047:宿題




ダークリンクは、人の名前を呼ばない。
というか、覚えていない。

理由があるのかないのか、どうかは知らないが、
人によってはそれは、とても気にかかることだったらしい。
リンクやピカチュウ辺りは、別段気にしなかったが、
マリオやロイは、かなり気になっていたようだった。
名前の代わりに、「赤帽子」だの「(背の)低い方」だの呼ばれていたらしいから、
そのせいかもしれない。

そして、ある日。
マリオとロイ、そして、同じくそのことを気にしていたフォックスとピーチが、
庭でボーッとしていたダークリンクを呼んで、
一言。


「せめて、全員の名前を、覚える努力をしろ!!」。


……。

かくして。

ダークリンクは、ピチューとピカチュウの監督のもとで、
屋敷に住んでる二十数名、全員の名前を、覚えることとなったのだった。

今更なような気が、しなくもないが。


   ******


「はい、庭の、あの人はー?」
「……。…ルイ、……」
「惜しい惜しいー。ルイージ、ね。ルイージさん」
「…『ルイージ』」
「そうそう」

午後三時。
リビングで、ロイとマルス、リンクとゼルダ、そしてピーチが、
和やかなティータイムを楽しんでいた。

「じゃあ、ルイージさんのおにいさんは?」
「…マリオ?」
「あってるでちゅー」

今日のお茶請けは、商店街のケーキ屋で、毎日限定十個しか売られない、
やたらとスペシャルな感じのチョコレートケーキ。
今朝、ロイがマルスを朝から叩き起こして、うきうきと買いに行っていた。
その後、「僕が起こされる必要はあったのか?」と尋ねたマルスが、
「早朝デートにきまってんだろーv」と答えたロイを、ぶっ飛ばしていたのも。

「あっちの、おにーたんとおねーたんはどうでちゅ?」
「…『ポポ』と、『ナナ』…」
「うん。すごいすごいー」

リビングのテーブルから、少し離れたところ。
広いカーペットの上に座って、課題をなんとかこなそうとしているダークリンクと、
今日も今日とてその監督をしている、ピチューとピカチュウ。

小さな手でささやかに拍手をしながら、ピカチュウがへらっと笑うのを、
リンクは紅茶を片手に、実に複雑そうな面持ちで見ていた。
最近ピカチュウは、ダークリンクにかかりっきりだ。
お陰でリンクは、ピカチュウのフォローになってないフォローを、
最近ちっとも聞いていなかった。

何だか、面白くない。

「………。」
「…ピカチュウは、リンクが好きなんだな」

ふいに、テーブルの反対側から投げかけられたそんな声に反応して、
リンクは視線を、そちらに向けた。
自分のぶんのケーキを皿に移し終わったマルスが、
微笑んで、こっちを見ている。

「…何で」
「そうじゃなきゃ、あんなに、ダークのことを構わないと思うんだけど」
「………」
「…別に、ダークがリンクに似てるからって、そんな理由じゃなくって。
 リンクが、ダークの面倒を見てるから、ピカチュウも構うんだろ?」
「………」

好きな人が気になるものは、なんとなく、無意識にでも気になるから、と、
マルスは紅茶を注ぎながら言う。
この、大人しい青年は、いつもはぼんやりとかなり鈍感なワリには、
時々こんなふうに、リンクの心の隙間をうめる。

「だから、別に、そんな、心配そうな目で見なくても…」
「え、心配なのか? ソレって」

マルスのセリフを遮って、不思議そうに尋ねたのは、ロイだった。
いつものようにマルスの横に座って、まじまじとリンクを見つめる。

「…ロイ」
「…心配、ねえー…?」
「……。…な、何だよ」

ロイの視線が気になって、リンクは思わず、怪訝そうな視線を返した。
嫌な予感がする。
ロイは、いたずらめいてにっこり笑うと、人差し指をスッと立てて、
楽しそうに、リンクに告げた。
その姿はなんだか、彼の父親によく似ていて。

「てっきり、妬いてんのかと思ったんだけど」
「…や…っ。…な、そんなわけないだろ!!」
「…妬く?」

嫌な予感は、的中した。

「大体、なんだよ妬くって!!」
「嫉妬のこと」
「そーじゃなくて!!
 オレとピカチュウは、お前らみたいなバカップルじゃないぞ!!
 ただの友達だッ、友情!!」
「…なっ、ちょっ、リンクッ、どういう意味だ、それ!!」
「ちょっと!! うるさいわよ!!」
「リンクー、呼んだー?」

声を荒げたリンクのセリフに、イスから立ち上がって反論したのは、マルス。
そのとおりのことを言ったまでだ、と主張するリンクに、
ピーチの罵声が飛ぶ。
やがて、ピカチュウののんびりまったりとした声で、
事態は収束に向かった。

「いや、なんでもない、何でもないから!!」
「そお?」

じゃあ次ー、と、ピカチュウは、再びダークリンクに話しかける。
ほっとしたように、リンクは深く息を吐くと、
ぎっ、と、ロイを強く睨んだ。

「…お前なっ…、」
「なーんだよ、違うんならそんなにムキになんなくてもいいだろー。
 俺はただ、ちょっと妬いてるっぽく見えたから、そー言っただけだって。
 いやぁ、熱いなー。
 俺もマルスに妬いてほしいけど、そんな暇も無いくらいラブラブだからなー」
「………いっぺん死ぬか?」

その辺にあったケーキナイフをがっしりと掴んで、リンクが一言。
ロイの顔から、血の気が引く。

「…ごめんなさい」
「わかればいいんだ」

ケーキナイフを、皿にきっちりと戻して、リンクの機嫌は直った。
少し冷めた紅茶の、最後の一口をはこぶ。
リンクにいじめられたー、と、ロイは実に演技くさくマルスに言い寄っている。
それを適当にあしらいながら、マルスは丁寧に、ケーキを一口ぶん、
フォークで切り取った。

リンクが、からになった自分のカップに、新しく紅茶を注ぐ。
あたしのもお願いしていい? と言ったピーチのカップを受け取って、
まだ熱いままのティーポットを傾けた。

チョコレートがマルスの口の中で溶けていく。甘すぎないくらいの甘さ。
限定十個、スペシャルの名は伊達じゃない。
幸せそうに緩むマルスの頬。その横顔を、ロイは見ている。
おそらくはきっと、ああかわいいなあ、などと思っているのだろうが。

そんな、最中。
耳をすませば、ピチューとピカチュウと、ダークリンクの声。

「…『ファルコ』、だな」
「うん、そうー。ちょっと名前が似てるけど、人柄はぜんぜん違うから」
「…そうなのか?」
「ファルコンおじたんはやさしくって、
 ファルコおにーたんはかっこいいでちゅ」
「…やさしくて、かっこいい…??」
「でちゅ!」

何だか言いたい放題だ。
このままではダークリンクの頭の中は、ピチュー色に染まってしまうのではないだろうか。
まあ、俺には関係ないし、と、ロイはちょっと非人道的なことを思いつつ、
続きを聞いてみることにする。

「んーっと、じゃあ次はー… …うーん、まあいいか」
「ちゅー?」
「さすがに覚えてると思うんだけどな。
 もしダメだったら、僕があやまってくるよ」
「ぴちゅ!」
「うん、じゃあねー、ダークさん」
「…ああ」
「あのひとはー?」

びしっ、とピカチュウが、示した先。

「……へ? あたし?」

ケーキの半分ほどを食べた、ピーチがいた。
お茶を楽しんでいた一同の目が、一斉にピーチと、そしてダークリンクに向かう。
ああ、いつのまにか、話がこっちにまで進んでたのか。
ようやく自分のケーキに手をつけながら、ロイは頭の中で、そう思った。

さまようダークリンクの瞳を、リンクは視線で追いかける。
紅茶のカップを、手に持って。

「そう、ピンク色のおねえさん」
「……『ピーチ』…」
「うん、そうー。正解ー」

ダークリンクが、名前を小さく呟いて、一拍置いて。
ピーチが嬉しそうに笑ったのを、リンクは見逃さなかった。

「それじゃあ、向かい側のおひめさまは?」
「…『ゼルダ』、」
「あってるでちゅー。
 ぴちゅ…。えっと、あそこの、赤いおにーたんはどうでちゅ?」
「……ロイ…、」
「うん。正解」

ロイが、楽しそうに、正解、と言う声。やっぱり何だか幸せそうだ。

「じゃあ、青いお兄さんは?」
「……『王子』?」
「……。…うーん、…あってるんだけど、違うなあ…」
「ピカチュウ。僕はそれで、いいよ」

事情を見越したマルスが、くすくす笑いながら言った。
注ぎなおしたばかりの紅茶から、白い湯気がたっている。
じゃあ、今はそれでいいや、と言ったピカチュウは、
今度はこくん、と首をかしげた。大きな耳が揺れる。

「チナミに、僕は?」
「…ピカチュウ、」
「じゃあ、こっちの子は?」
「…ピチュー」
「ぴちゅ!」

ピチュー、と口にした瞬間、ピチューが勢いよく、ダークリンクに跳びついた。
それを両手で受け止めて、ダークリンクは肩にピチューを乗せてやる。
何だかとっても微笑ましい図だ。
銀色の髪に、嬉しそうに頬を押しつけているピチューを見て、
リンクは、ふ、と笑った。

「それじゃあ、ダークさん、」

最後の、一人。
目を、そちらに、向けて。

「勇者さんは?」
「………」

皆の目が、リンクに向かう。
リンクの視線は、真っ直ぐ、ダークリンクを見たまま。
リンクとダークリンクの仲が良くないのは、
皆、知っていたことだから。

少し、考えるしぐさを見せる、ダークリンク。

そして。


「…『リン、ク、」


ゆっくり、でも確実に、今まで言わなかった名前を、言葉にする。


「……ダーク…」


自分の、影で、魔物だということに、引け目を感じていたらしく、
お互いそれを意識して、余程のことが無いかぎり、近づこうともしなかった。
ダークリンクは気がつけば、リンクを恨むような目で見ているし、
リンクだって、ダークリンクに対しては、好感情は持っていなかった。

そんな、ダークリンクが。
自分の名前を、覚えて。言ったことに、対して。

うっかり嬉しくなってしまった。どんなに、嫌いでも。
覚えてくれたんだな、と、声をかけようとした、


瞬間。


「……おにいちゃん』?」


がっしゃーんっっっ!!!


………。


「………」
「………」
「………」


リンクが、持っていたカップを、思いっきり落とした。
ピーチとゼルダは、ぴた、と、その場で凍ってしまい。
ロイは、顔を真っ青にして、リンクを見ているし、
マルスは目をまるくして、ダークリンクをじっと見つめていた。

時間が止まらなかったのは、

「……?」

当人と、

「…ぴちゅー…、」

何故か瞳をきらきらさせているピチューと、

「……うん、…正解ー」

あくまでも平静を装った、
ピカチュウだけだった。

「…正解、じゃないだろっっ!!!」

我に返ったリンクが、勢いよくイスから立ち上がる。
ダークリンクの肩をがしっと掴むと、ぶんぶんと身体を揺すった。
肩に乗っていたピチューが、頑張ってダークリンクの服に掴まっている。

「お前、何っ、それっ…!!」
「違うのか?」
「違う!!」
「…あいつは、正しい、と言ったぞ」
「いや、違うんじゃないけど、でも違う!!」
「…? …何を言ってるんだ?」
「あああああ、もう!! ともかく、何なんだ、その、
 『おにいちゃん』って言うのは!!」
「…あのね、リンク。それはね」

リンクを真っ直ぐに見て、わけのわからない、という顔をしているダークリンク。
その代わりに、ピカチュウが、リンクの傍にとことこ歩いて寄ってくる。
ちらっと、ピチューを見上げて、苦笑しながら言った。

「ダークさんねえ、どうしても、リンクの名前だけ覚えられなくって」
「…ああ。まあ、それは、仕方ないけど…」
「うん。それでね? ピチューがそのこと、気にしてたんだよ。
 ここ三日間ぐらいずーっと、こんなふうに肩に乗っけてもらってて、」
「……それで?」

何だか、嫌な予感がする。

「リンクを見かけるたびに、
 『あのひとが、リンクおにいちゃんですよー』って。
 だから、そのせい………だと、おもう」

「………………。」

ちょっぴり憐れそうな目で、リンクを見上げるピカチュウ。
リンクとしては、もう、微妙、なんてものじゃない。
頭痛がする。
……だからって、どうしろと言うんだ。
どうにもできない。
だから、頭痛がするわけで。

「ダークおにーたん、がんばったでちゅ!」
「…そうか」

ピチューはぱたぱたとしっぽを振って、ダークリンクに甘えている。
特に嫌がったりもせず、それを受け止めているダークリンク。
自分の発言のことなんて、まったく気にしていない当人だけが、
とっても微笑ましかった。

「………」
「………」

お茶をしていたメンバーの表情は、凍りついたまま。

「………まあ、な?」

やがて、ロイが、精一杯の思いやりで、
ぽつり、ぽつりと、言った。

「…覚えてくれたことには変わりないんだから、いいだろ。
 …良かったなー、リンクおにいちゃん?」
「………っ…、」

あるいはただの、からかいなのかもしれないが   


「……良くねえ      !!」


リンクの悲痛に満ちた叫び声が、屋敷中に木霊する。

午後三時、とてもなごやかなティータイム時。
限定十個の、スペシャルなチョコレートケーキを、みんなで囲んで。

今日も、屋敷は、ひたすらに平和だった。



二つの空間が一つになるような。…わかりにくいだけでした。
オチがみえみえでごめんなさい。

我ながらアホな話だ…。