024:くだらない




あまりにありがちな理由だから、思わず笑みが零れてしまう。
左手を頭上に掲げて、少年は、ひとりごちた。



彼が、大切だった。
一目見たときから、その儚さに惹かれた。
やわらかい声、あまりにも頼り無げな薄い身体、色素。
庇護欲を誘うには充分だった、その存在。

この腕で抱いて、唇を重ねあった。
名前を呼び合って、   彼は自分の右手と声は、好きだなんて言ってた。



 「右手?」
 「ああ、……何て言うか、結構大きいよな、お前の手…少し意外なんだけど…」
 「…それって何、俺の背低いことバカにしてる?」
 「…違うよ、そうじゃなくて。ただ…」

彼が笑うのが大好きだ。
やわらかい声で名前を呼ばれるのが大好きだ。
彼が微笑むのが大好きだ。
彼が何か言うのが大好きだ。

そう、彼が。

彼が前髪を気にする仕草も、
彼が本を読む時の顔も、
彼がケーキを食べる様子も、
彼が静かに眠るところも、

彼が笑うのが、
彼が怒るのが、
彼が驚くのが、
彼が歩くのが、
彼が眠るのが、
彼が思うのが、

彼が、
彼が、
彼が、
彼が、ただ。


 「…ロイが、好きだってことだよ。…ロイ」

その可愛らしい顔も、
その愛しすぎるコトバだって、
どうして愛せずにいられる?





人間には独占欲という破壊衝動があり、
普通の人間じゃあ、それを実行できないらしい。


「……“あっけないもの”、だよな…」

掲げた手を見つめ、ぽつりと呟く。
その目の前には、青い髪と、藍い瞳の、愛しい恋人が。

好きだと言ってくれた。
自分も、彼が大好きだ。


         好きだよ

「……こんな、一瞬だなんて。何油断、してるんだよ…?」

右手で握り締めていた剣を、床に落とした。
からん、と乾いた音をたてた。

「……あんた、俺より強かったのにな…。…負けてくれたのか?」



         好きだよ

「……どうして…、…こんな」

無愛想な床の上で、静かに眠っている。
背中が冷たくはないだろうか   汚れた手で、身体を抱き起こした。

聖者のように、胸の辺りで両手を重ねているのは、
眠った彼があまりにも綺麗だったから。
いつだったか、彼を綺麗だと思った時、
彼の死に様はどれほど美しいものだろうかと思った。

見れる時が訪れるなんて、思ってはいなかった。

         好きだよ


自分にも、こんな名前の気持ちがあったのかと   正直に驚く。

「…ああ、そっか…」

         好きだよ
         好きだよ、

「………そうだよな…、俺のこと、好きだよって言ってくれてたんだ」

         好きだよ

「………剣なんて…。向けられないよな…?」


問いかける。
応えなかった、当たり前だ。


胸の辺りを赤く染めた彼の身体。
穏やかに眠る顔は異常なほど白く、長い睫毛に飾られた藍い瞳は、閉じられていた。
胸の辺りで重なっている手も白いから、
赤い色がよく目立つ。

ここだけの話。
彼は、赤い色、嫌いらしい。


         好きだよ、

「……どうして…、……今更……」

この結末を望んだのは、自分だ。

彼が愛しい、
彼が欲しい、

誰にも渡したくない、誰にも触れさせたくない。


彼は自分を好きだよと言ってくれたけれど、永遠がどこにも無いのは、わかっている。
だから…………


         好きだよ

「…そうだ…、……そうだよ…」

青い髪を、罪悪感いっぱいの右手で、ひどく優しく撫ぜる。
左手しか汚れなかったのは、胸の辺り以外、傷も血も少しも付かなかったのは、
最後の奇跡だったのかもしれなかった。



         好きだよ


「…好きだよ…。……好きだから、俺は、こんな…」


         好きだよ…、


血で汚れた左手で、彼の身体を抱きしめた。








      今更、涙なんか溢れてきた。



書いてる途中で泣けてきたバカは私です…。書いててつらすぎました。
なら書くなというハナシ。…ロイは、彼が泣いたところは見たことが無かったらしい。