052:体温




氷まくらを抱きしめたいくらい暑かったかと思えば、
長袖をタンスの底から引っ張り出すくらい寒かったり。
妙な気候が長らく続いてしまった為…、

……ある夏の日、とうとうマルスは熱を出して寝込んでしまった。


   ******


「…あんたも、大っ概身体弱いよなぁ」
「……悪かったな」

咳き込みながら、掠れた声でロイに返事をする。
あんまり喋るなよ、とか何とか言いながらマルスの額にタオルを載せるロイは、
何だか微妙に楽しそうだった。

「仕方無いだろ…、……こんな…妙な天気が続くせいだ…」
「まあな。…ホラ、自分の体調わかってんだろ?
 なら早く寝るー」
「…なら、お前はさっさと出て行け。…お前がいると眠れない」
「えーっ!? だってマルスの看病しなきゃいけないし、
 万が一俺が看てない時にマルスの具合がいきなり悪くなったりしたらどーすんだよ」
「…ただの風邪だろ。…熱が少し高いだけだし……」
「『風邪は万病の元』なんだって、どっかの誰かが言ってたぞ。
 だから!」
「……。…よく、そんな言葉知ってたな…お前が」

明らかにバカにするよーな口調で、やはり掠れた声で言うマルス。

「バカにすんなーっっ!! 俺だってそんくらい知ってるぜ、
 つーかだからあんま喋んな!! ますます声ヒドくなってんじゃんか!!」
「………」
「返事はっ!?」
「…喋るなって言っただろ、…お前…」
「返事はいーの。別。だってマルスの考えてることわからないじゃん、返事無いと」
「………はいはい、…わかったよ。
 寝てればいいんだろ…寝てれば」

いい加減寝飽きたんだけどな、と呟きながら、毛布の中でごそごそと動く。
ロイに背を向けるような形で横向きになると、マルスはゆっくりと瞳を閉じた。
額に載ってたタオルが落ちたが、気にしないことにした。
ようやく寝る体勢に入ったのを確認すると、
ロイは、マルスの毛布を、肩まで上げてやった。
特に返事は無かった。

タオルを浸ける洗面器の水が温くなった為、ロイは、それを換える為に部屋を出ることにする。
さっきまでマルスの額に載ってたタオルを取ってから、洗面器を抱える。
一旦マルスの背中に目を向け、安堵の溜息をつくと、
ロイはマルスの邪魔にならないように深く深く注意しながら、部屋を後にした。

マルスしかいない部屋の中で、
しばらくしてから、ありがとう、という、小さな声が聞こえた、
…気がした。


   ******


換えにいったついでに昼食をとってきたので、すっかり遅くなってしまった。

ロイが部屋に戻ってきたころ、マルスは静かな寝息を、規則的にたてていた。
マルスを起こさないように注意深く、ベッドに近づく。
ベッド脇のテーブル、青い花の挿してある花瓶を倒さないように洗面器を置くと、
ロイは小さく、一息ついた。

ごろん、と寝返りを打ち、仰向けになるマルスに視線を向ける。
熱の所為だろうか、頬は微妙に赤く、青い髪はより鮮明に見えた。
苦しかったのだろうか、寝間着のボタンは一番上が外されており、
白い首筋と鎖骨が、しっかりと表に出てしまっている。

それに、
普段の彼があまり見せてくれない、幼い寝顔。
何も心配することもないかのような、穏やかな寝息。

「……無防備だなー…」

冷たい髪を優しく撫で、思わずこんな言葉が出る。
時折聞こえる微かな声に気を取られつつ、何とか自分を抑えようと頑張るロイ。
流石に、病人に手を出すのはまずいと思ってる。

そういえば、熱、少しくらい下がったかな。

ふと、そんなことを思う。

そろそろと右手を伸ばし、前髪を退けながら額に押し当てる。
やはり、少しまだその体温は熱い。
今度は両手で、彼の首元、鎖骨の辺りまで、ぺたぺたと触ってみた。
汗ばんで湿った白い肌は、その色に似合わず、熱かった。

「…………ん…、」
「…え、」

…ちょっと調子に乗りすぎただろうか。
彼が、ゆっくりと瞼を開けた。…起こしてしまった。
とろん、とした目と、甘ったれた声。

「…ロイ……?」
「……ご、ごめん、マルス…起こした、…よな」
「………手…」
「え? 手? ……、あ、悪い…!」

首元を触っている両手を、慌てて引っ込めようとする。
事情を知らない人間から見てみれば、寝込みを襲ってる、以外の何物でもない。

が。

「……いい…よ、…このままで」
「…は…? …おい、マルス?」

マルスの両手がゆっくりと伸びて、ロイの右手を取る。
まだ寝ぼけているのだろうか、マルスは、
両手に取ったロイの右手を、自分の頬にそっと押し当てた。

「……、」
「……何か…温かいから、…これでいい…」
「………」

ふ…と、また瞼を落とすマルス。
……どういう寝ぼけ方なのか、ロイの手を取ったまま、寝入ってしまった。

「…………」

しばらく、驚きと、嬉しさと、色んな感情が混ざった表情が崩せないロイ。


それからまたしばらくすると、今度はその顔は嬉しそうににやけだしたが   
…まあ、仕方ないんじゃないだろうか。



ありがちでごめんなさい…。それにしても、こういうのは書いてると心が和みます。
…ええ、どっちにしようか迷いましたとも、ウラっぽいのかどっちにしようか…