035:硝子




彼が、小鳥を連れてきた。
羽を怪我してて、動けないところを猫に襲われそうになってて、
それで助けたのだそうだ。

その話を聞いて。
彼は『弱肉強食』という言葉が、嫌いなのだろうな、と思った。
その小鳥は、きれいなレモン・イエローの身体だった。
彼はそれを見て、どこか嬉しそうに、笑っていた。



次の日。
彼が、銀細工の籠を持ってきた。
部屋の中に籠も無しに居させるんじゃあ、可哀想だと思ったんだと、
彼は言った。
彼は、銀細工の籠に小鳥を入れた。
よくわからない材料で出来た餌をやって、嬉しそうに微笑んでいた。



次の次の日。
彼は、俺が話しかけても、あまり嬉しそうに返事をしてくれなかった。
どうしたんだ?
そう問いかけたら、
小鳥の羽の傷が深くて、治りそうに無いんだと言っていた。
俺の知らない間に、彼は小鳥と一緒に、獣医へ行ったのだそうだ。
この小鳥は、このままこの籠の中で死ぬしかないのかな、と、
彼は悲しそうに言った。

銀細工の籠の中で、きれいにさえずる小鳥を見て、
可哀想だな、と思った。



次の次の、次の日。
彼は、ほとんど一日中、自分の部屋にいた。
食事は、誰かが運んだ。
どうしたんだ?
そう問いかけたら、
小鳥は寿命が近いかもしれないから、ひとりにさせると可哀想だと言った。

それを聞いて。
俺は彼を、愚かだと思った。それと同時に、とても愛しい。



次の次の、次の次の日。
彼は、一日中、銀細工の籠の中の小鳥を見ていた。
運んだ食事も、半分しか食べなかった。
顔色が悪いぞ、と、そう言ったら、
僕はいいんだ、僕より小鳥の方が、弱いから、と、そんなことを言った。
ひどく悲しそうな顔で、彼は小鳥だけを見続けていた。
俺が話しかけても、返事はするけど、俺の方は見てくれなかった。
ずっと小鳥を見ていた。

それを見ていて。
俺は小鳥を、妬ましく思った。それでも、彼のことは、とても愛しい。狂おしいほどに。



次の次の、次の次の、次の日。
彼は、弱弱しくさえずる小鳥から、目を離さなかった。
運んだ食事は、一口も口にしなかった。
白い肌は、ここ何日かでより一層綺麗な白になった。
何か話しかけても、何も返してくれなかった。何も言わなかった。
時折小鳥に、助けてあげられない、ごめんな、と言っていた。
泣きそうな顔で、小鳥を見ていた。
泣いてはいなかった。

それを見つめて。
俺は小鳥が、羨ましかった。同時に、ひどく妬ましかった。
彼が俺を見てくれなくなったのは、
代わりに、その小鳥を見ているせいだった。
それだけは確信が持てた。
間違いない。



その日の夜。
俺は、満月が一番高く昇ったころに、彼の部屋を訪れた。
彼は、ひどく穏やかな寝息を立てていた。
横向きに寝ていた身体を、そっと仰向けにしてやった。
小さく漏れた声に誘われて、その唇に、軽くキスをした。
そして、小鳥を見た。
カーテンを閉め忘れた窓から、明るい月明かりが入ってきて、
銀細工の籠を、綺麗に照らす。
鍵はかかっていなかった。
かたん、と、小さな小さな音をたてて、扉を開けた。
ひどく優しくその中に手を入れると、
小鳥は、喜んで跳び乗った。

籠から出してやり、胸の高さのあたりまで、腕を持ち上げた。
小鳥は俺の手の上で、細かく跳ねている。
俺は自分が、微笑んでいるのがわかった。
そして。






次の次の、次の次の、次の次の日。
彼は、からになった銀細工の籠を見て、ひどく綺麗な表情をしていた。
元々綺麗な顔だと思っていたが、
あんなに綺麗な表情は、初めて見た。
彼を、愛しいと思った。
どうしたんだ?
そう問いかけたら、
誰かが、小鳥を殺したんだ、そう告げた。
見てみると、彼の部屋の床には、レモン・イエローの羽が散らばっていた。
ところどころ、どす黒い赤い色がついていた。
変な色の、ちぎれた内臓が、血塗れの胴体からはみ出していた。
彼は、言った。
誰が、小鳥を殺したんだろうと、ひどく綺麗な表情で言った。
その声は、震えていた。
彼を、愛しいと思った。狂おしいほどに。
あんな小さな生き物に、どうしてこんな綺麗な表情で同情できるのだろう。
今までにだって、戦いという名の殺し合いの中で、
あんな小さな生き物なんかより、もっと大変な生き物を殺したのだろうに。
彼は、ベッドに腰掛けた。
小鳥のなきがらを見て、ひどく綺麗な表情をしていた。
震えた声で、ごめん、と何度も謝っていた。



「…マルス、そんなに思いつめるなよ」
「…………」
「…今度は…、俺が、ずっと一緒にいるから」
「…………ロイ…、」



そう言って、彼の身体を抱き込んだ。
抱きしめた彼の身体は、思っていたよりもずっとずっと、頼り無げで細かった。
守ってあげようと思った。
それこそ、この綺麗な身体を、籠に入れて閉じ込めてしまいたいくらいに。


今度こそ、俺の腕の中で、俺だけを見て、綺麗な表情をする彼。
からになった銀細工の籠を見て、そっと口の端を上げた。



ガラスには、
透明で綺麗、綺麗で硬い、硬いのに割れやすく、割れたら身体を傷つける、でも綺麗、
…といったイメージがあります。雰囲気が微妙ですね…コレ。