020:遠隔操作
「…だから、いいって」
「何でだよ。いいだろ」
「…よくない」
「何でだよー」
午後6時を指した仕掛け時計が、可愛らしいオルゴール曲を奏でた。
小さな人形がくるくると踊るその斜め下で、
リビングのテーブルに二人並んでついて、
ロイとマルスは、何やら言い争っている様子。
「…いいって言ってるだろ。…このくらい」
「よくねーよ。あのなマルス、小さな怪我こそしっかり手当てしなきゃいけないんだぞ」
テーブルの上には、マルスの右手と、救急箱。
もっとよーっく見てみると、…マルスの右手の左指には、小さな切り傷。
「…だから、絆創膏貼っておけば…」
「右利きの人間が、どーやって右手の指に絆創膏貼るんだよ。
そんな見かけのくせして、不器用のクセに」
「…見かけと器用がどうこう、は関係無いだろ」
「男の美人は器用だって相場は決まってんの。
…まあ、最近は例外も多いみたいだけどな」
「……。…何の話だ?」
「いーのいーの細かいことは気にしない! で、ホラ。俺が手当てするから」
「…だから、いいってば…」
どうやら二人は随分前から、この小さな傷を、どっちが手当てするか、とかいう…
たかがそんなことを、延々言い争っているようだった。
既にその問題の傷は血が固まって、すっかりカサブタな状態になっているのだが、
二人はまったく気にしていないらしい。
自分でやる、と言うマルスに対して、ロイはあくまでも自分がやってやる、と主張する。
そんな言い争いに果てがあるわけもなく、今まさに、堂々巡り、といった状態だった。
「何でだよー。いいだろ別に、傷の手当てくらい! 痕になったらどうするんだよ」
「…たかが切り傷が痕になるか」
「リンクの腕とか腹とか、切り傷の痕、ざっくり残ってるだろ」
「あれはこんな小さな傷じゃないだろう? …そうじゃなくて!
いいよ別に、痕なんか残っても残らなくても」
「俺がよくねーよ。マルスの身体に、傷一つだってつけてやるもんか」
「……。…とにかく、お前は信用できない」
「えーっ!?」
自分の指の傷に軽く触れながら、マルスはロイをうっとうしげに睨みつけた。
…もちろんこんなことを言われて、あのロイが黙ってるハズもない。
ばんっっっ!! …と、テーブルを叩いて、
ロイはマルスを睨みつけた。
その威勢のよさに、ついマルスは及び腰になってしまう。
「何でだよっ、何っで俺が信用できねーんだよっ!!」
…が、いつまでも負けてるわけにもいかない。
「…お前はこの前、怪我の手当てをするって言って、
…………僕の腕の裏側を舐めただろッ…」
「………。……それは〜…」
どうやら王子に対してセクハラ行為をはたらいたらしいロイ。
ロイがさりげなく視線をマルスから逸らしたところを見ると、
どうやら本当のことのようだ。
…が、残念ながら、ロイもここで大人しく引き下がる性格ではなかった。
もう一度マルスに詰め寄って、強引に押し通そうとする。
「…ああもうっ、今はそんなんどーでもいいんだよっ!!」
「どうでもいいわけあるか!!」
「今はあんたの、その怪我の方が重要だろ!!」
「だから、こんな怪我、どうでもっ…」
再び言い争いを始めてしまった、ロイとマルス。
ロイも一応、どころかかなり、マルスを心配してはいるのだが。
どうやら普段の行いにより、信用してはもらえないらしい。
また、どうでもいい会話の堂々巡りが始まるのかと思った、
瞬間。
「 何やってるの、…二人とも…」
「…え…、」
「……あ、」
少年のような可愛らしい声が、二人の会話を遮った。
その声は、言い争いをしていた二人の、足元から聞こえた。
「…もう6時だよ? 夕飯の下準備も出来てないみたいだけど…」
「…ピカチュウ…」
声の持ち主は、…黄色いからだに、ぴょこん、と耳を飛び出させた、
しゃべる電気ねずみだった。
ロイが不満を顔いっぱいに押し出して、ピカチュウに言い募る。
「だってさぁー、マルスが怪我の手当てさせてくれないって言うから」
「自業自得って言うんじゃないの、それ」
だがピカチュウは、ロイの勢いに負けるほどヤワじゃなかった。
「…………っ…」
「…で、マルスさん。ケガって?」
「え…。…ああ」
床に膝と手をついてがっくりと落ち込んだロイなんてほっといて。
とりあえずピカチュウはテーブルに飛び乗り、マルスに現状を確認した。
怪我した指をスッと差し出してマルスはふわりと微笑む。
「…これ。たったこれだけだったんだけどな。ロイがうるさくて」
「ふぅん。でも、ハショウフウとかなると大変だよね」
そんなことを言って、救急箱からてきぱきと絆創膏を取り出すピカチュウ。
そして、何の気兼ねもなく、
…ぺた、と。
「…ハイ。これでいいんでしょ?」
「…え、……あ、」
マルスが気づいた時には、その指には 絆創膏が巻かれており。
「………あああああぁぁぁ ッッッ!!!」
それに思いっきり反応したのは、…床で落ち込んでいたロイ。
「何してんだよピカチュウ!!」
がばっ、と光よりは遅いがものすごい速さで立ち上がり、
ロイはピカチュウに食って掛かる。
ピカチュウさえ思わず腰が引けるほどの、ものすごい剣幕で。
「何って、…たかがこんなことに時間かけてたくせに」
「たかがって何だよ、あのなピカチュウ、お前にはわかんねーだろーけどな!」
「…わかりたくないよ」
「可愛い恋人の怪我を手当てするのが、どんなに楽しみであろうことか、
お前わかってんのか!!?」
「…文法微妙に違ってるよ、ロイさん」
「大丈夫か? って訊きながら消毒して! やさーしく絆創膏巻いて!
それで最後に、100万ボルトの微笑みでありがとうって言ってもらうのが、
男のロマンなんだからな!!」
「…10まんボルトの痛みだったら、今すぐお見舞いしてあげれるんだけどねぇ…」
「それをお前はッ… …ああもうっ、この電気ねずみーっ!!」
「ねずみって言わないでよ、ロイさんのバカ!!
……あっ、」
ロイと言い争っていたピカチュウが、開けっ放しのドアの向こうに、誰か見つける。
「……リンク!」
「…ん?」
何でかまあ、こんな時ばかりここを通りがかる、
……苦労人勇者。
「…ピカチュウ」
わざわざしっかりとその場に立ち止まって、リビングの中を覗いた。
ピカチュウがテーブルを踏み切り板にして、リンクの腕の中に飛び込んでいく。
「リンクーッ、たすけてーっ」
「…はぁ?」
「おい、卑怯だぞピカチュウ!」
「ロイさんがいじめたーっ」
「……はあ…」
腕の中のピカチュウをよしよしとあやしながら、とりあえずリンクは、
困ったようにマルスを見つめた。
マルスもやはり困り顔で、リンクを見返す。
「………」
そしてそんな困り顔のマルスの右手に、
おそらくその下には小さな傷があるのであろう、絆創膏を見つけて…、
「………。」
…リンクは、大きく溜息をついた。
「…ロイ、」
「何だよ」
ピカチュウの頭を今度はぽんぽんと撫でながら、
リンクはもう一度、大きな溜息をついた。
「…マルス、今日、夕飯の当番だろ? 手伝ってやれよ」
「え? …うん、でも何で」
「…怪我した恋人を労わって、献身的に手伝ってやるのも、
充分男のロマンだと思うぞ?」
「………」
かなり呆れ返った口調で言ったその内容に、
ロイは一瞬、目を丸くした。何を言っているのか、とかいうふうに。
そして。
「………! そっか、…うん…!!」
……今度はその大きな目を、きらきらきらきらと輝かせた。
「…そっかー…。…うん! そうだよな、その手もあるよな」
「……なら、頑張って夕食の支度してくれな」
「ああ! じゃあマルス、水仕事は全部俺がやるから!
ホラ、仕事に戻ろうぜー」
「……。…あ…、……ああ………。……」
きらきらきらきらと輝く笑顔で、ロイはマルスを、優しく台所に連れ出す。
マルスは一瞬、困ったようにリンクを見た後で、
すぐにロイに視線を返した。
ロイは既に、いつものエプロンなんてして、うきうきと包丁を持っている。
包丁を取られてしまったマルスは、自分はピーラーとじゃがいもを持った。
「……………はあ……。」
「おつかれさまー」
その様子を見ながら、リンクが早くも三度目の溜息をつく。
ピカチュウは形式ばったお礼を述べると、うんしょ、とリンクの頭によじ登った。
「…そう思うんなら、あんまり事を荒立てるようなこと言うなよ…。
結構大変なんだぞ? マルス以外のヤツが、ロイの機嫌回復させんの」
「だってロイさん、ひとのこと、ねずみ、だなんて言うんだもん。腹が立つ」
「……。…その通りだろ」
「その通りでも、腹が立つこともあるの」
「……あっそ…。…まあとりあえず、」
台所に二人並んで、なにかに言って楽しそうに夕飯作りを楽しんでいる、
二人を見ながら。
「…一応この場は収まったし。…じゃあ、オレ達は行こ……」
どこか微笑ましい気持ちで、頭の上のピカチュウに、言いかけた。
が。
「……つっ…!!」
「…え、…おい、マルス!?」
「………………え……、」
その台所から、再び、
……何か、不吉な声色の声が聞こえた。…ような気がした。
恐る恐る台所を覗き込むリンク。
「…あーもうっ、何やってんだよあんた! ピーラーで手切るか、普通!
えーっと、救急箱っ…」
「ロイ…。…いいよ、これくらい。すぐ治る」
「だーめ。小さな怪我こそ早く治さねーと」
「だから、こんな小さな怪我なんだから。すぐ治るってば」
「だから、それじゃ駄目なんだっての。ほら、手出して!」
「…だから、いいってば…」
「よくねーっつってんだろ、だから!」
「「………………」」
その華奢な手を軽く押さえ、困り顔で訴えるマルスと。
何が何でもやってやる といったような顔で、主張するロイ。
何度も、何度も。
堂々巡りの、変わらない会話。
「……馬鹿だ…」
「……同感」
一人と一匹、はああああぁぁっ、と大きく溜息をついて。
あまりに馬鹿馬鹿しく、もうやってられなかったので、
もう知らない、とばかりに、
さっさとリビングを出て行った。
すみませんっ小説になってませんっっ!!(汗)
本当は…本当はですね、ロイマルのバカップルっぷりを書きたかったのです。本当です…
不完全燃焼な感じになってしまいました。…はーぁ。