059:保健室




「失礼しまーす」

扉を開けて、一言、大分大きな声で、適当に断って中に入る。
保健室の先生に、静かにしろ、と言われて、
ロイは人懐っこい笑顔で、すみません、と謝った。

きょろきょろと、さほど広くない室内を見回す。
奥の方、三つ並んだベッドの、一番奥、窓際のベッドに、目を向けた。
そっちに歩き出す。

「大丈夫か? 何か、倒れたって聞いたけど」
「……ロイ……」

ベッドに寝ていた彼   マルスの目の前でひらひらと手をふって、
にっこりと笑った。

「…うん、もう、平気」
「それにしても、あんたらしーよなあ、暑くて倒れるなんてさ」

マルスの前髪をそっと払って、ロイはマルスの頬に触れた。
少し冷たい体温は、マルスのほぼ平常どおりの体温で、
それでもまだ少しその肌が青白い気がする。ロイは少し、嫌な顔をした。

「…あんまり丈夫じゃねーんだから。無理すんなよ」
「…仕方ないだろ。…仕事、なんだから」
「はいはい。…ったく、…生徒会長っていうのも、大変だよな」

倒れたり、気分を悪くしたり。
それがあると必ずマルスは、仕事だから、と言う。
それは言い訳ではなくて、確かに理由なのだろうが、
ロイ的にそれは、かなり気に入らないことだった。

「…で。やっぱりマルスが残してきた仕事は、
 栄えある副生徒会長サマがやってるわけ?」
「…そう、だと思う…」

曖昧なマルスの返事を聞いて、ロイはますますぶすったれた。
…生徒会長は自動的に、副生徒会長と一緒にいる時間が多くなる。
と、どうにもならないそんな一点だけで、ロイは、
どこの誰かもロクに知らない副生徒会長が大嫌いだった。

マルスには当然、そんなロイの理屈はわからないわけで、
ロイがいきなり不機嫌になった理由が、自分が倒れたりしたせいなのかと、
無意味に不安になったりする。

毛布の中で、しゅん、と悲しむマルス。

「…ごめん…、」
「は? …ああ、別に、マルスが悪いんじゃないよ」

弱々しいマルスの声に、考えていることがわかったらしい。
それなりに長めの付き合いだ。
ロイはまた、にっこりと笑って、マルスの髪をぽん、と撫でた。

「それよりも、どうする? カバン、持ってこようか?」
「…ん…。」

髪に触れた、ロイの手に甘えるように頷いて、返事をする。
さら、と、前髪が流れて、少し潤んだ瞳が、そっとロイを覗いた。

……かわいい。

「………。」

うっかりときめいてしまったり、余計なことを考えたりもしてしまったが、
マルスは今、病人だ。倒れたばっかりだ。しかも学校だ。絶対に、良くない。
何を考えたのかは知らないが、しっかりとこう言い聞かせて。

ぶんぶんと首を大きく横に振るロイに、マルスは不思議そうな顔をする。
そんなマルスの顔を見て、ロイは更に慌てて、取り繕うように笑った。

「いや、ごめん、何でもないから。ごめんなさい」
「…何であやまるんだ?」
「…いや、うん。本当、何でもない。…うん、」

純粋培養、というか、鈍感そのものの、子供のような顔を、マルスは向ける。
…男心を理解できないというのも、それはそれで恐ろしい。
同時に、ほんの少し、腹も立つが。
俺って信頼されてんなー、と、ちょっぴり悲しくなったロイの心に、

「………」

ふと、悪戯心が芽生えた。

横目でこっそりと、この場にいるもう一人、保健医の動向を探る。
デスクに向かって。
書類に、夢中。
良し。

「マルス、」
「…うん?」

きし。と、パイプベッドの、きしむ音。
ロイは伸ばした腕を、マルスの頭の横に突く。

「…ロイ?」

吐息が触れる程に顔を近づけ、ロイはマルスの瞳を覗いた。
水のように揺れる、熱にとかされた藍い瞳は、真っ直ぐにロイを見ている。
こつん、と額を合わせて、
そして。

「…………やっぱ、少しだけど、熱、あるな」

結局何も、することはできなかった。

「…とりあえずカバン持ってくるから」
「…うん、ありがとう」
「……別に、お礼なんか、言われることでもないけどな…。」

ふ、と、少し情けなく笑って、ロイはマルスから顔を離した。
マルスの乱れた前髪を適当に直してやり、その後、ぽん、と頭を軽く叩く。
不思議そうに見つめるマルスに、少し罪悪感を覚えながら、
ロイは手を振った。

「じゃあ、すぐ戻ってくるな」
「……うん」

子供のように素直に、頷くマルス。
…変な気を起こさなくて、良かったのかもしれない。今回は。
本当に、俺って信頼されてるんだな、と思って、
ロイはやわらかく、マルスに微笑みかけた。
踵を返して、背中を向ける。

扉を開けて、一言。
失礼しましたー、と、いつもと変わらない、軽い調子で言って。
ロイは、保健室を、後にした。



私自身はあまり保健室のお世話になったことのない頑丈者ですが。

ロイが純情というか、マルスが身体弱いというか、
とうとう学園パロに手を出してしまいました…