026:何をしてるの?




初代ポケモンをプレイ済みの方はご存知の通り、
ポケモンの世界には「ゆうれい」がいます。
シルフスコープなしでポケモンタワーに乗り込むともれなく会えます。

そんなわけで。




   ******



「………」

かわいらしい大きな瞳を、更に大きく開いて、
ピカチュウはじっと、「上」を見つめた。
広がる草原。
境界線から上に、青空。
それは、はたから見たら、空を見ているように見えたかもしれない。

びっくり顔のピカチュウは、無意識に息も詰める。

やがて、

「……ひさしぶり…、」

こう、ぽつりと呟いた。
気配が動いたような気がした。

空に話しかけるように、ピカチュウは更に呟く。

「…どうして、そこにいるの?
 …僕の声は、聞こえている?」

静かな声。

ピカチュウが、くす、と笑った。

「…うん。
 …やっぱり、君が、現実だよねぇ。…噂は、本当だったんだ」

自分の“世界”で、耳にした噂。
ピカチュウ自身は、信じてるわけでも、信じてないわけでもなかった。
今だって、現実を目にしても、
完全に信じてるわけじゃない。

失くしたものが、帰ってくるなんて。

…都合が良すぎるから。

「何をしてるの?」

風に問いかけるように、ピカチュウは呟く。
その顔は、ひどく穏やかで、
少し寂しそうに見えたのは、気のせいだっただろうか。

気配が、動く。

ピカチュウが、また、笑った。

「……見ていたの? …うん、バカだよねぇ、僕。
 …色々あったんだよ。…取り返しのつかないことも…、」

あのときより、少しくらいは、強くなって。
あのころより、少しくらいは、大人になる。

「…ごめんね、」

少し、泣きそうに見えた。

「…ごめんね。
 …僕が、こんなふうだったから…。君が、そこにいるんだよね…。」

気配が動く。

悲しそうに笑って、それでもピカチュウは、視線をはずそうとはしない。
じっと、まっすぐ、「上」だけを見つめる。
空を見るように、風を感じているように、見えたかもしれない。

「…ねえ、でも、さ。
 …僕、もう、大丈夫だから!」

精一杯の、笑顔で。

「君ももう、ちゃんと、かえった方がいいよ。
 でないと、僕が、君を見つけられないでしょう?」

はっきりと言う。
気配が動く。

「…ね。」

目を細めて、精一杯の心づかいで呟いた。

風が、ざあ、と吹いて、



気配が、消えた。




「………」
「…ピカチュウ?」
「!」

ふいに、後ろから声をかけられて、ピカチュウは振り向いた。

「リンク。買い物は終わり?」
「ああ、これで最後だけど…」

緑の帽子、緑の服。
金色の髪が、風に舞っている。
腕の中の紙袋から、果物が覗く。
澄んだ青い瞳。

いつもの景色が、そこにあった。

「だけど?」
「…いや…、」

きょとん、と、かわいらしい大きな瞳を、更に大きく開いて、
ピカチュウはこくん、と小首を傾げた。
リンクは、辺りをゆっくりと見回す。何かを探すように。
だけど、リンクが見回した先には、
風のざわつく緑の草原と、境界線から上に、青空しかなかった。

「何、してたんだ?」
「…え?」
「誰かと、話してただろ」

でも、誰も、いないから。

リンクが、不思議そうに呟いた。

「………、」

怪訝そうに、まだ遠くの方を見渡しているリンクを見上げて、
ピカチュウは、ふ、と笑う。

「…友達。」
「え?」
「友達と話してたんだ。…もう、かえったよ」
「…友達…、」

嬉しそうに見えた。
だけど、少し、寂しそうに見えた。

リンクの手が、ピカチュウの頭に伸びる。
あたたかい指先が触れて、優しく、頭を撫でられた。
ピカチュウの好きな、大きな手で。

にっこりと微笑んだ。

「そっか。…楽しかったか?」
「うん。あ、でもねぇ、」
「ん?」
「もう会えないって思うと、ちょっと寂しかったかも」
「…そっか」

リンクが、ピカチュウを抱き上げる。
やがてピカチュウは、いつものとおり、リンクの、頭の上へ。
空が近くなる。

「帰ろうか?」
「うん」

いつものとおりの歩幅で、リンクは歩き出した。
ピカチュウが、紙袋の中のりんごを、ひとつ、譲ってもらう。

一人と一匹が去った後、草原には、
風が吹くだけ。



ちょっとパラレルっぽい感じで。
何だか変な話ですね。
何かを言いたくて現れるんですよね多分、いいことか悪いことかはともかくとして。