022:強か




「好きなんだ。…もうずっと前から、今までずっと」





あいつが、死んだ。
俺達の、目の前で。


「………、」


彼はさっきから、ずっと、あいつの亡き骸を目の前にして、
あいつをずっと見ている。
腹部から真っ赤な血を流して、緑色の服を、どす黒く染めている。

彼は、膝をおって地面に座り込んでいる。
おった足の上に、あいつの、真っ赤に染まった身体を抱いて。

「……どうして…、」
「………」

彼は両手を、同じく真っ赤に染めて、さっきからずっと、「どうして」と言っている。
彼の両手を染める血は、彼のものじゃない、あいつのもの。
でも、別に彼が、あいつを殺したわけじゃなくて。
真っ赤に染まったあいつの身体を抱きしめたから、それで汚れた。

「……どうして…、」
「………」


殺されそうになって、逃げる術の無かった彼を、
あいつは身体一つで、守りきった。
彼の身体をつらぬくはずだった鋭利な刃物は、あいつの腹部を貫通した。

俺はそれを、二人から少し離れたところで見ていた。
助けなかったわけじゃなくて、助ける術を知らなかっただけ。

口から血を吐いて、震える手であいつは、彼を右手で抱きしめた。
左手に持った剣で、彼の身体をつらぬくはずだった刃物の持ち主を、殺した。


そうしてあいつは、彼をよりいっそう、強く抱きしめた。
遠のいていく意識の中で   最後に、彼の耳元で、呟いた。


「好きなんだ。…もうずっと前から、今までずっと」



彼はその言葉に、目を大きく見開いて、間違いなく動揺した。

そうして、あいつは、目を閉じた。
泣きそうな顔であいつの名前を呼ぶ彼の目の前で、安らかな微笑みを浮かべた。

あいつの意思ではどうにもならない身体は、彼の力では支えきれなかった。
崩れそうになった彼の身体を、後ろから慌てて抱きとめた。
それからゆっくり、彼を地面に座らせると、
あいつももちろん、ゆっくりと地面に横たわった。
彼の膝の上で、仰向けに寝ているあいつが、うっすらと目を開いた。

何も言うでもなく、
ただあいつは、俺を見て、


勝ち誇ったかのように、笑った。




あいつは、死んだ。
そのまま、安らかな微笑みをもったままで。

最後にあいつが言い残した言葉に、彼は確かに動揺していた。

あいつは、彼が好きだった。
俺が彼を思うのと、変わらない、まったく同じ感情を抱いていた。

彼はあいつの亡き骸を抱いて、何度も呟いた。

閉じた瞳から涙がこぼれて、あいつの顔に落ちた。


こういった意味での彼の涙というのは、俺ははじめて見た。



あいつは、ひたすらに強かった。
剣も心も、とても。




あいつはどうして笑ったんだろう。
死ぬ間際に、好きだった彼に微笑みかけるのではなく、
どうして、恋敵だった俺を見て、笑ったんだろう。

彼の涙を、奪ったからだろうか。
彼の気持ちを、たとえこの一瞬だけでも、俺から奪ったからだろうか。


あいつは、死んだ。
だから、もうわからない。誰も知らない。



あいつは、ひたすらに強かった。
剣も心も、とても。

そして最後、あの一瞬を思えば、あいつは強く、そして、強かだった。


最後の最後で、俺から彼を心ごと奪って、勝ち誇ったように笑った。




敵わない。
ひたすらに強く、誰にも気づかれないほど、それほど強かだった、
たぶん一生、死ぬまで忘れない、あいつの笑み   



「強(したた)か」という言葉を辞書でひいたら、
想像とは違った、とんでもない意味が書いてありました。

何と戦っていたかは、ご想像におまかせします…。パラレルにも程がある…(汗)