060:怖い
「…てめぇはッ…、誰の了承受けてんだ、ふざけんなバーカ!!」
「誰がバカだよ、そんなに大事なら、名前でも書いておけばいいだろっ。
ロイにーちゃんなんて、タダの力バカのクセにーっ」
「誰がバカだ誰が!!」
「だからロイにーちゃんにバカって言ったんだよっ、
そんなこともわかんないのぉー? やーいバーカ!!」
完全に頭に血が昇った、そんな声と。
完全に状況を楽しんでる、そんな声。
「大っ体、いつまでもその手が通用すると思うなよ!!
てめーだってそのうちオトナになんだからなっ」
「そんなの、もう何年も後のことでしょおー?
自分は抱きついたらすーぐ殴られるからって、ひがまないでよー」
前者はロイ、後者は子リンク。
二人は今、紛れも無い、口喧嘩をしていて …
「人徳だよ、じ・ん・と・く!!」
「ただ単にマルスが子供に甘いだけだろーが!!
誰がてめーみたいな根性悪に、好感持つっつーんだよ!!」
…その原因は言わずもがな、あの美人で鈍感でクールな王子様のことだ。
昼下がりのリビングに、二人の声が響く。
もはや日常茶飯事ともいえる出来事なので、大して気にしない人が多いのだが、
それでもやはり気にする人間が、二人。
「…またやってる…」
「……いい加減にしろっつーんだよな…」
リビングの外、廊下からこっそり見守っていたリンクとマルスが、
はああぁ、と大きな溜息をついた。
日常茶飯事、と称されるほど、ロイと子リンクは頻繁に喧嘩をする。
その原因は、いつもいつもいつもマルスに関すること。
『子供である』ということを最大の武器にしてマルスにくっついていく子リンクに、
ロイが腹を立てる。いつもこのパターンだ。
…ロイだって同じようなことをしているじゃないか、という言い分は、
すっかり棚に上げて。
苦労人リンクに頭痛をもたらすほどに、激しくくだらない言い合い。
お互いまだ剣を抜いていないのが唯一の救いなのだろうか。
いつまでも、喧嘩をさせておくわけにはいかない。
放っておけばいいのに、芯の芯からお人好しであるリンクと、
『ロイの保護者』という自己認識の強いマルスは、
その、放っておく、という行為がどうしても出来ない。
「…おい、いい加減にやめろ、二人とも」
「あんまり怒鳴ると、ピチューが怖がるぞ。…だから」
二人ほぼ同時にリビングに入り、なんとか喧嘩を止めようと、声をかける。
「…マルス!」
「マルスにーちゃんっ!」
二人同時に、勢いよく、声のした方を振り返る。
…覚悟はしていたが、やはり二人、リンクのことはほぼ眼中に無いようだ。
言い合ってる内容が内容なだけに、本人は理解していたが。
マルスの姿を眼中に入れた瞬間、子リンクの目つきが変わる。
ひらりと身体を返し、だだだだだっ、とマルスに走りよる。
そして。
「…マルスにーちゃんっ、あのね、ロイにーちゃんがぁ〜ッ!!」
「え、…わっ…!!」
「っ!! わ、ちょっ…マルス!」
「なっ……に、やってんだおい、そこのガキッッ!!」
子リンクはフローリングの床を蹴ると、がばああぁっ、とマルスの細腰に抱きついた。
その勢いを支えきれず、マルスの身体が後方に傾く。
それを、隣にいたリンクが慌てて支えて。
ロイはその子リンクの行動に、思わず目を向いた。
リンクが支えたお陰で衝撃はやわらいだものの、それでも子リンクの勢いに耐え切れず、
マルスはその場に、ぺたん、と座り込む。
ロイとリンクが信じられないものを見るような目つきを向ける中、
子リンクはマルスの身体を抱きしめ、いつものように甘えッ子を演じる。
「子、子リンク…。…ロイが、どうかしたのか?」
「って、騙されんな、マルス!!」
「あのねぇ、ひどいんだよー? 僕はね、マルスにーちゃんと遊んじゃいけないって、
そんなこと言うんだよー!?」
「え…。…そんなこと言ったのか? ロイ」
「言ってるわけねーだろ!!」
嘘をつくな嘘を。
多少、使っている単語は違っちゃいるが。
しかし、普段の行いの差なのかどうか、マルスは子リンクの言うことを信用した。
「あんまり、子リンクを苛めるなよ?
屋敷の中に、同い年の子は少ないんだから…誰かが、一緒に遊んでやってもいいだろ」
しかも子リンク、ちゃっかり頭を撫でてもらってたりして。
「……ッ…。…あのなぁ、マルス!」
「何だ?」
ロイが弁解しようとしても、マルスはちょっと不機嫌そうな顔をロイに向けるだけ。
…本当に子リンクの言うことをそっくりそのまま信用してしまったようだ。
今マルスのロイに対する認識は、
小さい子を苛める悪い奴とか、そーいう印象でしかない。
激しく誤解を招いていることが気に喰わなくて、ロイはますます怒りを募らせる。
今すぐにでも襟首を引っ掴んで、マルスから引き剥がしてやりたいところだったが、
それをやると、子リンクの思うツボのよーな気がして、できない。
恨みがましく子リンクに視線を送るロイ。
マルスがその、噛み付くような視線を見て、大きな溜息をつく。
そして次の瞬間、こんなことを言い放った。
「…どうしてロイは…、そんなに子リンクと仲が悪いんだ?」
「「「………………」」」
子リンクの頭をあやすように撫で続けながら、いやに真剣な声で言う。
………この、鈍感王子っっっ!!!
と、その場にいた3人が一斉に思ったかどうかは、定かではないが。
ともあれ、マルスは真面目に言っているらしい。
あまりにも真剣に悩みだすその表情に、ロイとリンクは、脱力感を覚える。
そんなマルスの、腕の中で。
「……ねー、マルスにーちゃん」
「…ん?」
子リンクが、誰にもわからないように、にやぁっ、と笑った。
ぱっと表情を明るい笑顔に変え、マルスを見上げる。
「どーして僕がロイにーちゃんと仲悪いのか、知りたい?」
「え…。…そりゃあ、原因がわかれば、改善できるかもしれないし…」
「そぉ」
にこにこと、子リンクは笑う。
「じゃあマルスにーちゃん、ちょっと耳かして?」
「…?」
マルスが無防備に、子リンクに顔を寄せた。
子リンクがマルスの頬に、そっと触れる。
その意図に、リンクがいち早く気づいたが、もう遅い。
「…………」
「…………」
一瞬、何が起こったのかわからなくて。
頭の中が真っ白になって、思わず大きく目を見開くマルス。
マルスの薄い唇に、子リンクのそれが、重なっていた。
逃がさない、とでも言ってるかのごとく、顔をしっかりと支えられて。
「………んッ…、」
重なった唇から、マルスの声が、微かに漏れる。
子リンクは薄く目を開いて、マルスの顔を覗いた後、
ゆっくりと顔を離した。
「…ね? だから、こーいうこと」
藍い瞳を真っ直ぐに見、にぱっと笑って軽く言う。
頬を薄紅く染め、少しだけ息を乱したマルスは、ただ驚いてそれを聞いていた。
何て、無防備なのだろうと思う。
「ねえ、マルスにーちゃん。僕が言うのもなんなんだけどさ、」
「………、」
「不幸な目に遭いたくないんなら、人をあんまり信用しない方がいいよ。
…ね?」
マルスの身体から、するりと手をほどく。
じゃあ、僕は外で遊んでくるから、と、子リンクは至極明るい調子で、マルスに手を振った。
今だ放心状態で、その光景をただ見ていただけのロイを一瞥し、
ひどく底意地の悪い、笑みを向けた。
それから子リンクは、軽い足取りで、リビングから出て行った。
足音が遠ざかったところで、ロイとリンクが、ようやく我に帰る。
「…マルス!!」
床に座り込んだままのマルスに、ロイが慌てて駆け寄った。
マルスを正面から覗き込んで、しきりに名前を呼んだ。
「マルス、大丈夫か!?」
「……え…。…あ、ああ…」
何が、『大丈夫』だと言うのだろう。
別に、何かされたわけでもない、ただ、唇を重ねるだけの行為。
だけれど、リンクは、思っていた。
子リンクが出て行った扉の向こうを見ながら、その、言葉の意味を。
「………」
あの幼い少年は、あまりにも無防備なオウジサマに、
『簡単にこんなことをさせているようじゃ、いつか身を滅ぼすよ』、と、
確かにこう言ったのだ。
それは、幼い少年だったのだけれど。
その幼い少年に、得体の知れない恐怖を覚えた、そんな話……。
……何で、最後がえらくダーク調…なんですか…?(訊くな
ただのどたばた喜劇で終わるはずだったのに…
……やっぱりキスは…相思相愛同士じゃないと駄目っぽいです…
真に勝手ながら、子リン×マルスにハマっておられる、某御方に捧げます。
話はアレですが、せめて心意気だけでも(迷惑です)。