039:テーゼ




「なぁマルスー」
「………」
「マールースってばーっ。なーぁーっ、こっち向けってばーっ」
「………………」
「こっち向けよー、な? 俺のかわいいハニーv」
「誰がハニーだこのバカ!!」

ばしんっ!! ……と、景気のいい音がした。
マルスが超至近距離から、ロイの顔にめいっぱいの力で、本を命中させた音らしい。
ちなみに本は緑色のハードカバー。
銀色の箔押しで何か、タイトルが書いてある。

少し間を置いた後で、本が再び音をたてて落ちる。
ロイの方を少しも見ずに落ちた本を拾うと、
マルスはまた、本を開いた。さっきまで読んでいたところを、探す。

「〜〜〜〜ッ、いっ…てぇ…ッッ!!」

鼻を押さえて本気で痛がるロイ。
が、マルスはそれくらいでは動じない。

「何すんだよっ、ハードカバーは痛いだろっっ!!」
「知るか」

ようやく目当てのページを見つけたらしい、羅列する文だけに目を向け、
マルスはそっけなく言う。
その態度が気に入らないのか、ロイは後ろからマルスを抱きすくめると、
大分乱暴に揺する。

「なんだよ、何でマルスはそんなに冷たいんだよー」
「いいだろ別に、本くらい読んでたって。
 お前こそ、毎日毎日僕にばっかり構ってないで、他を当たったらどうなんだ?」
「マルスと一緒にいんのが一番楽しいんだよー」
「こっちの都合も考えろ、バカ。…だから、身体を揺するんじゃないっ!!」

今度はきちんと栞を挟んでから、本を閉じる。
実に素早い動きで、ロイの頭を本で殴った。

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ…!!」

どうやら角が当たったようだ。

「…いっ……てェ…ッ!」
「…自業自得だ」

涙目で痛がってるロイを、一瞬だけ視界に入れる。
…流石にやりすぎたかな、なんて思ってるのだろうか。
角が当たったらしい場所を手で擦りながら、ロイはまだ涙目のまま、マルスに訴える。

「マルスー…、…マジで痛いんですけど」
「人の忠告を聞かないお前が悪い。第一、お前も剣士なんなら、これくらい避けろ」
「……無茶言うなよ」
「言ってない。あの… …緑の帽子の、耳の長いあいつは出来たぞ」
「え? …それってどっち? 大きい方小さい方」
「大きい方」
「だってアイツ、すっげー強ぇじゃんか。並の剣士じゃねーよ、
 …つーかマルス、アイツ何か、あんたに本で殴られるようなことしたのか?」
「剣を持って背後に立ってたから、ちょっと僕が早とちりしたんだ」

そんな横暴な。

そんなマルスの言い分を聞いて、ロイがふ、と何かを思う。
やがて、少し悲しそうな顔で、ロイは言った。

「……。なーマルス、あんたいつまで戦場にいる気になってんだよ」
「……。……仕方ないだろ…。…こういう雰囲気には、あまり慣れてない」

いつの間にか、再度開いていた本に目を向けながら、マルスは答える。
その態度が気に入らなくて、ロイは、マルスの肩に手をかけた。
強制的に自分の方を向かせた、…マルスが明らかに嫌そうな顔をした。

「…放せ」
「やだね。あんた少しは、人の目を見て話したらどうなんだよ?
 さっきから思ってたけどさ、あんた全ッ然、人の方見ないのな」
「…どうでもいいだろ、それくらい」
「よくねーから言ってんだよ。…あのな、マルス」

マルスの両肩をそれぞれ手で掴み、マルスの身体を固定してしまう。
ロイはマルスの目を真っ直ぐに見、確固な声で言う。

「何…考えてんのか知らねーけど、折角、こんな“世界”に呼ばれたんだから。  こんな時くらい、ゆっくりしたって構わねーと思うぜ? 俺は。
 …で、後。俺もマルスも、みんな仲間になるんだから。
 マルス一人だけそんな風な雰囲気だと、食事ん時とかギクシャクしちまうだろ」
「…………でも、」
「何が『でも』だよ、…やってもないのに悟るなって、言われたこと、ないか?
 マルスが俺と仲良くするかしないか決めるのは、
 『俺』っていう人間を、よくよく、よぉーっく理解してからにしろよ?」
「…………でも…、お前は僕のこと、まだよく知らないのに、
 ……こんな風に、『仲良く』してくるだろ。…お前の言ってることと、違う」

身体は固定されてしまっているので、ふい、と顔だけそむける。
するとロイは、にっこりと笑った。
マルスが変な顔で、にっこり笑うロイを見た。

「だって俺は、あんたがどんな人でも、仲良くしたいから。
 マルスっていう人間を知るのは、仲良くしながらでいい」
「……。…僕が、お前の嫌いな性格の人間だったらどうするんだ?」
「それは無いね。絶対無い。美人に悪い人はいねーし」
「…………」

ちゃき。
マルスが剣の柄を鳴らす。

「……なんだよ、褒めてるのにー」
「男に『美人』なんて言って、楽しいか?」
「あんたに言うなら楽しいね、…で、まあそれはともかく、」
「…………」
「目、見ればわかるさ。マルスが、俺の嫌いなヤツじゃねーってことくらい」
「……目…?」
「ああ。目ってな、絶対ウソつけないところなんだってさ。
 だからよく、人の目を見て話しましょう、なんて言うじゃん」
「…………」

そむけたままの角度で、マルスが目だけで、ロイを見る。
視線が合うと、ロイはまた、笑った。

「…で、どう? 少しは俺のこと、信用した?
 その目つき見ると、とりあえず次から、本読みながら話すってことは無くなりそうだな」
「……そうだな、お前がただのバカじゃないんだってことはわかった」

そう言ってまた、視線をはずす。
……ロイは、沸点が低い。

「……〜〜〜ッ、あのなぁっっ!! 何でそこで『バカ』って単語が出てくんだよ!!」
「言葉の通りだろ、このバカ!!」
「バカって言うなバカって!! …大っ体な、あんた今、
 自分がどんな状況に立たされてるのか、わかってんのか!?」

肩を押さえつけたまま、ずい、と顔を近づけるロイ。
そんなロイを睨むように見たまま、

がすッ、

「蹴りを入れやすい状況か?」
「…………ッ…!!」

……と、とりあえず、鳩尾に蹴りを入れてみた。
ロイが、お腹を抱えて壁に手をついた。何だかダメージを受ける回数が多い。

「これ以上僕に何か言われたくなければ、さっさと出て行け。
 …僕は別に、お前を信用したわけじゃないから」
「…………。…俺、あんたといるのが一番楽しいって言わなかったか? 冒頭ら辺で」
「…そうだったか?」
「忘れんなよ、そんな大事なこと!!」
「……大事なこと…?」

口元に手を持っていって、ロイの顔を見ながら考え込む。
やがて思いついたように、

「…バカな上にマゾなのか」
「そーじゃねーだろ、あんた少しは人の気持ちも考えろよ!!」


そんなセリフを適当に流すと、マルスは再び本に集中することにした。
こっち向けよーなんて言いながら、再びマルスを後ろから抱きしめたが、
特に振り払うこともせず、
マルスはずっと本を読んでいる。



「ハニー」なんて言ってるのは、最初は「ハニー」で書くハズだった…というのの名残です。
スマデラ屋敷に生活するようになって、1ヶ月というところでしょうか。
本来うちのマルスは、このくらいキョウボウなのです。まったく可愛げの無い王子…