026:何をしてるの?
初代ポケモンをプレイ済みの方はご存知の通り、
ポケモンの世界には「ゆうれい」がいます。
シルフスコープなしでポケモンタワーに乗り込むともれなく会えます。
そんなわけで。
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「………」
かわいらしい大きな瞳を、更に大きく開いて、
ピカチュウはじっと、「上」を見つめた。
広がる草原。
境界線から上に、青空。
それは、はたから見たら、空を見ているように見えたかもしれない。
びっくり顔のピカチュウは、無意識に息も詰める。
やがて、
「……ひさしぶり…、」
こう、ぽつりと呟いた。
気配が動いたような気がした。
空に話しかけるように、ピカチュウは更に呟く。
「…どうして、そこにいるの?
…僕の声は、聞こえている?」
静かな声。
ピカチュウが、くす、と笑った。
「…うん。
…やっぱり、君が、現実だよねぇ。…噂は、本当だったんだ」
自分の“世界”で、耳にした噂。
ピカチュウ自身は、信じてるわけでも、信じてないわけでもなかった。
今だって、現実を目にしても、
完全に信じてるわけじゃない。
失くしたものが、帰ってくるなんて。
…都合が良すぎるから。
「何をしてるの?」
風に問いかけるように、ピカチュウは呟く。
その顔は、ひどく穏やかで、
少し寂しそうに見えたのは、気のせいだっただろうか。
気配が、動く。
ピカチュウが、また、笑った。
「……見ていたの? …うん、バカだよねぇ、僕。
…色々あったんだよ。…取り返しのつかないことも…、」
あのときより、少しくらいは、強くなって。
あのころより、少しくらいは、大人になる。
「…ごめんね、」
少し、泣きそうに見えた。
「…ごめんね。
…僕が、こんなふうだったから…。君が、そこにいるんだよね…。」
気配が動く。
悲しそうに笑って、それでもピカチュウは、視線をはずそうとはしない。
じっと、まっすぐ、「上」だけを見つめる。
空を見るように、風を感じているように、見えたかもしれない。
「…ねえ、でも、さ。
…僕、もう、大丈夫だから!」
精一杯の、笑顔で。
「君ももう、ちゃんと、かえった方がいいよ。
でないと、僕が、君を見つけられないでしょう?」
はっきりと言う。
気配が動く。
「…ね。」
目を細めて、精一杯の心づかいで呟いた。
風が、ざあ、と吹いて、
気配が、消えた。
「………」
「…ピカチュウ?」
「!」
ふいに、後ろから声をかけられて、ピカチュウは振り向いた。
「リンク。買い物は終わり?」
「ああ、これで最後だけど…」
緑の帽子、緑の服。
金色の髪が、風に舞っている。
腕の中の紙袋から、果物が覗く。
澄んだ青い瞳。
いつもの景色が、そこにあった。
「だけど?」
「…いや…、」
きょとん、と、かわいらしい大きな瞳を、更に大きく開いて、
ピカチュウはこくん、と小首を傾げた。
リンクは、辺りをゆっくりと見回す。何かを探すように。
だけど、リンクが見回した先には、
風のざわつく緑の草原と、境界線から上に、青空しかなかった。
「何、してたんだ?」
「…え?」
「誰かと、話してただろ」
でも、誰も、いないから。
リンクが、不思議そうに呟いた。
「………、」
怪訝そうに、まだ遠くの方を見渡しているリンクを見上げて、
ピカチュウは、ふ、と笑う。
「…友達。」
「え?」
「友達と話してたんだ。…もう、かえったよ」
「…友達…、」
嬉しそうに見えた。
だけど、少し、寂しそうに見えた。
リンクの手が、ピカチュウの頭に伸びる。
あたたかい指先が触れて、優しく、頭を撫でられた。
ピカチュウの好きな、大きな手で。
にっこりと微笑んだ。
「そっか。…楽しかったか?」
「うん。あ、でもねぇ、」
「ん?」
「もう会えないって思うと、ちょっと寂しかったかも」
「…そっか」
リンクが、ピカチュウを抱き上げる。
やがてピカチュウは、いつものとおり、リンクの、頭の上へ。
空が近くなる。
「帰ろうか?」
「うん」
いつものとおりの歩幅で、リンクは歩き出した。
ピカチュウが、紙袋の中のりんごを、ひとつ、譲ってもらう。
一人と一匹が去った後、草原には、
風が吹くだけ。
ちょっとパラレルっぽい感じで。
何だか変な話ですね。
何かを言いたくて現れるんですよね多分、いいことか悪いことかはともかくとして。