051:カミソリ




朝、起きて、何気なく寝返りをうって。
まずマルスは、その気だるさに溜息をついた。腰の辺りが異常に重い。
次に感じたのは、刺すような痛みだった。これもやはり同じ場所で。
痛みに顔をしかめて、マルスは再び溜息をついた。
   原因はわかってる。わかってるだけに、どうしようもなくなる。
疲労を癒す為にあるはずのベッドの上で、どうして痛みを覚えなくてはいけないのか。
マルスは、恨むような視線を向けた。

ロイは、ときどき、自分に無茶を要求する。
嫌だと言っているのに、無理矢理押し倒されて、組み敷かれて。
半ば強姦に近いかたちで、犯されるように情事が進む。
そして、ゆうべが、正にその、「無茶を要求される」日だった。
お陰でこんなふうに、眩暈がして仕方が無いのだが。

そういうときの。
ロイが、マルスは、苦手だった。何を考えているのかわからなくて。
普段彼は、過保護と言いたくなるほどに自分を案じていて。
ちょっと怪我でもしようものなら、大騒ぎだから。
それなのに、そんな彼が、傷をつけるような行為をする。
その理由が、マルスにはわからなかったし、同時に腹も立った。
どうして自分が、彼の気まぐれの、害を被らなければならないのか。
納得はおろか、理解もできなかった。

シーツを引っ張って、マルスは、朝の冷たい空気に肩を震わせた。
今朝はまた、よく冷え込んでいる。
冬なのだから仕方ないが、なんだか無性にいらついた。

件のロイは、彼と背中合わせの方向で、まだ眠っている。珍しいことだった。
昨日の今日で、なんとなく先に起きるのも癪で、マルスは再び目を閉じた。
身体の気だるさは、未だに、取れる気配は無い。

いらいらする。
シーツをもう一度、引っ張った、とき。

「…マルス?」
「………っ…」

背中合わせのロイの声が聞こえた。…起きていた。名前を呼ばれて。
マルスが思わず、息を詰める。

そう、いつも、こうだ。
無茶を要求された、次の朝。
自分勝手に傷つけて、マルスが一番嫌がりそうなことをやって。
白い肌に、欲望そのままに真っ赤な痕をつけ、
凶暴な言葉を耳元に吐いて。
気が済むまで行為を続けて、一方的に被害を受けているのはマルスなのに。

いつも、許したくない、と思う。
こんなことがあるのなら、彼の近くになんかいたくない、と思う。
彼と同じ場所で眠るのも、最後にしよう、なんて思う。
それなのに。

表面で取り繕ったりしない。
いつもの、ロイの声で。

「………ごめん、な」
「………。」

たった、一言。
傷つけたぶんには、あきらかに足りていない量の、短い謝罪。

こんな、たった一言で、全部、許してしまいそうになって。
自分の甘さが、馬鹿みたいに思えてしまう。
気まぐれは気まぐれなのだから、続ければまた、こういう日が必ず来る。
その時、また、一方的に傷つけられるのは、自分なのに。

寝返りを打ったロイの腕に抱きしめられて、朝の冷たい空気が温まるまで。
細い首筋に、顔をうずめられて。

結局、許してしまう。いつもの通りに。
優しくされてしまって、…苛立ちも、おさまってしまって。
涙の痕跡(あと)に唇を寄せられる、そんな行為も、
すべて。

ロイの真意はわからない。
傷つけて、傷つけられることもまた、あるのだろうけれど。
今はただ、抱きしめられた身体に伝わる体温に、
理由もわからなくて、
まどろんで、瞳を閉じるだけ   



両刃の剣。