034:シーソー
「…っあー、くっそ、また負けたー!!」
夕方近くのリビングに、悔しそうなロイの声が響く。
ロイは、自分の右腕を押さえて、テーブルの反対側に座って、
珍しく、ちょっぴり自信ありげに微笑んでいる、リンクを睨んでいた。
少し離れたソファーで、そんなロイを見ているマルスは、
何だか子犬みたいだな、と思っていたが、口には出さない。
がたんっ! とテーブルに両腕をついて立ち上がり、
ロイはびしっ、とリンクを指差した。
「お前っ、ずるいぞ! 剣も強いし背も高いし、力も強いなんてッ!」
「まあ、オレとお前じゃ場数が違うわけだしさ」
「俺だって、仲間内では、結構力強い方なんだぜー!?
腕相撲だって、どっちかってーと勝ちが多い方だしさー。
しかも、俺は利き腕なのに、お前は利き腕逆だしっ」
「オレだって、力にはそこそこ自信があるんだよ。
大丈夫だって、お前ももう少し身長が伸びれば、それなりに、」
「うぅるぅせぇーーー!! 悪かったな、小さくて!!」
別にそんなことは言っていないが。なのにリンクは、ごめんな、と苦笑した。
どうやらロイとリンクは先程まで、腕相撲をしていたらしい。
勝負は一回切りではなかったらしく、おそらく、三度も四度も続けられたのだろう。
結果はロイの全敗。左利きであるリンクが、右腕で挑んだにも関わらず、だ。
ロイが悔しがるのも無理は無いが、ロイとリンクでは体格差があるのだ。
結果に差が出るのは当然だが、そんな理由で全てを片づけられるほど、
ロイは大人ではなかった。
悔しそうに、乱暴に椅子に座ったロイは、わざとらしく背もたれに寄りかかる。
そして、離れた場所のソファーに座り、本を広げているマルスに目を向けて、
やや愚痴のように言った。というか、完璧に愚痴であるわけではあるが。
「ああもー、腹立つなー。
これで、リンクに勝てるっつったら、料理と裁縫くらいしかねーじゃねーか。
マルスには勝てるのにっ」
「……そりゃあ、お前なあ…。」
マルスには悪いけど、と、ぽつりと呟いて、リンクはマルスを見た。
見た目だけで既にマルスは非力だ。ともすれば少女のように、ほっそりとした身体。
以前、実際に勝負を挑んだことがあるらしいロイ曰く、
「マルスって、今の剣以外、ほとんどレイピアしか持ったことないらしいんだ」、
だそうだ。
……あまりにも弱くて、何でそんなに弱いのか、逆に訊ねてしまったらしい。
ちなみにレイピアとは、やたらと軽い細身の剣のことだ。
ロイが持ってきてくれたものを、リンクは試しに握ってみたことがあるが、
あまりにも軽いので、これで本当に武器になるのかと、驚いてしまった。
そんなわけで、レイピアより重いものをほぼ持ったことがないらしいマルスである。
さすがにそんな彼に、力比べで負けるわけにはいかないだろう。
マルスも自分の非力さは認めているらしく、言っても苦笑を返すだけだったが。
「リンクに勝てねーってことは、ダークにも勝てないだろーな、どーせ。
……あ、なあ、リンクとダークだと、どっちが強いんだ?」
「え? …さあなあ…。…身体的な能力に、差は無いんじゃないのか?」
一応、姿は多少なりとも異なるとはいえ、二人はまったく同じなのだ。
「…まあでも、オレ、ダークが剣握ってるの見たことないし、
もしかしたら…だけど、オレの方が、毎日の鍛錬分、強いのかもしれないな」
「…えーっ!! 何だよそれ、腹立つなー」
「…何がだ?」
「俺は今とりあえず、リンクを負かすような奴が欲しいんだよっ」
「………。」
それは、料理以外はわりと完璧を誇るリンクのプライド(?)を、
折ってやりたいということなのか。
まあ、そう思われるのもある意味美徳だと思おうと、
リンクはロイの少年らしい負け惜しみを、微笑ましい気持ちで見ていた。
そんな、時。
「…あっっ!!」
「え?」
ロイが再び、派手な音をたてて、椅子から立ち上がった。
キィ、と、リビングの扉を開けて、やってきた人物、一人。
「…おや。ずいぶん騒がしいと思ったら」
「父上!! ちょーど良かったッ!!」
エリウッド、だ。
「あ、エリウッドさん。こんにちは」
「やあ、マルス。こんにちは」
エリウッドが顔を見せた瞬間、ふんわりと子供みたいに微笑み、
マルスはやたらほわほわとした声で挨拶をした。
元より年上に弱い、プラス父か兄のようにエリウッドを慕っているマルスは、
エリウッドの前では、妙にしぐさが子供じみる。
ロイ的にそんなマルスは非常に気に喰わなかったが、とりあえず今は置いておいて。
「父上っ、お願いがあるんですっ」
「お願い? 可愛い息子の頼みならば、一応聞くだけ聞いてやるがな」
「聞くだけじゃなくて力も貸せ。リンクと腕相撲してください!」
「…え? オレ?」
一部始終を見ていたリンクは、いきなり話題が自分の方に降りかかってきて、
きょとん、と目を見開いた。
とはいえ、確かにロイの今の目的は、リンクを負かすことである。
偶然この場に現れたエリウッドを呼び止めたのも、その理由あってゆえだろう。
しかし。
しかし、だ。
「私が、か? …まあ、それくらいなら、別に構わないが…」
「………。」
リンクはエリウッドに目を向けた。
ロイはどうして、エリウッドに助っ人を頼んだのだろう。
リンク目から見て、エリウッドは、どちらかといえばマルスに近い体格である。
華奢、とまではいかないが、どう見ても優男風であるし、
嫌味なほど長い腕は、長袖の服の上から見ても、細め。
そういえば、ロイに稽古をつけている時に見せる剣の扱いだって、
ロイやリンクのように、その力で押す、というよりは、
マルスのように、身の軽さと相手の力を利用し、流すように斬る、という感じ。
とてもじゃないが、力があるようには見えなかった。
ほらじゃあやる気出してっ、と、自分が座っていた椅子にエリウッドを座らせるロイ。
リンクは未だ、怪訝そうにエリウッドを見ている。
…やはり弱そうだ。やっぱり優男だ。どうにもやる気が起きない。
そんなリンクの視線に気づいたのか、エリウッドは、にっこりと笑った。
そして。
「どちらの腕でやればいい? …お前の利き腕は、どちらだったかな」
「…オレですか? なら、左利きですけど」
「そうか。じゃあ、お前も私も左腕でやれば公平だな」
「………………。」
さらり、と何気なくされた気遣いらしいもの。リンクは一気に不愉快になった。
もともとリンクは、エリウッドが気に喰わない。
別に理由があるわけではない。ただ、何となく、性格的に合わないだけ。
ピカチュウが妙にエリウッドを評価しているのも、もしかしたら理由かもしれないが。
すごい人であるのはわかっている。自分だって評価している。
でも、気に喰わない。どうしても認めたくない。
それはリンクにしては珍しい、嫌い、という感情そのものだった。
そんな人物が、こちらに有利な条件を差し出してきたのである。
公平だ、などと嘘を言いながら。
そう。公平は嘘だ。全然公平ではない。だってエリウッドは右利きなのだから。
つまりこれは、子供扱い。 16歳の青年に対しての。
エリウッドの実年齢からすれば、自分はまだまだ子供であることくらい、
リンクはきちんと理解していたが、それよりも、嫌いという感情の方が上だった。
「(…なめられたのか、オレ…)」
考えれば考える程、腹が立ってきた。何だかいらいらする。
ピカチュウにこんなとこを見られれば、きっと、大人気ない、などと言われるに違いない。
大人気ないのもわかっている。けれどリンクは、それなりの自負も持ち合わせていた。
リンクだって、ロイと同じ、本来ならば、反抗期真っ盛りの青年なのだ。
「…じゃあ、お言葉に甘えて、左腕でやらせていただきます」
「ああ。私はそれで、構わない」
リンクの心情を知ってか知らずか、エリウッドはいつものように微笑む。
いらつきは、ますます増加した。
「はーい、それじゃ、手ぇ組んでー」
テーブルの向こう側から身体を乗り出し、ロイは二人を促す。
お手柔らかに、と微笑むエリウッドが差し出した手を軽く取って、
リンクは試合態勢に入った。
何気なく視線を辺りに流せば、興味津々でこちらを見ているマルスの姿。
絶対、勝ってやる。
心に残ったほんの少しの子供心の底から、本気でリンクはそう思った。
「勝負は一回なー、はい、それじゃー、レディー…」
肘をテーブルについて、リンクとエリウッドは、お互いの手を握りしめる。
その上に、軽く手を置くロイの声を、真剣に聞いた。合図を逃さないように。
そして。
「…GO!!」
ロイの声が、鋭く響いた。
ぐっ!! と、二人が腕に力を入れた、
瞬間 。
「 え…っ、」
本当に一瞬だった。
力を込めた腕。相手も同じ動作をとったのと、ほぼ同時。
気づいたら、手の甲が、テーブルについていた。
リンクの腕は、あっけなく、エリウッドの腕に押さえられて。
エリウッドの、勝ち、だ。
「…え、なっ…!?」
「私の勝ち、だな」
にっこり、とエリウッドは優しく微笑んで、するりと手を解いた。
リンクが呆気にとられて、自分の腕を見ている間に。
エリウッドは、大して疲れた様子を見せていない。
離れたところで見ていたマルスは、きらきらした目でエリウッドを見ていた。
それはちょうど、小さな子供が、父親に尊敬の眼差しを向けているのと同じ。
「…っな、何で…!」
「やーい、ひっかかったー!!」
自分の腕が、まるで他人の腕であるかのような視線を向ける。
リンクは本気だった。本当に本気で、力を入れた。
タイミングが悪かった、スタートが遅かった、そんなことは一切無かった。
ましてエリウッドが、フライングを図ったわけでもない。
そんなことをしていれば瞬殺である。…リンクが、エリウッドを、別の意味で。
つまり、本気の勝負で負けたのだ。それも、あんな、一瞬で。
どう見ても弱そうだと思った、あの腕に。
テーブルの向こう側では、ロイがやたらと自信あり気に、リンクを見ている。
「お前も見た目に騙されたんだろー、リンク!
父上はなっ、俺んトコじゃ、超怪力、で有名なんだぜ!!」
「 な、んだってっ…!!?」
がたんっ!! と椅子から立ち上がって、リンクはロイとエリウッドを交互に見た。
今はマルスと話をしているエリウッド。心底楽しそうなロイ。
リンクは、ロイに詰め寄る。
「お前っ、それ知っててわざとっ…!!」
「まさか、あんっな弱そうな見た目で、ふざけた馬鹿力なんて誰も思わないしな。
ヘクトル様とタメ張れるってんだから、昔、実際目で見た時は本っ当驚いたけど」
「何、卑怯だろそれ!! っていうかヘクトルって何だよ!!」
ロイの幼馴染の女の子のお父さんの名前だ。
「ああもう、今はそんなことどうでも…!!
っ、そんな馬鹿みたいな怪力なら、勝てるわけないだろ、最初っから!!」
「何だよ、だから仕掛けたに決まってるだろー!!
俺はとりあえず、リンクが負けるとこが見てみたかっ…、」
「エリウッドさんって、凄いんですね。驚きました」
不毛な言い争いを始めかけた、二人の耳に。
マルスの、やわらかい声が届いた。
「いいや、大したことは無いさ。まあ、人に驚かれるのも、悪くはないが。
なんなら、お前一人くらいなら、簡単に持ち上げられるが、やってみようか?」
「え…。…あ、あの、…えっと…」
思わず言い争いを止めたロイとリンクが、ふとそちらに目を向けると。
実に自然な手つきで、エリウッドが、マルスの腰に手を回していたりして。
ついで、ひょい、と、片腕一つで抱え上げていたりして 。
「落とすことも無いと思うが、掴まっていろよ」
「あ、はい…。…あの、重く…ないですか?」
「大丈夫だよ。むしろ、軽すぎて心配なくらいだ。
仕事も良いが、程ほどにな」
「……。…は、い…」
空いた片手が、マルスの頬をかすめ、横に流れる青い髪をかき上げる。
瞬間、火がついたように赤くなるマルスの顔を、
エリウッドは、実に楽しそうに見ている。
マルスの腕は、掴まっていろ、という言葉の通りにエリウッドの肩に寄りかかって、
何だかロイには、恋人同士のように見えてしまったらしく。
「あああああぁぁぁーーーーーっっ!!
おいこら、何やってんだそこーーーっっ!!」
「何って、報酬を貰おうと思ってな」
いけしゃあしゃあとそう言いのけ、エリウッドはマルスを抱き上げたまま、
くるり、と踵を返した。
マルスが慌てふためく中、その足はリビングの外に向かう。
「報酬って何だこらーっ!!」
「お前は私を働かせただろう? その報酬だよ」
「一人息子の頼みくらい、タダで聞いてくれてもいいだろ!!」
「世の中ギブアンドテイクだと、幼少時代から教えているだろう?
まさか私の教えを忘れたわけではあるまい、息子よ」
「…うっ……。」
ははははは、と爽やかに笑うエリウッド。
そんなことを子供の頃から教え込む父親も父親だと思うが。
すっかり忘れられているリンクは、もはや何も口を出すことはできず、ただ、
あれはどう見ても恋人というよりは親子だろう、と考えていた。
エリウッドは、ぽん、とロイの頭に手を置いて、言う。
「そんなわけで、マルスを一日借りていくよ」
「いいわけねーだろーがーっっ!! 頭に手をぽんと置くなあああぁぁっっ!!」
「何だったら、お前もついでに担ぎ上げてやるが?」
「16にもなる男が、お父さんの抱っこーv で喜ぶわけあるかー!!」
ごもっともである。
「別に喜べとは言っていないが…」
「揚げ足を取るな!! とにかくマルスを返せ!! マルスも何か言え!!」
「え…ええ? …ぼ、僕…? …べ、別に、困っては…ないけど…」
「ほら見ろ、マルスはお前より私が良いそうだ」
「誰もそんなことは言ってねぇだろーがああああぁぁーーー!!!」
既にノリだけでつっこんでいるようなロイは、ぜえはあと肩で息をしながら、
それでもしっかりとエリウッドを睨みつけた。
睨みつけられたエリウッドは、元気に育ったものだ、などということしか考えていない。
その余裕が余計にロイを怒らせるのだとも、多分、知っているだろうけど。
「では、夕食の時間までには戻ってくるから」
「なっ、ちょ、こら待てーっ!!」
エリウッドはひらり、と身を返して、あっという間にリビングから去っていく。
その途中で、まるで見せつけるかのように、マルスを横抱き、
いわゆるお姫さま抱っこ、のかたちに抱えなおしながら。
どこに行くのか知らないが、慌てて追いかけるロイがリビングから出ていけば、
その場にぽつん、と残されたのは、リンクだけだった。
「………。…何て、言うか…」
まるで、嵐のような出来事だった。
残されるのも無理は無いかもしれない。
残されないようなテンションを持つのも嫌だな、と思う。
誰もいないリビングで、こっそりと溜息をついて。
「…オレ、あの人に勝たなくて、良かったかもしれない…」
勝負事には、良い勝ち方と悪い勝ち方がある。
またそれと同じで、勝って良い人物と、負けて良い人物もいるのだ。
それとはまた少し意味合いが異なるのかもしれないが、
あんな得体の知れない人に勝てるというのも、問題があるような、
そんな気がした。
なんだか、情けない話でもあるけどな、と、
リンクは誰にも聞かれないような声で、ぽつり、と呟いた。
シーソーと腕相撲って似てると思うのです。圧倒的な方が勝つ。
いかにも力持ち、って感じのヘクトル様と、
エリウッドさんがおんなじくらい怪力だったりしたら、萌えませんか…? …私だけ?
好きなんですよ昔から、優男とかちびっことか儚げな娘が超怪力、っていうのが…。
しかも本人はそれをまったく特別と思ってない、というのが…。
前半から後半まで一括してノリだけで書いたので、とりあえずノリが伝われば。