気を配りながら、ちょっと小走りで、その喫茶店まで走った。
リンクがちら、と周りを見ると、似たような光景が見られた。

雨は次第に強まり、やがて、
セメントで固められ、綺麗に包装された道路に、小さな水溜りを作っていく。

二人が喫茶店の前までやってきたとき、
二人は大分濡れていた。
濡れた髪が肌に貼り付いて、少し気持ち悪かった。

「っあー…濡れたなぁ… …マルス、大丈夫か?」
「ああ…、ちょっと首が気持ち悪いけど」

マルスはそう言いながら、首の後ろに貼りついた髪をかき上げた。
白い肌に、濡れた青い髪はどうにもこうにも煽情的で、思わず鼓動が早まる。

「…勘弁しろよ…」
「…? …何か、言った?」
「…え!? い、いやっ、何でもないっ」

そんな邪な感情を見透かされては困る   と、
リンクは慌てて首を振る。
小首を傾げるマルスは、少しはにかんで微笑むと、そうか、と小さく言った。


ビニール製の屋根の先から、雨の雫がぽたぽたと落ちていく。
リンクはマルスに、もっと後ろに下がらないと、濡れるぞ、と言った。

「…それにしても、困ったな…」
「ん? …どうしたんだ、マルス?」
「ああ…いや、…買い物の帰りに雨に降られると、困るなぁ、と思ったんだ。
 …夕食当番に、これ渡せないし、
 材料が無いと夕飯はできないし、夕飯が遅れるとうるさい奴もいるしな」

そう言って、また微笑むマルス。
…この王子様は、自分の仕草がどれだけ人を煽るのかをちっともわかっていない。

どう言い訳しよう、とか、そんなことをマルスは呟く。
その目は、薄い雲の向こうで光る太陽と、大粒の雨の作り出す光景とを、
じっと見つめていた。
リンクも同じように、向こうの方を見つめると、
カバンを雨避けにしながら走る人を、何人も見かけた。

「…………」

その光景と、隣でその光景を見つめるマルスを見て、
リンクはその顔に、幸せそうな微笑みを浮かべる。

「………オレは結構、嬉しいけどな」
「?」

マルスに聞こえない程度に、小さく呟いた言葉。
思惑どおり、マルスには聞こえなかった。


雨が降らなければ、あのまま真っ直ぐ屋敷に帰るだけだった。
雨が降ったから   今こうして、マルスと少しだけでも長く、一緒にいる。


どこかの狐に心の中でお礼を言った後で、
リンクは、天気雨を作り出す、明るい空を見上げた。

天気雨が止むまで、あと少し。



これは…何て言うか、すごく私らしい話だと思います。
こういう話を書くたびに、「リンク、不幸…」とか思います。苦労性な勇者バンザイ!!(ごめん…)