023:潤う




「…ロイ、」
「ん?」

同じベッドの中で、発達途中の胸に、そっと額を寄せる。
それが合図であるかのように、ロイは、
毛布に半分隠れてしまったマルスの頭を、片手でそっと抱き寄せた。

耳元に、そっと唇を寄せる。

暗闇の中で、相変わらず、華奢な身体だと、そう思って。

「どうしたんだよ。珍しいな」
「…あ、のな、……」
「……? 何? …言ってみろって」
「……ん、」

髪に指を梳き入れて、ゆっくりと撫でる。
冷たい。束縛されることを知らない、さらさらとこぼれる、綺麗な髪だ。
顔もそう、笑っても怒っても何も無くても、とても綺麗で。
中身もとても綺麗だと言える。
そしてそれゆえに彼は、悩んでいることも多い。

少しでもマルスが安心するように、ぽん、ぽんと、
ゆっくり頭を撫でてあげながら。
やがてマルスが、ぽつぽつと口にした。

「……ロイ、は、」
「うん」
「……その、…どうして…。…僕のこと、
 ……好き、だって、言ってくれるんだ?」
「……は?」

思わず、手を止めた。
毛布をおずおずと捲って、中の、マルスの顔を覗き込む。

暗闇の中でもわかるほどに、マルスは顔を真っ赤にしていた。

あたふたと慌てて、なんとか言い訳をしようとしている。

「いや、…あ、の、その、だからっ…」

そんな素直じゃないとこも可愛いけど。
そんなことを思いながら、マルスの言葉の続きを待つ。

マルスの顔からうかがえる感情が、少し沈んだになったのを、ロイはけっして見逃さない。

「……僕は、お前と同じ、男で、」
「…うん、」
「……どうにもならないことで、すぐ悩むし、それに、
 悩んだまま…人がいないと、立ち直れない時もあるから……」
「………。」

ロイの胸に額を寄せたまま、マルスは、静かに言う。
こんな人間、周りにいたら、迷惑なはずだろう? と。

誰だって悩んだり、悲しんだりするのは嫌なもので、
大事な人がそんな状態にあると、どうしようもなく悲しくなってくるから。
こんな自分が傍にいて、ロイは、嫌じゃないのか。
どうしてこんな自分を、好きだなんて、言えるのか、と。

マルスは大体、こんなことを言った。

「………」
「………」

暗闇の中に、沈黙が生まれ、そして時が流れていく。
秒針が時を刻む、小さな音をたてて。

「……あのなー、」

やがて、ふ、と、苦笑混じりに微笑んで、

ロイは、マルスの髪を撫でていた手を、ゆっくりと頬へやった。
それが合図であるかのように、マルスがゆっくりと顔を上げる。

「…そんなことで悩んでたんだ?」
「…そんなこと、って…」
「俺にとっては、そんなこと、なんだけどな。
 …前も、ずっと、言ってるだろ?」

折れそうな細い身体に腕を回して、そっと抱きしめた。
とくん、と、心音が、時計の変わりに、ゆっくりと時間を刻む。

「…俺は、あんたが、悩むのを知ってるよ。
 いつも、そんな風に悩んで、すぐ泣きそうになってるのも」
「………」
「でもな、俺は、そういうとこも全部ひっくるめて、
 マルスが、好きなんだから」
「…そういう、ところも?」
「ああ」

上目遣いで、こちらをうかがうように見る。
何気ないしぐさがいちいち幼く見えて、
そういうところも好きだな、と、やっぱり、思う。

「もちろん、できれば、悩んで、悲しんだりしてほしくないとは思うけどな。
 でも、そういう… 難しいところで悩むのも、あんたの一部だから。
 …むしろ、そういうとこが、好きなのかもな。他にも、いろいろあるけど」
「………でも…、」
「何」
「……僕が、その…悩んでたりすると、お前は、不機嫌になるだろう?
 ……それでも、いいのかなって、思う、んだ…」
「……。…わっかんねーかなー」

やや呆れ気味になって。

それでも、優しげな微笑みを携えたままに。

「…まあ、いいけどな…。その辺が、あんたらしいのかもしれないし」
「………」
「…それについては、考えてくれててもいいとして。
 マルス」

これだけは、覚えておいてよ?

ロイがそう言い、マルスはふっと、ロイを見つめる。

「どんな理由があっても、」
「………」
「俺は、俺のできる限り、マルスの隣にいるから」
「………、」
「…わかったら、もう寝ろって。
 夜更かしは美容に悪いんだぞー」

隣にいる。
理由なんていうのは、後からついてくるものだと。

人が人を好きになるというのは、多分、こういうことだ。

毛布を肩から上まで被せなおして、その上から、子供をあやすように背中を撫でた。
マルスはロイの胸に額を寄せたまま、視線だけを、その手に向ける。
いちいち、自分の手を握ったり、こんな風に身体に触れたり。
前は嫌だったのに、今は、もう、そうでもない。

「…美容…?」
「目の下にクマなんかできたら、折角の美人が台無しだろ」
「……バカか」
「バカって言うな! 真面目なんだからな、これでも!」

真面目だったら尚更だ   という言葉は、喉の奥で止めておいて。

「ほら、寝ろってば!」
「……ん、」

まるっきり子供のように、マルスの身体を抱きしめる。
そして。

「…ロイ、」
「何だよ」
「……ごめん、な?」
「……。…あのなー」

こつん、と、額を軽く小突いた。

「こういう場合は、ありがとう、だろ」
「……そうだな」

少しだけ、笑って。
その寝顔が、前より少し穏やかなのを、ちゃんと見てから、

程無く、ロイも眠りについた。



書かずにいられなかった。
ここを見ているかどうかすらわからないけど、あの日あの時のあの方へ。

マルスが自分のことをこんな風に思うときがあるのかというと、
実はそうでもないかもしれません…。自分が悪い、とかは思うかもですが…。