027:松葉杖
「リンクー」
夕焼けに赤く染まった部屋。
あかりをつけずにいれば、知らない間に部屋は暗くなっていた。
夕焼けが闇夜に変わる独特の色を窓枠の外に見ながら、
部屋の主は頬杖をついて、ただひたすらうわのそらだった。
「リンクー」
「………」
白い小さな星。静かな空。
部屋は屋敷の4階、窓は庭を向いているので、
庭の様子がよく見える。
さして興味も無さそうに、青い色の視線は、ただずっと庭にそそがれていた。
そんな、部屋の主の、名前を。
「…リンク? 聞こえてない? 実はリンクそっくりの人形じゃないよね?
聞こえてないなら10まんボルトであなたを呼ぶけど、それでもいいね?」
「!!!
えっ、あっ、………………ピカ、チュウ?」
「うん」
呼び続けていた、でんきねずみが一匹。
ようやく反応を返したリンクの間抜けそうな顔を見上げて、
ピカチュウは頬のでんきぶくろを、ぱりぱりと鳴らした。
そして、困ったように、一言。
「もう充電しちゃったんだけど。…うーん。
…まあいっか。せっかくだから溜めとこう」
「………。
…あの、…ごめん。…ぼーっとしてた…」
「うん、まあ、それくらい、見てればわかるけど」
フォローするでもなし、相変わらず言いたいことはきっちり言うピカチュウ。
悪意は無いその言葉に勝手にとげを感じつつ、リンクは苦笑した。
それは、リンクの、いつも通りの顔だ。
何があっても、ちょっと困ったように、笑っている。
そんな顔の、リンクに。
ピカチュウもまた、いつも通りに、淡々と、尋ねた。
「で。
お庭に、何か、あったの?」
「………いや…。」
ふ、とピカチュウから視線をそらして、リンクは言い淀む。
そして。
「………いいか、お前に隠しても、どうせばれるし。
………あそこ、」
「………」
リンクが示した視線の先。窓際に跳ねて寄って、ピカチュウは窓を覗く。
庭の隅の、四角い花壇。
ふたり楽しそうに笑って花に水をやっている、
ロイと、マルスが、いた。
それは、いつも。
リンクが、さりげなく、追いかけて。
ただ、見守っている、
いつもの風景だ。
「………。」
「…あの二人が、お互いどれだけ大切かって、わかってるし。
…オレは、あいつが…笑ってれば、それでいいんだけど」
窓の外の、いつもの風景をじっと見つめているピカチュウから視線を外して、
リンクはぽつり、ぽつりと言う。
誰かが拾わなければ、この夕焼けにとけて消えてしまいそうな声。
金色の髪が、赤い光をあびて、きらきら光る。
その色に、ピカチュウは目を向ける。
「ただやっぱり、その…。…まあ、妬ける…よな。
…たまには…さ。…ああ、ごめんな。くだらない話して」
「……別に。…そんなの、いいけど…」
そんな話をしている時でも、リンクは、
いつものように、ちょっと困ったように、笑っていた。
「…リンクって。
…こーいうときは、ちっとも表情無いよねえ」
「……え?」
それを見て、ピカチュウはひっそりと呟く。
耳に留めたリンクは、やっぱり微笑んだまま。
静かな夕焼けの部屋。
部屋の主が一人と、小さないきものが一匹。
「表情無い、って。別に、ダークじゃあるまいし」
「そっくりだよ。
だって、」
だって。
幼い少年のような声には、ほんの少しの悲しみを秘めて。
「あなたは、自分が悲しい話をするときも。
いつも、少し困ったみたいに、笑っているから」
「………」
リンクの小さな親友が、静かに、でもきっぱり言った、その事実は。
自覚の無かった、自分の真実だった。
本当に、よく見ている。
この小さないきものは、自分を、そして、まわりのことを。
何が楽しくて、何が悲しいのか、知っている。
きっと、何が本当で、何が本当でないのかも。
「ダークさんの場合は、それが笑っても怒ってもいないだけで、
マルスさんも、そうだったのかな。少なくとも、ここに来たころは。
リンクは、そうやって、隠しているんだね。わかったよ」
表情に出せば、悲しんでいるのがわかるかもしれないから。
声に出せば、恨み言が出てくるかもしれないから。
少なくとも、こんなふうに笑っていれば。
誰も傷つけずに済む。何もかも隠して、笑っていれば。
そう思っていた。
今こうして、ピカチュウに言われるまでは。
「…ピカチュウ…、」
「………」
リンクもようやく気づく。
隠すことで、傷つくものがいたこと。
少なくとも目の前のピカチュウは、良くは思っていないだろう。
ピカチュウはまるで、子供のような顔をしていたから。
何を、言えばいいのか。
迷っていたところに、ふと、ピカチュウが言った。
「 別に。どうでもいいことだし。
ロイさんとマルスさんのことは、どうにもならないし。
リンクがそれでいいなら、僕もそれでいいよ。
それしかないとも、思っているから。
ただ 」
今更だけどね、と。
ピカチュウは、軽い調子で、
「…僕は、それでも。
…やっぱり、リンクのことを、好きだけれど」
「………………」
こんなことを、のたまった。
「………え…っと…」
「………」
「………もしかして、…慰めてくれてる… …のか?」
「…べっつにー。」
言いたいことをきっぱりと言う、ピカチュウは。
こんなときばかり、別に、と言って誤魔化した。
ピカチュウの言う「無表情」を崩して、リンクは目をまるくする。
そして、
「………ピカチュウらしいな。」
ふ、と、笑った。
「…うん。…ありがとな」
「………」
「大丈夫だよ。…こういうの、慣れてるし」
「…慣れてちゃいけないんじゃない? こういうの。
…っていうか、慣れてるって…」
リンクは自分の“世界”で勇者だったと聞いたが、
気持ちを隠し、抑えるのに慣れてるなんて、一体どんな勇者だったんだ。
…とはピカチュウはもちろん言わなかった。
その代わりに、リンクは。
窓際で、真っ赤な光をあびているピカチュウの頭を、
ふわふわ撫でてやる。
くすぐったいのかびっくりしたのか、わ、と小さな声をあげた親友に、
にっこりと笑いかけて。
「それに、お前が、近くにいてくれるんだからな」
「………。
…まーね。」
そんなことを、さらりと言った。
余りにもさらりと言われたので、こだわった返事もできず、
ピカチュウもただ、さらりと流す。
窓の外。
楽しそうに笑っている、ロイと、マルスが、いる。
今はジョウロを片づけて、屋敷の中に帰っていくところだった。
マルスがこちらに気づいて、ふわり、と笑って、手を振ってくる。
思わず手を振り返してしまう、そんなしぐさ。
やがて彼が、屋敷の中に帰った後で。
リンクはやっぱり、ちょっと困ったように、笑った。
そしてピカチュウの方を向く。
ピカチュウの知っている、リンクの顔で。
「で、ピカチュウ。
お前、何の用だったんだ?」
「え? ああ、うん。夕飯」
「夕飯? 早いな」
「カービィが、おなか空いたって聞かなくて。
フォックスさんが、早めに作ってくれたんだ」
「へえ。そうか。…じゃあ、行こうか」
「うん」
窓の外の風景に背中を向けたリンクは、ひょい、と自然に右腕を伸ばす。
その右腕に飛び乗って、ピカチュウはそのままリンクの頭に乗った。
いつもの風景。
いつも一番近くで、いちばん隠したいところをわかってくれる。
「 あ、遅いぞリンク、ピカチュウ。
お前らいっつも一緒だよなー、それにしても」
「あのな。お前だっていつも、しつこいほどマルスと一緒だろ」
リビングについて早々、そんなことを言ってきたロイに、
少し呆れたように返事をする。
ロイの隣で、青い髪を揺らせながら、マルスが笑っている。
そして頭の上には。
すっかりその重さにも慣れてしまった、小さな親友が、いる。
何だか途中でテーマが二転三転してしまいましたが、
折れた時に支えてくれる、がテーマです。松葉杖。
でもよく考えたら松葉杖って支えるというか歩くのを助ける、では。
まあそれでもいいか。