031:夢から覚めても




寒い日が続くようになった昼下がり、
思いがけない暖かな日は、何よりも嬉しいもの。


ロイは肩からマントを流したまま、長い廊下を歩いていた。
一番奥から二番目の、マルスの部屋を、真っ直ぐに目指す。
こんなに、暖かい日なのに。
こんなに、空が綺麗な日に。
外に出て、ひなたぼっこのひとつもしないなんて、
もったいなくて。

ゆっくり歩いていたはずの足は次第に早くなり、
仕舞いには、身体ごと走り始める。
その手を引いて、一緒に、外へ行きたい。

ろくな挨拶も、断りも無しに、ロイは、目指す扉をいきなり開けた。
マルス、と、はっきりと、呼んで。


だが、マルスの返事は、無い。

不思議に思い、奥まで歩きながら、部屋を見渡す。


すると、ふ、と、

「(……あ)」

ひとつ、姿が目に入った。

「(…寝てら…)」

窓にかぎりなく近いところに、イスを持って。
窓ガラスに頭をもたれて、マルスは、眠っていた。

彼もまた、この暖かい日が、嬉しかったらしい。


「(…どうしよ…、)」

確かに暖かい。
が、夜が近くなれば、その暖かさは、なくなってしまうだろう。
そうなれば、どうなるのか。
当然、夜の寒さによって、体調を悪くする。
身体がそんなに強いわけではない彼だから、間違いなかった。

寝るならせめて、ベッドで。
角度的に見て、ベッドにいたって、太陽の恩恵は受けられるだろうから。

「(……起こすかな)」

マルスを抱きかかえても良かった。
が、剣士という職業柄、他者の行動に敏感なマルスのことだ。
きっと、起きてしまうだろう。
なによりも、自分に抱きかかえられてる、という事実に対して、
彼が怒るであろうことは、明白だった。

結果が同じなのに、わざわざ、怒らせる方を取る人間なんていない。

「(…仕方ねーか…)」

ふぅ、と、ひとつ息を吐いた。
彼に、数歩、近づいた。


「………」


近くなって、あらためてわかる。
滅多に見せてくれることのない、貴重な寝顔。
無防備な危うさと、小さな幸せに満ちた幼い表情。
華奢な白い肌に落ちる、暗い青の前髪と、
閉じられた瞳の、長い睫毛。

「………っ、」


声をかけるのも。

手をふれるのも、ためらった。


「………」


小さな寝息が聞こえる。
そのゆるやかなリズムに合わせて、小さく上下する肩。
膝の上の赤い本に、そえられた細い、手。


「………」


ロイは肩から流したままだったマントを、ゆっくりと外した。
ふわりと広げて、彼を起こさないように、
ひどく注意深く、その身体を、包むようにかける。

「………これで、オッケー、と」

近くからイスを引っ張って、自分もそれに座った。
マルスの隣、寝息が聞こえるか、聞こえないかの距離。

「……幸せそう、だなー…」

目にかかっている前髪を、指でどけてやってから、
くすりと微笑み、目を細めて言う。



いつだって、こんな顔をしていればいいのに、と思う。
いつだって、何かを背負ってないで。
いつだって、どこだって、この人が幸せに眠れる場所。

そんな場所に、なれればと思う。

   君は今、どんな、夢を見てる?


「………」


小さな寝息が聞こえる。

できれば。
夢から覚めても、小さな幸せが、続きますように。



昼休み。
いそいそと数少ない日なたを陣取り、ぼけぇーとしてみました。幸せでした。
そういう経験が、どなただって一回くらいはあると思うのですが…
そんな気持ちを上手く表現できていればいいなぁ、なんて。