061:カミング・アウト




細い線の身体、白い肌に青い髪、中性的な顔立ち。
同じ男の目から見たって、その辺の女には負けないような美人。
かなりぽけぽけして、とにかく危なっかしいくせに、
剣の腕は立っていたりする。かなり。

よく転ぶし、少しも泣かないで、何だか人形のような奴だと思って。
なんとなく目が離せなくて、年下ながらに頑張って世話を焼いてた。
余計な面倒ばかりが降りかかってきて、
ああ何で俺こいつと一緒にいるんだろう、と思うこともしばしば。

それなのに、どうしてだかやっぱり離れられない。
気づいたら目は彼を追いかけているし、見つからなければひどく焦る。

…病気なのだろうか。
そんなふうにさえ、思うようになってきた。


   ******


「…マルス? おい、マルス? いないのか?」

昼下がりの廊下をゆっくりと歩きながら、ロイはその名前を呼んだ。
周囲は、しん、と静まり返るばかりで、期待する返事はない。
ロイは溜息をつくと、止めたばかりの足で、もう一度歩き出した。
リビングにいなければ、多分、庭だ。
リビングを突っ切って、庭に向かう。

「…あ、」

いた。

壁いっぱいの窓の向こうに、よく見慣れた、青い色が見つかった。
空とも、そして海とも違う、青い色。
呼んでこようと、窓の縁に手をかける。

そしてその手は、その場で、ぴた、と止まった。

「………ん…?」

目をこらして、明るい庭を、じっと見る。
よく見てみると、
庭にいるのは、…マルス、だけじゃない。

「……リンク…?」

芝生の緑に混じって、マルスより少し、背の高い、青年の姿があった。
優しげ、…というよりは、ちょっと情けないような笑顔がよく似合うリンクは、
マルスと向かい合って、何か、話をしていた。

「………」

リンクが何か言い、リンクが笑うと、マルスも笑う。
ふんわりと、ロイにも見せるような、春のような微笑みで。
リンクだけを見て、同じように何か、話すマルスの表情は、
嬉しそうで、そして、楽しそうで。

一体、何を話してるんだろう。
…気になる。

「………。」

窓の内側から、ロイはその光景を、睨むように見る。
何だかこれじゃ覗きみたいじゃないか   とも思うが、
何故だかどうしても、その光景から目をそらすことができない。

というかまあ、覗きみたい、ではなく、立派な覗きなのだが。

そんなこんなを考えているうちにも、
リンクとマルスは、非常に仲睦まじく、会話を楽しんでいる。

「……別に、」

何か言いかけて、やめる。

「………ったくっ…、」

ぐしゃぐしゃと髪をかき乱して、ロイは窓の縁に、再び手をかけた。
気になるんなら、行ってみればいいじゃないか。
何で気になるのかは、わからないが。

がらっ、と、勢いよく窓を開ける。

「…それで…、」
「うん」

リンクとマルスの、とても楽しげな会話が耳に届いて、

…ロイはその顔を、ますます不機嫌そうなものにさせた。

「……まだ、子供だってことだよな。見てて、面白かったよ」
「そうだね…。…僕も、そこに、いたかったな」
「また今度会えるよ、多分」
「本当? じゃあ今度は、僕も会えるね」
「ああ」

嬉しそうに、ふわふわと笑うマルスを、リンクは穏やかに見つめる。

ロイは、そんなリンクも、更に言えばマルスも、気に入らなかった。
苛立ちは、どんどん増していく。

ロイが顔を不機嫌いっぱいにしている、その少し離れたところで、
やっぱりリンクとマルスは、他愛の無い会話をする。

と、その時、

「……っ、」
「わっ…、」

ざあ、と、風が吹いた。
いつもより少しあたたかく、強い、春めいた風。
木の葉や、花びらが、辺りを舞い、かすめていく。

その風は、ロイの髪も、一緒に乱していった。
うっとうしげに、目にかかった髪をはらった後で、
リンクとマルスの方に目をやり、そして、

「………」

言葉を失う。

「…あ、マルス、」
「え?」

リンクが、何気ない動作で、マルスの髪に手を伸ばした。
そして、軽く撫でるように、はらってやって。

「葉っぱついてたから」
「え…。本当? …ありがとう…」

それは、もしマルスが女の子であったならば、
間違いなく恋人同士に誤解されたであろう、そんな光景だった。


その瞬間、胸の奥で途端に膨れ上がった気持ちの名前を、何て言うのだろう。


「…あ…」

ただ、気づいた時には、二人の方にずんずんと歩き出していた。
不機嫌とか、その他色んな感情を、少しも抑えたりしないで。

「…ロイ!」
「え?」

ロイの姿に気づいたマルスは、にっこりと嬉しそうに笑い、
子供のようなしぐさで手を振った。
リンクもそんなマルスの行動で、ようやくロイに気づく。
ふ、と笑い、同じように、ロイに軽い挨拶をした。

「よお、ロイ」
「…おい、マルス」

リンクの言葉をすっぱりと無視して、ロイはマルスの目の前に立つ。
リンクとマルスの間に。邪魔をするように。

「? ロイ? どうしたの?」
「…買い物当番だっただろ。忘れたのか?」
「……え…、……あっ…!」

低い声でぼそ、と告げたロイの顔を見て、
マルスは声をあげる。
やがて、ひどく慌てた様子で、その場を駆け出した。

「ごめん、忘れてた…! すぐ、出かけられるようにするからっ…」
「おい馬鹿、走るな!」
「えっ…、」

マルスが駆け出した瞬間、ロイも駆け出していた。

「…わっ、」
「……っ、の、馬鹿っ!!」

案の定、何につまづいたのか前に身体ごと倒れこむマルスを、
ロイはしっかりと抱きとめる。
肩に、マルスの頭を抱え込んで、もう一方の手は細い腰を抱いた。

マルスの息が整うまで、そうしておいてやる。

…やがて、

「……ごめん…ね…。…ありがとう」
「…怪我は?」
「大丈夫…」
「…ならいいよ、別に」

顔を上げて、マルスはふわりと微笑んだ。
それを見てようやく、ロイはマルスの体勢を、立て直してやる。
少し高い位置にある肩に触れて、言った。

「じゃあ、さっさと行ってこい」
「うん。すぐ戻るから」
「…走るなよ?」
「うん。わかってる」

また後でね、と手を振って、マルスは再び、…駆け出した。

「…おい」

さっきより少し遅めなのが、まあ、マルスなりの反省の証なのであろうが。

その後姿を見送って、はあ、と溜息をつく。

「…ったく…、」
「…慣れてるなあ」

そんなロイとマルスを、後ろからずっと見ていたリンクは、
感心したように、ぽつりと告げた。
リンク的には、本当に、ロイの行動の早さにただ感心しただけだったのだが、
どうやらロイ的に、その言葉は嫌なものだったらしい。

ロイが、ゆっくりと振り返る。
あからさまに、リンクを睨みつけながら。

「…おい、リンク」
「ん? 何だ?」

ロイの心情なんてつゆとも知らず、
リンクは不思議そうに返事を返す。

それさえも腹立たしい、身長差を埋めるようにリンクを見上げると、
低い声で、はっきりと告げた。


「…手は、出すなよ。
 …あいつは、俺のものだ」


「………………は?」


碧の目が、敵意をはっきりと示している。
不機嫌も絶頂なロイは、腹立たしげに背中を向け、玄関の方へと歩いていった。

ロイの言葉の意味が一瞬わからず、リンクはその場に、立ち尽くす。

「…手を、出すな、って」

そんなこと言われたって、…何か、思い当たるフシは少しも見当たらないのだが。
少なくとも、リンクにとっては。


それは多分、いわゆる嫉妬という名前のもので、
ようするにロイは、マルスに恋やら愛やら、何やらを抱いているのだろう。
ロイ自身は、自分の中のその感情を、どうしても認めたくないみたいだけれど、
彼が、誰かに触れられていれば、
ひどく腹が立つし、
できればずっと、自分を見ていてほしいと、そんなことも思う。


いくら常が冷静だからといって、それが、
どんな時でも保てるとはかぎらない。
恋愛感情ほど、不安定で不確定なものはないと、
リンクはそれなりの事情を通じて、知っている。

「……あの、ロイが、なあ」

別に、見ているだけで面白いし、
手なんか、出す気はそんなには無かったんだけどな。

それはそれで、楽しそうだ。

くす、と、珍しく人の悪い笑みを浮かべると、
リンクはその足を、リビングへと向けた。



視点がぐるぐると変わりすぎです。
こっちのロイマルだと、何だかリンクさんは人が変わるようで…(笑)
こっちのロイも、あっちのロイに負けず劣らず独占欲は強いと思います。