033:十字架




「…そういえば、マルスの話ってあんまり、聞いたことないよな」
「…え?」

長いとは言えない期間の中、既に日課となりつつある手合いを終えた後、
リンクとマルスは二人で、これもやはり日課となっている、剣の手入れをしてた。
剣士にとって、剣は命と同じくらい、大事なものであると言える。
剣が無ければ命は守れないのだから、大事なのは当然なのだが。

微かに風がそよぐ庭で、二人は半ば向かい合うかたちで、座り込んでいる。
いつもならここにもう一人、ロイがいるのだが、
子リンクと一緒に、夕飯の買い物にでかけてしまった。

あの二人が一緒にいると考えると、何となく怖い気もするが。…何故か。

「僕の、話?」
「別に、話さなきゃいけないものじゃないけどな。
 お前のこととか、お前の“世界”のこととか、聞かないなと思って。
 ここに来る奴には、皆、何か理由があるみたいだからさ」
「………」

軽い気持ちで振った話題だったのだが、
マルスは何故か、リンクと、自分の剣とをじっと見て、黙り込んでしまった。

「……? マルス?」

それに気づいたリンクが、マルスに訊ねる。
何か、悪いことを言ってしまったのか、と思いながら。

「…理由、…か…、」

そんなリンクの心のうちには気づかない様子で、
マルスはふと呟いた。
マルスが沈黙を破ったことにとりあえず安心しながらも、リンクは、
彼が呟いた、『理由』という言葉が、心に引っ掛かって仕方が無い。

「…詳しいことは、あんまり話したくないけど」
「………」
「…世界を…、見てみたくて」

やがて、リンクの方は見ず、晴れ渡る空の遠くを見て話すマルスに、
リンクはじっと視線を向けた。
そのままマルスは、話し続ける。

「…僕は小さい頃は、城に閉じこもりっきりだったから。
 唯一太陽を見ることのできる場所は、城の中庭だったし」
「……そうか。…お前、王子様なんだっけ?」
「一応、そうらしい…。…だから昔から、外には憧れてた。
 …実際外に出てみれば、つらいことの連続だったけどな」
「……?」

不思議そうに、マルスを見つめるリンク。
マルスはそんなリンクを一瞬見て、
その、ロイ曰く「冷血無愛想」な顔そのままに、言った。

「僕が外に出れたのは、故郷が陥落した日が初めてだった」
「………」
「…いきなり、重い話だな、なんて思うか?」
「…そりゃあ、まあ」
「別にいいよ。…僕と中身は違っても、お前にだって、
 何か、どうにもならない理由があるんだろ?」
「………」

そんな気休め程度の言葉を貰っても、リンクにとっては、何の解決にもならない。
やはり悪いことを訊いてしまったみたいだ、と、リンクは少し視線を逸らす。

リンクのことを気にせず、マルスは、また続ける。

「…それから故郷を取り戻すまで、楽しいことが無かったわけじゃない…。
 …でもやっぱり、つらいことも、世界の裏の、汚いこともわかってきて、
 ………世界を見たい、なんて思ったことを、後悔した」

体躯と同じ、細身の剣の刃に、空と、藍い瞳が映った。
白銀の刃の上を、空と、雲が流れていく。

その声に惹かれたのか、またマルスを見つめていたリンクが、
ゆっくりと顔を上げた。

「…世界なんて、見なければ良かったって?」
「ああ」
「…じゃあどうして、ここに来ることを、承諾したんだ?」
「え? …ああ、」

剣を、鞘におさめた。
長い間、剣を握っているとは思えない、到底細い腕で。
話はもう終わりだ、とでも言うかのように、
リンクを置いて、すっと立ち上がる。

「…世界っていうのは、人でもあるだろう?
 世界は、人がいなければ、成り立たないから」
「…ああ、」
「世界はできれば、見たくない。
 …でも、それが人だと思えば、話は別だ。
 どこか、僕の“世界”と違う世界の人なら、
 僕とは違う生き方を、してるかと思って」
「……生き方?」

マルスを、見上げた。
マルスが、不相応な微笑みを、向けた。

「……僕は、人殺しだから」
「………!」

青い王子は、ふわりと微笑みを崩さないまま。

「…それは…。…仕方が無いって、皆が言うけど」
「………」
「…人を殺したことの無い人間が、どういう人間なのか、
 少し興味があったんだ。…それだけ」
「………」

踵を返して、マルスは、にこりと笑う。
その場に座ったまま、リンクはそれを、
何も言えず、ただ見つめていた。


その身体に背負った十字架がどれほどの重さなのか、少しも理解はできない。



不似合いなその微笑みに、惹かれるようになったのは、
   それから。



リンクは無理して頑張ってる人に弱いような気がします。
…暗い話だ…。