030:鉄
「…勇者?」
「え? …ああ、ダーク」
暗い森の中に擬態するような緑の服は、ダークリンクの目を誤らせはしなかった。
茂みの中に、隠れるようにうずくまっていたリンクを見つけ、
ダークリンクはそちらへ向かった。振るった剣を、鞘へと戻す。
リンクはダークリンクの一連の動作を、視線だけ向けて見ていたが、
彼がこちらへ向かってきているのを確認して、視線を落とした。
「…お前は、無事だったんだな」
「ああ… ……?」
リンクの目の前で、リンクの問いかけに頷くダークリンクは、
やや息を切らせているリンクを見て、ふ、と首を傾げた。
リンクの、頬。それから、肩。
真っ赤な血が、あざやかに色づき、にじんでいた。
「…怪我を、しているのか」
「ああ、…まあ、な。…ちょっと、油断したのかもな…」
自嘲気味に笑い、リンクは深く息を吐いた。
確かに、余程油断でもしていなければ、リンクはこんな怪我など作らないだろう。
とにかく、強い。それこそ鬼神のように、途方も無く。
それが、リンクの剣の特徴だったからだ。
ダークリンクは、真っ赤ににじんでいる血を、じっと見つめる。
頬から流れるそれはまだ、作ったばかりの傷であるようだった。
「…ダーク?」
「………」
自分を見つめているダークを不思議に思い、リンクは声をかけた。
瞬間。
「…っ!!? な、ダー…ク、」
「…… 」
ふわりと、リンクの頬に何か、やわらかいものが触れた。
隣には、ダークリンクがかがんでいる。
…触れたものは、ダークリンクのその、月のような銀髪。
それから、たぶん、舌先。
子猫がするように、軽く。
ダークリンクは、リンクの頬に流れる血を、舐めとった。
「………」
「………痛む、のか?」
あまりにもらしくない、ダークリンクの突発的な行動に、
リンクは思わず目をまるくする。
そんなリンクの青い瞳を真っ直ぐに見つめて、ダークリンクはぽつりと尋ねた。
静かな声。
剣を振るう時の、命をうばう時の激情など、まったく思い起こさせないような。
「…ああ、まあ」
対するリンクの方も、穏やかな声で、答えた。
剣を振るう時の、命をうばう時の激情など、まったく思い起こさせないような。
そんな、声。
ダークリンクは、遠い目をする。
「……血というものは、」
「……?」
「……不思議な味がするんだな…。」
「……。…そうか?」
「ああ。…俺は、こんなもの、知らない」
「……そう、だったのか?」
「………」
黙り込むダークリンク。リンクは彼の姿を、そっと覗いた。
黒い服のどこも、裂けてはいないし、真っ赤なのは瞳だけだった。
そういえばダークリンクが怪我をしたところを、
リンクは見たことがなかった。
…戦っている姿さえ、本当は、見たことがないくせに。
それとも。
それとも、本当は…。
「…魔物は、」
「……!」
「…血が流れてない、なんて、言うんじゃないだろうな?」
「……知らない…。…俺は、」
誰も、教えてはくれないから。
一体何を、ダークリンクが探しているのか、リンクにはわからない。
ただ少なくともリンクはこれまで、彼と過ごしてきた中で、
ダークリンクは、自分のことが嫌いなのではないだろうか、とは思っていた。
…自分の「心」から生まれたものに対して、思うことではなかったが。
魔物である、ということ。
人間ではない、ということ。
真っ赤な血は、人間の証明だと、そういうのだろうか。
戦いの中で無尽蔵に流れる命の色。
流れたそれは、命を失くした証だというのに。
「…ダーク、」
「?」
リンクはダークリンクの首に、腕を回す。
そして。
「……!」
引き寄せた勢いのまま、冷たい唇に、キスを、した。
ほんの少し開いていた唇に入り込んで、口のなかを犯すように、さぐる。
「…ふ、
……ぅんっ… …ッ!!」
意味なんかわかっていないかもしれないが、本能が嫌だと叫んだのか。
ダークリンクは反射的に、リンクの肩を押し返した。
がりっ、と嫌な音をたてて、二人の間に、距離ができる。
リンクが離れたのと同時に、ダークリンクは口を押さえた。
「…っ、」
口の中、舌の先がしびれるような感覚を覚えた。
不思議な味が、いっぱいに広がる。
それはさっきの、
命の証明。…血の、味だった。
「…その血は、お前の血だろ」
「……え…、」
押し返された肩を手ではたいて、体勢を立て直したリンクは、さらりと言う。
「…痛かったか?」
「……」
「悪かったな。…まあでも、そのくらいじゃあ死なないだろうしな」
「……。」
どうやら先程の嫌な音は、リンクが、ダークリンクの舌の先に歯を立てた音だったようだ。
傷ついたそこから流れたのは、赤い色。
広がったのは、血のにおい、不思議な味。
口を覆った手は、ほんの少し、赤で汚れていた。
こんなことをしでかしておいて、リンクは、
まるで何事も無かったかのように振舞っている。
「…お前が、人間でありたい、って言うんなら。
証明できるのは、その血の味だけだ。
望むなら、傷つけることくらい、いつだってできるけど」
苦いような、冷たい、鉄の味。
まぎれもない、命の証明。
「お前は、オレの心、なんだろ?」
「………」
「だから、」
違わない。
でも同じでもない。
それは、
確かに、
彼らの望んだ …
二人の、たった一つの共通点だった。
「お前が、人間じゃなくても、魔物でも。
それでも、……オレは、」
「………」
理解なんて、していないかもしれない。
ダークリンクは、壊れた心が、かたちになって現れたものだから。
彼を、少しだけ大切に思うことで、
壊した心への償いになるなんて、思ってはいなかったが。
「……その…。」
「………」
肝心なところで照れてしまったらしい、リンクはふい、と顔をそらす。
…当然だ。普段はそれこそ、今にも剣を抜きそうなくらいの、
険悪な雰囲気を共有し続けてきた二人なのだから。
なんとなく、優しくしなくてもいい相手だったから、一緒にいることは多かったが、
だからといって今更、気づかいの言葉をかけるなんて、
照れるというか、気恥ずかしくて仕方が無い。
逡巡している、リンクの、傷のついた頬。
ダークリンクは、急に、手を伸ばす。
「…っ!?」
「…勇者。…お前、は…、」
触れられたところが熱を帯びた気がして、
リンクは慌てて、ダークリンクの手を押し返した。
真っ赤な瞳は、リンクの青い瞳を、
真っ直ぐに、見つめてくる。
二人、まったく対照的な二人。
なのにどうして、同じ命を共有しているのだろう。
まるで不思議な立場だった。
「……痛かった…のか?」
「……。…別に…。…お前に話すようなことじゃないよ」
「………」
「……なあ、ダーク。…今更なんだけど、お前ってさ」
瞳を、見つめ返して。
「………赤いんだな。瞳。」
自分が傷つけた唇に、もう一度、触れるだけのキスをした。
開かれる、瞳。命の色。
どれだけ傷つけても、同じ命を共有していても、壊れた心の証でも、
今、目の前に、こうしていることに、変わりはない。
そう。
大事なことは、それだけだ。
命の色をかくした瞼に口づけて、
リンクはほんの少し、困ったように、苦笑した。
鉄は血の成分です。赤い血は人間にとって、命の証明です。
テーマが複雑で内容がえらいことになってしまいましたが、とりあえず、
何やってんだ青少年、と自分では突っ込んでおきます。
ロイマルでだって滅多にやらないことをアナタそんな、と(笑)。
なんとなくダークさんに血を通わせてしまいましたが、
無ければ無いでまた話が書けそうと思います。