029:100円
お人好しで、なんとなく苦労を背負いがちで、確かに剣の腕は他に類を見ない程立つが、
なんとなく、なんとなくだが、…情けない。
しかし皆、そんな苦労人を、すごい、すごいと評価するのだ。
確かに剣はおそろしく強い。
そして料理は壊滅的に下手。
しかしどうしても、理解ができなかったのだ。
リンクという一人の勇者の、 どの辺が、『すごい』のか。
******
「……はあ……、」
ロイは後ろ髪を掻きながら、大きな溜息をついた。
その顔には、どこかやりきれない、煮え切らない気持ちが浮かんでいる。
リビングから廊下を、玄関に向かって歩きながら、
ロイは再び、大きな溜息をついた。
「何、溜息なんかついてんだよ」
「……リンク」
ロイが玄関先に到着したのとほぼ同時に、玄関の扉が開いた。
そこから入って来た買い物当番 リンクに溜息を聞かれてしまったらしい、
ロイはどこかうんざりとした目つきで、リンクを見た。
リンクは軽く笑いながら、両手の買い物袋を、廊下に置いている。
そんな朗らかな笑みで、ロイの感情も、少しくらいはおさまってくれたらしい。
「……ピカチュウに、いじめられた」
「は?」
ロイが視線をどこかにやりながら、居心地悪そうに話し始める。
リンクが怪訝そうな顔で、ロイを見た。
「いじめられた? お前が?」
「…いじめられたっつーか、何つーか」
「何適当なこと言ってるの、ロイさん」
「!」
突然、ロイの真後ろから、幼い声が聞こえた。
二人の会話に割って入ったのは、 話の中心である、
ピカチュウだった。
ロイの身体、そして表情が、思いっきり強張った。
リンクの視線は既に、ロイの後ろ、ピカチュウに移っている。
「ただいま、ピカチュウ」
「おかえり、リンク」
しかもマイペース。
「…で? ロイがどうしたって?」
「んー、僕は別に…何も……」
「嘘だっ、なあリンクこいつひっでーんだぜっっ!!」
「あれはロイさんが悪いんでしょう」
食ってかかるロイをさらりと流して、ピカチュウはロイをじっと見上げた。
ちょっと不満そうな顔だ。
話がまったく見えないリンクは、二人をまあまあ、となだめながら、
事情を訊く。
ロイとピカチュウが顔を見合わせる。
…ロイの視線が、思いっきり遠くに飛んだ。
そんなロイの行動だけで、やはりというか何というか、ロイが全般的に悪いのだと、
悟る。
「僕は、マルスさんに助けてって言われたから、助けただけだもん」
「…『助けて』?」
「真昼間から夜這い仕掛けられてた」
「………………」
個人的な事の重大さを理解し、リンクは思わず固まりかける。
「…あ、昼だから夜這いじゃないな。昼這い?」
当のピカチュウは、のんびりとこんなことを言っているが。
「……だからってなぁッ…」
ロイがピカチュウの首の後ろを、がっと引っ掴み、顔の前まで引き寄せた。
驚いたピカチュウが宙で、じたばたと暴れだす。
「わっ、ちょ、何するのロイさんーっ」
「いきなり雷してくるこたーねーだろーがっっ!!
大変だったんだぞこっちは!!」
「だって助けてって言われたんだもん!!」
「助けるにも程があるだろ、程が!!
つうかあの場は助けなくてもいいんだよ!!」
「やるなら夜にやってよ!!」
「夜まで我慢できそーになかったからやってたんだろっ!!」
あんまりこの場この時間にやるようなものじゃない言い合いが、
リンクの目の前で、延々と行われる。
普段こういう言い合いを滅多にしないピカチュウが相手だからこそ、
この言い合いは、…誰かが止めなければ、終わりそうにはなかった。
リンクが、はあ、と溜息をつく。
両手でピカチュウの身体を、包むように抱えて。
「…いいから、その会話今やるな…」
「だって、ロイさんが〜っ…」
ロイからピカチュウをひったくったリンクは、
なんだか不満そうなピカチュウを見て、再び溜息をついた。
差し出された腕を伝って、リンクの頭の上にすがるように引っつくピカチュウの頭を、
リンクはなだめるように撫でてやる。
その正面ではロイが、やはり不満そうな顔で、リンクとピカチュウを見ていた。
苦労性故と言うか、何と言うか、
…やはり、リンクには放っておけなかった。
「…ロイ。お前が悪い」
「えー」
「えー、じゃない。…マルスの迷惑も考えろって」
「……う…。…わ、…わかってるよっ」
「それからピカチュウも。…いくらロイでも、雷は死ぬぞ?」
「……。…リンクが言うなら、そうする」
「良し。…ほら、二人とも。あやまれよ」
にっこり笑って、リンクは二人を促した。
リンクは更に、ピカチュウを、廊下に下ろしてやる。
ロイとピカチュウが、互いを見合い、
そして、
「……ごめん、なさい」
「…悪かったよ」
ピカチュウはぺこん、と頭を下げて、
ロイはちょっと視線を逸らしながら、
言った。
リンクが、満足げに、また笑う。
「ん。それでいい」
「………こんなことで、あやまれって言う奴も珍しいよなぁ」
「こんなことでも、何でもだよ。
…もしこれで何か、お前らの仲が悪くなったりしたら、
お前ら自身も、皆も、嫌だろ?」
「……そりゃあ…」
そうだけど、と、ロイは、小さな声で続けた。
そして、リンクを、ちらっと見る。
それに気づいたらしい、リンクがロイを、微笑んだまま、見返した。
「? どうした?」
「……いや、」
ロイが、なんとなく、なんとなくだけれど、悟る。
この、どうしようもないお人好し勇者が、
『すごい』と評価される、理由が。
「…リンクは、すごいな」
「は?」
「…何でもねーよ」
リンクが笑っているのを見て、何だか色んなことが、どうでもよくなってしまって、
ロイはいつもの、子供らしい、快活な笑顔を見せた。
いきなり笑い出したロイにちょっと驚きつつも、リンクは、
その事実が単純に嬉しいらしい、また微笑んだ。
そして、ロイの背中を軽く叩く。
「ロイ」
「ん?」
「…もう一人、ちゃんとあやまってこいよ」
「……。…あー…」
ピカチュウ曰く「昼這い」を仕掛けた、その相手に。
「……わかった」
「そんな顔しなくても、あやまればわかってくれるよ」
「……だといーけどっ」
ロイは軽く笑うと、リンクに背中を向けて、再び歩き出した。
もちろんちゃんと、マルスに、あやまりにいくために。
背中の向こうに、ロイは、リンクとピカチュウの声を聞く。
まだどこか不機嫌そうな、ピカチュウの声。
「そんなに怒るなって。…ああ、そうだ」
「? なぁに?」
がさがさと、ビニール製の袋を漁る音が聞こえて、ロイは思わず立ち止まった。
忘れていたが、リンクは買い物から帰ってきたばかりだ。
何が始まるのか気になって、ロイはそっと後ろを向く。
「これ」
「………」
リンクの左手に、何か 真っ赤なりんごが一つ、のっていた。
ピカチュウに向けて、にっこり笑っていた。
ピカチュウが、ぴた、と動きを止め、
…そのりんごに、じっと見入る。
「……リンク、…これ…」
「おいしそうなりんごがあったから。買ってきたんだ」
「……くれるの?」
「だってお前、りんご、好きだろ?」
「……うん」
「ほら」
「………」
よーく、よーく目をこらして見てみると、
……ピカチュウのしっぽが、ぱたぱた揺れていたりとか。
「…くれるの? くれるの?」
「お前にやる為に買ってきたんだからさ。やるってば」
「…わー…」
小さな両手で、ピカチュウがリンクの手から、りんごを受け取る。
目をきらきらと輝かせて、何だかとっても嬉しそう。
「……ありがとうー」
「どうしたしまして」
にっこり笑って言ったピカチュウの頭を、
リンクはごく自然に、優しく撫でてやる。
…以上一連の流れを、ロイは少し離れたところで、
「………………」
何か信じられないようなものを見たかのような目で、唖然と見つめていた。
「………………」
なんとなくじゃない、今度こそ、はっきりとわかる。
あの、どうしようもないお人好し勇者が、
『すごい』と評価される、理由が、
…はっきりと!!!
「……やっぱり、…うん」
階段を、ゆっくり、ゆっくりと上がっていく。
「……リンクは、…すごいよ…」
あのピカチュウの機嫌を、あんなにあっさりと回復できるだけで、
それもまったくの無意識で。
それだけで彼は、…すごい。
「………さっさと、あやまりに行こー…」
その場から立ち去るように、
ロイは階段を、上がっていく。
そこから少し離れたところで、ピカチュウは、
嬉しそうにりんごを食べていたとか。
100円の価値。
盛り上がりませんでした…
よくわからない話で申し訳ございませんです…