057:可視光線




青く晴れ渡る、広い広い空。
ふわりと浮ぶ、白い白い雲。
草原を撫でる、穏やかな風。

風と歌う、爽やかな草の海。


「……久しぶり、だな…」


道の上で、故郷の空気を胸いっぱいに吸い込む。
その顔は、その空に負けないくらい、穏やかに。

「…行こう」

その手に一つ鞄を持って。
軽い足取りで、道を進む。



   ******


「…マル…ス、様…っ!?」
「マリク」

道を進んだ先。

マルスを出迎えたのは、ここしばらく会っていなかった、マルスの親友だった。
初め、自分を見てかなり驚いた顔をしていたが(連絡を入れてないのだから、当然だ)、
直後、すぐにぱぁっと明るくなって、マルスに走り寄っていく。

「マルス様! いつ…、お戻りになられたんですか!?」
「ついさっきだよ。気分転換に、帰ってみようかなと思って」
「そう、ですか…。…あの、いつまで…いらっしゃるんですか?」
「……。…考えて無い。気の済むまで」
「………」

苦笑混じりの微笑みを、マルスは浮かべた。
翠(みどり)の髪に、翠の瞳を持つ魔道士  マリクは、
心の底から嬉しそうに、マルスに微笑み返す。

だって、命をかけて守ると誓った程に、大事な大事な王子が、
一時的とはいえ、自分の身近に帰ってきたのだから。

本当は、いっそこの場で抱きしめたいほど、なのだけれど。
身分上立場的にそれはまずい。

とりあえず、マルスを城まで送ろうと、鞄に目を向ける。

「マルス様。その鞄、お持ちします」
「え? …いや…、いいよ別に、これくらい」
「いいえ。長らく歩いてきて、お疲れでしょう?
 それに今日は、少しだけ暑いですし…」

マルス様、暑いの苦手でしょう? …と、言葉にそんな意味が含まれていた。
思わずマルスが返答に詰まる。

「…マリクには、敵わないな」

やがて、諦めたかのように小さく溜息をつく、マルス。
それでも気は進まないらしく、おずおずとした様子で腕を伸ばす。

「マルス様はもっと、自分のことを考えていいんですよ。
 …では、鞄をお預かりします」

ふ、と笑いかけ、マルスの手に握られている、鞄の取っ手に手を伸ばす。
自然な流れで、マルスの手に、マリクの指が触れそうになった。



   瞬間。


「っ、うわっ…!?」
「えっ…、マ、マルス様っ!?」

だだだだだっ、がばぁっ、と音(?)がしたかと思ったら、
急にマルスの身体が、前に傾いた。

それはそう、後ろから誰かに勢い良く抱きつかれた時のように。
マリクが慌てて、マルスを支えようとした。

おかしい。
だってここは、マルスの“世界”だ。
マルスは自分の世界の中では、一国の王子、という肩書きの持ち主だ。
『王子』という存在に、
いきなり後ろから抱きついてくる人間なんか、いるものなのか?

いると言えばいるのだが、あれは人間じゃない。

そんな思考にふけっていたマリクに、更に追い討ちをかけるかのように、


「マルスに気安く触んなよ、   斬るぞ!!」

「………」


こんな軽々しい声が聞こえてきた。


…………………今の、声は。


「………っ…、」
「なっ…、」
「あーもう、やっぱりついていて正解だった!
 マルスって、本っ当無防備だもんなー」

後ろから腰に両腕を回して、顎を肩に乗せ、ぴったりとくっついて。
マルスはよく知ってる。
この声、首筋を微妙にかすめる、髪の感触。

「…な…ん、でっ…」
「俺が見てないと、何されるか…」
「……お前がっ…、ここにいるんだ、ロイ!!」

腕をなんとか引き剥がして、半ば放心状態であるマリクのことは考えずに、
ばっ、と勢い良く後ろを向く。

はねた赤い髪に、碧の瞳。金縁に青い石のはまった、サークレット。

間違いない。……ロイだ!

「何でって、マルスについて来たに決まってんだろ」
「お前…は、僕のいる“世界”には、入れないんじゃなかったのか!?」
「まぁまぁ、細かいことは気にしないで」
「…ッ、……何しに来たんだ!?」
「マルスを守りに」
「…は…!? …僕を、守りに…って、……。
 ……言っておくが、僕はまだ、お前に負けたことはないんだからな!」
「それは剣での話だろ。俺が言ってんのは、そーいうことじゃなくて」

マルスの身体を抱き込んだまま、ロイに身体を抱き込まれたまま、
ロイとマルスは、人目もはばからずに、多分終わりの無い言い合いを続ける。

それを呆然と見つめていたマリクが、ようやく正気に戻った。

「……おい、お前!!」

自分が守ると決めた、大事な大事な王子に、無遠慮に引っついているこの少年。
マリクが見逃すはずもない。
ずかずかとロイに歩み寄り、マルスが痛がらない程度に、乱暴に引き剥がす。

「っ! てぇなっ、いきなり何すんだよ!」
「お前は何者だ!? …マルス様のお身体にそんな風に触れるなんて…、」
「お前こそ誰だよ、別にいいだろマルスに触るくらい!」
「良くない!! それに、呼び捨てにするな!!」
「何でだよ、いつものことなんだからいいだろー!?」
「……、…いつ、…ものっ…!?」

マリクが、信じられない、と言ったような目つきでロイを見る。
ついでにちょっと後ずさりした。

その二人の、明らかにとげとげとした会話を、今度はマルスが聞いていた。
…マリクが困っている(少なくともマルスにはこう見える)のを感じて、
ロイの頭を軽く小突く。

「ロイ」
「え、…何、マルス。つーか、ソレやめてくれって言わなかったっけ?」
「それ?」
「その、頭小突くやつ…」

その仕草をされると、自分がマルスより背が低いことを、嫌でも思い知らされるから。

「…ああ、そうだったな。そんなことはともかく…」
「…そんなこと、かよ」
「マリクにあんまり、喧嘩腰で向かわないでほしいんだ。
 …僕の親友だから」

“親友”。
その一言に、ロイとマリク、同時に反応する。

「…親友…」

嬉しそうではあるのだが、何だかちょっと寂しそうなマリク。

「…親友〜〜〜?」

何故か思いっきり疑問形のロイ。

「そう。…ほら、ロイ。ちゃんと自己紹介して」
「………」

ぶすったれているロイの頭を軽く撫で、マルスはロイを促す。
ロイは面白くなさそうな顔でマルスを見た後、
ちら、と、その視線をマリクに向けた。
マリクは、マルスとロイとを、交互に見ていて。

自分に向けられている視線と、
マルスに向いている視線との違いを、
ほとんどこーいう時にしか働かない、本能で察知する。

……その顔に、にやぁっと、楽しそうな、いたずらめいた表情を浮かべた。

自分より背の高いマリクを、やたら偉そうに見上げる。

「…リキア地方諸侯の一つ、フェレ家の長男ロイ。
 えーっと、歳は16な。んで、」

くるりと踵を返し、すたすたと歩く。
再びマルスの後ろに回って。

やっぱり無遠慮に、その身体を、ぎゅううっと抱きしめた。
ついでに一言。

「…マルスの、恋人v」

何の隠し立てもせず、きっぱり、あっさりと。

「…………………………」

…見せつけるかのように、マルスの肩に顔をうずめて。

「……な…っ、……!!」
「………」
「…お前ッ…、…ふざ、けるなっっ!!」

一瞬の間を挟んで、反射的に突き出されたマルスの肘が、ロイの鳩尾に命中する。
がすっ、と、何か鈍い音。

「だッ…!! …いっ…てーな、何すんだよマルス、自分の恋人に!!」
「だから、誰が恋ッ…、…僕は自己紹介をしろと言ったんだッッ!!」
「だから自己紹介したんだろ、俺はマルスの恋人だって!!」

お腹を押さえ、時折咳き込みながら、やたら“恋人”という語を強調するロイ。
真っ赤になりながら、それに力いっぱい反論しているマルス。

…ちなみに、マリクはというと。

「………マルス様…、」
「え? …マ、リク?」
「……お手を煩わせて申し訳無いのですが…、少しの間でいいんです。
 ………そいつから離れて、目を閉じていてもらえませんか?」
「……え…、」

何だかえらく黒い雰囲気を漂わせている。
…周りの空気を、びしびしと鳴らせながら。
ちょっと及び腰で、マルスはおずおずとマリクに訊ねる。

「…マリク…? …その、どうして」
「お願いです、マルス様。……すぐ終わりますから」

前髪の下から覗く、翠の瞳。
…目がマジだ。

「………」
「え…、…な、何だよ、マルス。…どーしたんだよ、あいつ」
「……。…お前が、悪いんだからな…」

マリクに言われたとおり、すっ、とロイから離れた。
困惑するロイを無視して、少し離れたところで、静かに目を閉じる。


「……何だよ、…やる気かよ?」
「ああ。その通りさ。心配しなくても、すぐ終わる」
「………」

すぐ終わる   と聞いて、ロイがちょっと顔をしかめた。
もしかして、自分、弱いとか思われてないか?
そんなことを考えて、不機嫌になる。
マリクのそれに良く似た、でも違う色   碧の瞳で、マリクを睨む。

が、マリクのロイに対する視線は、ロイの視線なんかより、
ずっと冷ややかで殺気を帯びていた。

「………、…あ、の…? …もしもーし、あのさ、」
「…誰が、マルス様の恋人だって…?」

いくら何でも、ロイがその冷たい視線に、気づかないわけがない。

マリクが手をかざした先、風が渦になっていく。

「マルス様に、そんな風に簡単に触れたりなんかしてっ…」
「……ちょっ…、……ごめん言い過ぎた、だから落ち着いてッ…!!」

風の、聖剣   


「……エクスカリバ      !!!」
「なっ…、……おわあああああぁぁぁ      ッッッ!!!」


どおおぉぉぉぉぉ      んっ、と。

のどかな道の上、派手な砂埃と共に、えらく大きな音が響く。
その場でとりあえず確認できたのは、
翠色の髪を持った魔道士と、
砂埃から離れたところで立ち尽くしている青い髪の王子と、
それから。


「……ッ…、」
「………何だ、動けるのか」

砂埃の真ん中から、ずるずると這いつくばって出てきた、赤い髪の少年が一人。

「…ってめぇっ、何が『動けるのか』だッ!!
 何なんだよ今の魔法、一般人にそんな技喰らわせんな!!」
「僕のこの魔法を喰らって動ける時点で、もう一般人じゃないさ。
 …マルス様、もう目を開けても大丈夫です」
「あっ、おいこら無視すんな!!」

すったすったとマルスの元まで歩き、今度こそマルスの鞄をその手からあずかった。
マルスは、もういいのか? と一応訊いた後で、ふっと目を開いた。

「………」

目を開けた直後見えたものは、実に爽やかな笑顔のマリク。
それから、おさまりきっていない砂埃の中、ずるずる這いつくばってるロイ。

「………」
「さあマルス様、長らく歩いてきて、お疲れでしょう?
 それに今日は、少しだけ暑いですし。早くお部屋でお休みになった方が宜しいですよ」
「……。…そう、しようかな…」

マリクに導かれて、マルスは再び、故郷の道を歩き出した。
途中、ロイの隣を通り過ぎたが、立ち止まりはしない。

「待てこらっ、俺を置いていくなっっ!!」
「行きましょう、マルス様」
「…………。…マリク。一つ訊きたいことがあるんだけど…」
「え? 僕に訊きたいこと…ですか?」
「ああ…。…マリクって…、小さい頃、赤い髪の子に苛められたり、とか…
 ……そういう経験があったりしないか?」
「……はぁ…? …いえ、ありませんが…何故ですか?」

後ろのロイに、視線だけちらっと向けて。

「…チェイニーとか…カインとか…、…ロイのことも…。
 …昔から、赤い髪の人と、仲悪かったな…て」
「……………」

ロイが、ものすっごく恨みがましくマリクの背中を睨んでいるのが見えた。
…見なかったことにしておいた。
それにロイのことだから、放っておいてもまたそのうちひょっこり現れるだろう。
そう考えて。

「…チェイニーは…ちょっと、マルス様に対して無礼だと思うだけで…。
 …カインさんとは、何となく気が合わないだけです」
「……そうか」

納得していいのか。

大事なところですっぱりと抜けてる王子様の天然ボケは、まだまだ続く。

「…じゃあ、どうして初対面のロイに、あんなに手厳しいんだ?」

「……………」

どうしてこう、   この王子は、男心(?)というものに気づいてくれないのか…!!

「……。いえ、いいんです。そういうところが、マルス様のいいところですから」
「………は?」
「さあ、皆、マルス様がご帰還なさった、なんて知ったら驚きますよ。
 マルス様も、早く昔の仲間にお会いしたいでしょう?」
「…ああ、うん。それは、そうだけど」
「じゃあ行きましょう。日が暮れないうちに」
「………ああ…」

頭の上に、疑問符をいっぱい浮かべながら。
マリクに背中を押されつつ、マルスは故郷の道を、歩いていく。


チナミにその後、ロイが無事、マルスに追いつくことができたのかは   

…まだ、わからない。




続く?



続きません(汗)。
というか…全ての紋章ファンの方にごめんなさい…私が書くとマリクもこうなってしまいます…。
あああああ申し訳ございませんっ!!(汗)

可視光線→目に見える光線→ラブラブ光線orライバル光線(?) …です。