041:悪魔




しっとりと汗ばむ首筋に、ロイは、啄(つい)ばむように口づけた。
鎖骨の窪みを舌先でなぞると、ぴくん、と小さくはねる身体。
左手で湿った青い髪を撫でてやりながら、右手は大きく開かせた足の上を移動する。
細い足首。その気になれば、簡単に折れてしまいそうな危うさは、
確かにマルスを支えているのに。
普段は陽にけっして晒されることの無い、太腿に指を這わせると、
息を乱したマルスが、更に苦しそうに喘ぐ。

「…ッ、…ぁ…、」
「…マルス、…声、聞かせろよ」

ロイは口元を覆う手を取り上げ、マルスの頭の上に、片手で拘束した。
ここには二人しかいないのに、奪うようなキスをする。
絡めた舌、近い吐息。唾液が交わる音が耳に届くと、マルスは肩を強張らせた。
どれだけ繰り返しても慣れない証。そんな仕草が、こんなにも愛おしい。
ロイの指は、さりげない動作で、太腿から腰を撫でて、上へとすべる。
逃れようともがくマルスの両の手首を縛る手から、力を抜かないことを忘れない。

「っあ、あぁッ…!」

指先が、マルスの薄い胸の上を移動すると、マルスはようやく声を上げた。
先程まで散々、飴玉でも舐めているようなしつこさで攻め立てられていたそこは、
感覚が極まり、少しの熱にも敏感に反応を返していた。
赤く色づいた先に、かり、と歯を立てれば、今度はふるえる涙声で訴える。
硬く閉じられた瞳の端から、透き通った雫が、細い筋を描いて落ちた。

「ロイッ…、やあ、んっ…、」
「…名前呼んでても、どーにもなんねーぞ」
「…っ、ぁ、…っん、ああっ… …ッ!」
「……。
 …強情。」

伸ばした腕で肩を抱いて、ロイはマルスを乱暴に揺さぶる。
途端に、ひときわ高く上がる声。束ねていた手首を、解放する。
奥深くを的確に突いてやると、マルスはロイの首に腕を回してきた。
頭を抱え込むように、抱きしめる。
それは、縋る、と言ってもいいような、懇願だった。

「ロ、イ…ッ、…ロイ、」
「……マルス、」

答えるように名前を呼ぶ。ロイはマルスの首筋に、そっと口づけた。
自覚できるだけの痛みを与えると、白い首筋に、花が散ったような痕が残る。
いくつめかの、独占欲の証。
こんな彼は、自分だけしか知らない。
   知らない、けど。

「……悪ぃけど、優しくなんか、してやんねーから」
「…ぁ、…っ、……、」
「……不公平だろ? …いつも、…俺だけ…、」

ぽつり、と呟き、ロイは再び、首筋に痕を残した。
耳の下、髪の先に隠れるか、隠れないかくらいの、ぎりぎりの位置。
そちらに気を取られたマルスの隙をついて、
ロイはマルスの足首を、子供のように持ち上げた。
膝をそれぞれ、自分の肩に抱え上げる。
いっそう深いところで、ロイの熱を受け止めざるを得ないマルスの、
細い喉の奥から、言い知れない色を帯びた声が漏れた。

「あっ、あああぁッ!!」
「…っ、…俺ばっかり、あんたに好き、って言って…。
 …あんたは、本当のところは全部奥に隠して、
 …素直に見せるのは、…、身体だけなんだから。…ずるい、よ」

だから。
許された時間、暴いた従順な身体だけは。

「だから…っ、…どれだけ好きにしても、いい、よな?」

ロイは、口の端を上げて、獰猛な獣のように、笑う。

心の、見えないぶんだけ。
隠された本音のぶんだけ。
今は、言葉ではなく、身体で知ることが、
どうしても、必要だった。

何よりも、誰よりも、近くに、隣に、傍に、いたいから。

「ん、…っあぁっ、や、やだ…っ!!」
「嫌、じゃねーだろ…ッ、…」

自分の意思でどうにもならない身体。
普段の落ち着いた様子からは、想像もつかないほどの高い声を聞きながら、
ロイはマルスを揺さぶり続ける。
無表情、という殻の中に閉じ込めてしまっている、
心の奥、マルスの本当の場所を引きずり出すために。

いつも。
いつもそうだ。
求めるのは自分、受け入れるのは相手。
抵抗しながら、嘘のような涙を流して、被害者のような顔をする。
…実際自分は、そんな相手を押さえつけながら暴き、行為に傾れ込むのだから、
あながち被害者という立場は、間違いではないかもしれないが。
望みも何も言わずに、ただ、名前を呼んで。
言葉ではけっして表さない、卑怯者。

ロイはマルスの一番奥を侵しながら、マルスの頬に、そっと手を伸ばす。

「……綺麗、だよ」
「…ゃあっ、…ん…、……っっ!!」
「……いつも、は…。…肌白いのに、…こんな、赤くして。
 ……何、しても…、表情とか変わんねーのに、…泣いたふり、して。
 何も、言わない。…何も、いらないとか、そんなふうに…、」

そう、それでも、こんなふうに綺麗だと思えるのは。

「……あんたはまだ…。
 ……人を好きになるのを、怖がってるんだな」

「………!」

目の前の人に感じる愛しさは、花や硝子のそれに似ている。
傷つきやすく壊れやすく、なのに埋もれず、孤立した存在を保っている。
硝子のように不変で、何事にも動じない心。
いつか散る時は全てが終わる時という、冷酷なまでに強い意志。
そして。

他のものに依存するのが怖くて、
他のものを失うのが怖くて、
他者に与えられるものを、ただ受け入れるだけの   危うさ。

ロイは綺麗なものは好きだったが、そんな美しさは願い下げだった。
人は心の無いものではない。
そこにあるだけの存在でもない。
二つのものを繋ぎとめるには、二つのものが必要だというのに。
与えるだけでも、受け入れるだけでも、
けっして証にはならないのに。

身体のずっと奥深くで、ロイの熱を感じながら。
痛みの混ざった心地良さに、マルスは声を上げて、瞳を伏せる。
どれほど焦らしてみても、マルスは、
お願いだから、などというようなことは、けっして口にしない。

信用無ぇな、と、ロイは、ぽつり、と呟いて。

その後、マルスがほとんど気を失うような状態になるまで、
ロイはマルスを犯すのを、止めようとはしなかった。



ロイ様が情緒不安定ですね… …王子も。

エロを書くと決めたら素直にエロだけ書いていればいいのに、
どうしてもあれこれよそごと考えさせてしまいます。間が持たなくて。
非ッ常〜〜に煮え切らないお話でごめんなさい…。

で、何がどう「悪魔」なのかというと、悪魔は細心らしいじゃないですか。
本当かどうかは知りませんが。
それだけです。