038:ラビリンス
ロイの部屋の前を通りがかった時、
中からやたら声が聞こえるなあ、とは思っていた。
思わず立ち止まって待ってみると、ドアが荒々しく開いて、
中からマルスが、不機嫌な顔で出てくる。
「…リンク」
「…また喧嘩したのか?」
自分に気づいたマルスに呼ばれ、リンクは、推測と記憶と経験に基づいて、こんな問掛けをした。
「………」
不機嫌そうなマルスの顔が、どこかばつの悪そうなものになる。
「…やっぱり、そうなんだ?」
苦笑を漏らしてやわらかく言うと、マルスはリンクを、ぎ、と睨みつけた。
子供が拗ねたようなそのしぐさが微笑ましくて、リンクはくすくすと軽く笑う。
「…笑うな」
「よくもまあ、飽きずに喧嘩するよなあ」
「…だって、…あいつが…、」
「『マルスは俺のこと好きじゃないんだ』、だろ?
前もそんなことで、喧嘩してたよな」
「………………」
あっさりと見抜かれ、マルスはますます、居心地の悪そうな表情になっていく。
リンクはマルスに、ごめんな、と軽く謝ると、
ふう、と小さく溜め息をついた。
このまま喧嘩してれば、リンク的には、かなり有利なはずなのに。
どうしてもこの王子様を見ていると、手を貸したくなってしまう。
無意識の意識に自分で苦笑しながら、リンクはにこりと微笑んだ。
「ロイはさ、まだ子供だから。…いや、オレも同い年なんだけどさ。
ちゃんと言ってやらないと、伝わらないんだよ」
「……でも…、」
「たまには、言ってやれば? マルス、アイツのこと嫌いじゃないんだろ?」
「………。……それは……」
ふい、と目を逸らし、マルスは床のどこかを見つめる。
…本当いつまで経っても、素直になれない王子様だ。
「…じゃあ、とりあえず謝ってくれば?」
「………どうして、僕が…」
「不機嫌全開な人間と、一緒に飯食おう、とか思うか? マルスは」
「………」
「…それにさー、」
なだめるような口調から反転、いきなり険しい調子で、声を潜(ひそ)めるリンク。
「?」
マルスが不思議そうな顔で首を傾げると、リンクは少しだけかがんで、
こっそりとマルスに、こう耳打ちする。
「…ロイが機嫌悪いと、オレに当たってくるんだよ。
できればとばっちりに巻き込まれたくないし」
「………」
瞬間、マルスの目が、大きく見開かれて。
直後。
「……ふふ…、」
マルスが口元に、手を持っていった。
…顔を逸らして、何か、笑ってる。
「…なーに笑ってんだよ。こっちは本気なんだからな」
「……っ、…ああ、…そう、だな…。…あはは、」
「だから! …できればマルスから謝ってほしいなーって」
「…はは…。…うん、…うん……」
笑いながらマルスは、何度も頷く。
大人しく、それでも子供のように笑うマルスを見て、
ふと、リンクの表情が、自然と緩んだ。
また、やんわりと、声をかける。
「じゃあ、…できれば早くな」
「ああ。…じゃあ、リンクが言うなら、そうする」
「たまには、言ってやれよ」
「………。…考えておく」
「是非そうしてくれ。オレの平和の為に」
「ふふ…。…じゃあ、…ご機嫌取りに、ケーキでも買ってくることにするよ」
「ああ。いってこいよ」
「また後でな」
「ああ、じゃあな」
ひらひらと手を振ると、マルスはまだ少し笑いながら、
リンクに背中を向けた。
静かな足取りで、階段の方へ向かっていく。
その途中、
急に立ち止まった。
「…あ」
「?」
「リンク」
振り返って、視線で見送っていたリンクを、見る。
「…ありがとう」
「………」
ひどくやわらかな、優しい微笑みを向けて。
「………」
その後すぐ、マルスは、階段を駆け下りていった。
その様子を、リンクは、ずっと見守って。
「……こんなことなら、…言えるのになあ」
静かに瞼を下ろし、やや自嘲気味に、微笑む。
心配することも、
からかうことも、
冗談めいたことだって、
こんなに簡単に、
言えるのに。
「……どうして…、…言えないんだろうな」
君が好きだと、どうして言えないんだろう。
ささやかな疑問を打ち消したその後で、リンクは、ロイの部屋へ、足を向けた。
苦労人全開。
勇者らしくなくても、度胸が無いだけと言われても、
それでもリンクお兄さんには、見守る存在であってほしいのです。