054:パンダ
「……………………………」
「…ロイ、どうしたんだ?」
夜中の11時、お風呂上りのマルスの部屋を訪ねてきたロイ。
ライトブルーのパジャマのボタンを留めるマルスの隣で、
ロイはさっきからずっと、ある1つのものを睨み続けている。
「…そんなに気に入らないか? それ…」
一番上から一番下までボタンをきっちりと留め終え、ロイの視線の先を見つめる。
「…そりゃーもう。すっげー気に喰わねぇ」
ロイとマルスの視線の先は、マルスのベッド脇の小さなテーブル。
青い花の挿してある花瓶、アンティーク調の置時計、
そして なんとも可愛らしい顔で小首を傾げている、ふわふわもこもこの、
パンダのぬいぐるみ。
何で男のマルスの部屋にこんな可愛いもの、と思うかもしれない。
…が、それにはちゃんと理由がある。
理由にならないかもしれないが。
それは、昨日の昼頃のことだった。
エリウッドが、何故か急に屋敷を訪ねてきて …
**
「…ぬいぐるみ…?」
「ああ。仲間の一人に、こういうのを作るのが好きなのがいてね」
パンダのぬいぐるみを抱え、にこりと微笑むエリウッド。
マルスは、パンダのぬいぐるみに気を取られつつも、頑張ってエリウッドの話を聞く。
「一緒に作らないかと言われて、それで作ってみたんだが…、私の部屋にあっても似合わなくて。
かといって捨てるのも、何だか可哀相な気がしてな」
パンダのぬいぐるみの、ふわふわの頭を撫でながら、さめざめと言うエリウッド。
その話術にいつだってすっかり騙されているのに、マルスは気づかない。
あるいは、別に騙している気は無いのかもしれないが。
そんなマルスの性質を知ってか知らずか、エリウッドは続ける。
「マルスなら、貰ってくれるかと思って持ってきたんだ。
…君の部屋に置いてくれるかい?」
「…は…、はい…、…断る理由も無いですし」
「そうか」
ありがとう、と、微笑んだまま、マルスにパンダのぬいぐるみを手渡す。
その後、受け取ってくれるお礼に、とか何とか言って、
ちゃっかりマルスの髪に、軽いキスを落として。
マルスが赤くなったり、それをロイに見られたり、
怒りに燃えたロイが封印の剣でエリウッドをぶっ飛ばしたりと、
とりあえず色んなことがあったりもしたが。
結局その、パンダのぬいぐるみは マルスのベッドに置かれることになった。
**
「…何やってるんだ、ロイ?」
「盗聴器とか、カメラとか無いか調べてる」
マルスのベッドにごろんと転がり、
パンダのぬいぐるみを上から下から見ながら、あれこれいじくり回す。
その様子を呆れながら見て、パジャマを着終えたマルスはベッドに腰掛けた。
木製のベッドが、音をたてた。
ロイの手からパンダのぬいぐるみを取り上げ、片手で抱きしめて。
思わず身体を起こすロイ。
「あっ、そんな無用心に抱きしめたりすんなよマルス!」
「考えすぎだと思うぞ、ロイ…それに、ピチューにもあげてたぞ?
うさぎのぬいぐるみ」
「駄目だってば!! …第一、何でそんな大事そうにしてんだよっ。
そんなのと一緒に寝るくらいなら、俺と一緒に寝ようよー」
「何でそういう話になるんだ! …たかがぬいぐるみだろ、…全く…」
後ろからのしかかるロイを適当にあしらい、ぬいぐるみを枕元に置いた。
溜息をついて、ロイに言う。
「いくら何でも、こんなぬいぐるみに仕掛けなんてしないよ」
「いーや、あのバカ親父ならやりかねないね。
…なんだよ、やけにお気に入りだな。そのパンダ」
心底面白くなさそーに、マルスの腰を抱きこんだまま背中に頬を押しつける。
その動作がくすぐったいのか、マルスは小さく声をたてた後で、
再びパンダのぬいぐるみを手に取った。
ほやほやとした表情は、マルスの気持ちを和ませる。
同時に、ロイの気持ちを苛立たせもするが。
そんなロイの心中など少しも知らず、マルスはどことなく嬉しそうに続ける。
「いや…、…だって、かわいいなぁ、と思って」
「………可愛い〜…?」
ふにふにとパンダのぬいぐるみのお腹を押しながら。
ロイはやったことないから知らないが、これ(↑)って結構気持ち良い。
「子供のパンダって、ころころしててかわいいだろ。
ああいうのに懐かれると、ちょっと嬉しいかもな」
「パンダなんて、笹食ってひがな一日ごろごろしてるだけじゃねーか。
…何だよマルス、懐いてほしいんなら、俺がいくらだって懐くのにー」
そんな適当なことを言いながら、まだマルスに纏わりつく。
マルスは身体を左に捻ると、ロイの前髪を引っ掴んで、向こうに押しやった。
「っ、いっ…たい痛い痛いってマルス前髪っ!!」
流石にこれは痛い。
「お前はパンダじゃないから嫌だ」
「い、痛い痛いって〜… …っ、このっ…、
パンダなんて、大人になりゃーただの生きてる漬物石じゃねーかっ!!」
どうやら「重くて邪魔」だということを言いたいらしいロイ。
持ってみたわけでもないのに「パンダは重い」と決め付けているあたり、
何とも心の容量の狭い人間だ。
まあそんなことはともかく。
自分の前髪を引っ掴んでるマルスの手首を掴み、捻挫しない程度にぐい、と捻る。
マルスが怯んだスキに、そのまま文字通りマルスの身体を押し倒して。
マルスが気づいた時には、マルスはロイに組み敷かれていた。
膝を軽く折り曲げられて、足を少し開かされて。
ロイはその間に座って、マルスの肩を押さえつけているという。何て早業だ。
「つっ…、…っ、ロ、…イッ…!?」
「…言っとくけどなマルス、パンダにだって、こーいうことしたい願望ってあるぜ? 多分。
所詮生き物だしー」
何だかとんでもないことを言いながら、折角マルスが留めたボタンを外しにかかるロイ。
マルスが慌ててその手を止めようとするが、残念ながら力では適わない。
「ちょっ…待て、何でパンダの話から、…そ、んな…話に、飛躍するんだっ!!」
「世の中かわいいだけじゃねぇんだよーだっ。…腹立つな、ったく…」
ぶちぶちと文句を言いながら、ボタンを全て外してしまう。
マルスが何か抵抗の文句を言っているが、そんなもの無視だ。
マルスの頭を右手で抱え、青い髪を弄ぶ。
その唇にそぉっと触れようとした瞬間、
「…………」
何かと、目が合った。
マルスが抱いてたパンダのぬいぐるみが、マルスのすぐ横に投げ出してあった。
「…………」
「…ロイ…、……やめて、…ってばっ…」
「…………邪魔。」
超・低音域の声でぼそっと呟き、
ふにふにほわほわとしたパンダのぬいぐるみを引っ掴むと、
ぽ いっ、と、部屋の隅まで投げてしまった。有無を言わさなかった。
マルスの視線が、思わずパンダのぬいぐるみを追いかける。
ロイは、それが気に喰わなかった。
マルスの身体にのしかかって、首の横の辺りから耳まで、そっと舐め上げる。
「…あっ…!!」
「パンダはこんな気持ちイイことしてくれないぜ、きっと」
「や…っ、だから、何…で……そん、な…ぁッ…、」
「はいはい。いじめられたくなかったら大人しくしてるー」
大分強引にマルスの言い分を押さえ込んでしまうロイ。
その後、この部屋で何があったのかは 部屋の隅でこっそりと覗いていたかもしれない、
パンダのぬいぐるみのみぞ知る、
…かもしれない。
強制終了。
徹夜明けのノリで後半部は書きました。わけがわかりません、素直に謝ります。
…ごめんなさいごめんなさい…(涙)つか、やってるだけか後半…