042:お願い




僕を殺す時は、躊躇しないで、一瞬で殺して、なんて笑って言ってた。

俺があんたを殺すことなんて無いだろうと、笑って答えた記憶がある。





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「………何て…、……言ったんだよ、今」
「だから、殺してって」

あっさりと言い切って、マルスはにっこりと笑う。
ロイは碧色の目を驚愕の色で満たし、マルスを睨むように見た。

お互いの手には、手に馴染んだ剣。
その銀色の刃に落ちる、濁った赤い色のすじ。


ロイは剣の柄を握り返し、もう一度、強く問う。

「………何で…、俺が、そんなこと…」
「ロイなら僕を、殺せるだろうと思ったんだ」

ロイは、強くなったからね。
にっこり微笑んだまま、マルスは言った。

その微笑みがあまりにも綺麗で、綺麗だからこそ、マルスの心がそこに無いことに気づく。
ロイは、今度は強く睨みつけ、怒鳴るように言う。

「…殺せるわけ、ないだろ!? 何で俺が、あんたを殺さなきゃいけねーんだよ!!」
「…だって、今…、僕を剣で殺せるのは、ロイしかいない」

剣に願いを捧げてた僕だから、殺されるなら剣で殺されたい。
同じく剣を使うあの子に頼むには、あの子はまだ小さすぎる。

そしてもう一人。

ロイとマルスと同じく、剣を使う、誇り高い剣士は。


「…ロイ…。…僕達のこと、知ってただろ?
 …わかってよ」
「……わかって、たまるかよ…っ、」

ぎり、と、剣の柄にますます指を喰い込ませる。

「…あんただって、俺のこと、知ってんだろ」
「………。……うん、知ってる」
「……なら…、俺に頼むなよ、そんなこと……!!」

強く、強く、説得するように、マルスを睨む。
マルスは少し寂しげに、…でも微笑みを崩さない。

綺麗で、優しくて、人を惹きつけてやまない、
なんて残酷な微笑み。


気づいた時には一歩踏み出して、彼の襟首を引っ掴んでいた。
マルスは一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにまた、やわらかい微笑みを張りつける。

「……わかってんだろ…。…訊いてもいいか、マルス」
「…何?」
「……あんた…、あいつを殺せってあいつに言われて、殺せるか?」
「………何、言ってるの、ロイ」

襟首を掴むロイの手に、自分の手を添える。

「…できるわけ無いよ。僕は、彼が好きだから」
「……なら…!!」
「…それに彼は…僕にそんなこと言わないよ。
 彼は僕のこと、好きだって言ってくれたから」

どういうことか、わかる?

……ロイのまわりの空気が、一瞬、氷ったように止まる。

「…ロイが僕のことを好きでも…僕はロイを好きじゃないよ。
 だから僕は、言うんだ。僕を殺してって」
「…………な、………」

これは、ひどい策略。

…傷つけて、傷ついて傷つけて、

「……僕を殺して、ロイ。僕は君が好きじゃない。
 僕は…、君のことなんてどうでもいい」

ありがちな嘘をついて、

「…僕は…、彼の傍がいい。…リンクの傍がいい」
「…………」


傷つけて傷ついて傷つけて傷ついて。


ロイが、手から力を緩めた。
泣くような目で、マルスを睨んだ。

でも、この人の前で、泣きたくなんてないから。



だって、この人の方がよっぽど。



「……僕を殺して。…リンクの傍にいたいんだ」
「…死んでも、一緒にはなれないよ」
「……わかってる。でも、リンクのいない世界なんて、嫌だ」
「…そんなに、好き?」
「……好きだよ。…リンクが、好き」
「…俺じゃあ、代わりにはならない?」
「……僕は、君は好きじゃないから」
「…………」

ロイが、震える手を強く握った。
…それでも震えが止まらない。

「…ロイ…、」
「…………」
「…お願い…」
「…………」

奥歯を、ぎり、と噛み締める。
……震える手を、無理矢理押さえ込んだ。



ちゃき、と、剣の柄を握り返した。
マルスから数歩離れて、



ひゅんっ、と、風を切る音。


…その、白い喉元に、突きつけた。


「……ずるいよ」
「…うん」
「……あんたにお願いって言われて…、…聴けないはずないのに」
「…うん」
「……ずるい」
「…うん。僕もそう思う」
「…………」

「……俺は、…マルスが好きだよ」
「……僕は、…君は好きじゃない」
「……知ってるよ…」

先端が、白い首筋を傷つけた。
細く、赤い筋が落ちた。

「…ロイ、」
「……ごめんね、なんて言うなよ。言ったら殺さないから」
「言わないよ。…でも、」
「…何」

手に、もう一度力を込める。


「…ありがとう…」


ふわりと、マルスが、やさしく微笑む。
それは確かに、ロイに向けられた、本当の。



そして。














「…………」

剣の先から、ぽたぽたと血が落ちている。
手が震えて、剣が音をたてて、地面に落ちる。

「………ずるいよ」

彼が、「あいつ」の傍を望んだように。

「………俺は…、」

自分だって、彼の傍を望んでいたのに。

「…………っ…」

単純な理由だけど。
叶わない願いだけど。

彼が好きだった。
彼が好きだった。
ただ、彼に生きていてほしかっただけなのに。

ごめんね、と、そう一言言ってくれれば、
自分は、こんな決断をしなくて済んだ。

自分の願いは、叶わなかった。


「………マルス…、」


      なんで、ありがとうなんて言った?


「…ふざけん…なよ…、」

願いを叶えてくれたからなのか?
あれだけひどい嘘を言っておいて、人の恨みを買うようなことを言っておいて、

最後にそんなこと言われて、


「………俺は……ッ…、」

許せないハズないのに。



「………っ…!!」


硬く閉じた瞳の端から、ぼろぼろと涙が零れる。
もう、強がる必要は無い。

だってもう、マルスはいない。



「……マル…ス…、……マルスッ…」


手に握っていた剣は、こんな風に使うはずじゃなかった。





      彼を、守るはずだった。



ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!!
………あああああ痛い痛すぎです。ていうかまたリンク死っ…ごめんなさいごめんなさい!!
…こ…こんなの書いて大丈夫か、私…ッッ!!!