018:ムースポッキー
「嫌がるなー」
「……」
「仕方ねーだろ。約束は約束だし、負けたのはマルスだし」
「…………」
「それともマルス、…俺のこと嫌い?」
「………………。」
しゅん、と目の前でうなだれるロイをちらっと見て、
マルスは気づかれないように、小さく溜息をついた。
元の性格にまったく合っていない可愛らしい演技にほだされるマルスではなかったが、
それでもやっぱり、こういう顔をされると、困る。
「…嫌い、じゃ、…ない、……けど……」
「じゃーやっぱり仕方ないだろ。なっ」
かなり気の進まない様子で呟いたマルスに、ロイはにっこりと笑う。
表情がころころと変わるのは、ロイの特技か、元の性質なんだろうな、と、
マルスは思った。
マルスは一人掛けのソファーに座って、ロイはその前に立っていて。
ソファーの隣の、小さな丸テーブルには、チョコレートのお菓子がある。
それは、棒状のクッキーに、チョコレートがふんわりと被せてある、
ちまたでさりげなく人気のあるらしい、ムースポッキー、とかいうお菓子だった。
「………」
そのお菓子を見て、マルスは困ったような顔をする。
ロイは、そんなマルスにはお構いなしに、そのお菓子を一本、手にとった。
お菓子を持っていない方の手で、マルスの肩を押さえて、
ごくごく自然に、一言。
「はい。あーん」
「………ロイ…、」
ロイの顔を見ながら、マルスはおずおずと、ロイの肩を押し返す。
ほとんど抵抗になっていないそれは、ロイを喜ばせるだけだ。
「はいはい、抵抗しないー」
「……ロイ、その、僕は…」
「何だよ、罰ゲームだって言ったろ?
本当はこれ、みんなの前でやんなきゃいけなかったんだからな」
「…それは、そうなんだけど…。」
どうやら。
ロイとマルスは、先程まで、屋敷の人たちと、ゲームか何かをしていたらしい。
おそらくは、トランプとか、その辺りだろう。
そして、負けた人は、罰ゲームだー、とかなんとか言っていて。
…マルスが、負けたのだ。半ばお約束的に。
そして、その罰ゲームの内容は。
「簡単だろ。あんたは、これくわえてればいーんだし」
「…お前、絶対何かやる気だろっ…」
「んー、まあ、それは。“ぽっきーげーむ”、だしなあ」
…ぽっきーげーむ、らしい。
「………」
ロイの直視に耐え切れず、マルスがふ、と視線を逸らす。
…が、それで、ロイが許すはずもない。
「ほーら。食えってー」
「……」
「大丈夫だよ。あんまりヤバイコトはしないから」
「……………」
「本当だって! 信じてねーだろ、そのカオは」
「…信用できない…」
それはまあ、日頃の行いの所為だろうが。
けれど、どれだけ嫌がっても多分、逃げることは、できない。
…もう一度、小さく溜息をついて、マルスはそっと、ロイの手に、両手を伸ばした。
「…何も、するなよ」
「えー」
「……」
ロイの手を引いて、その中にあるお菓子の先の方を、ぱくん、と口に入れる。
口の中に、チョコレートが、とけて、ひろがった。
マルスの手の中から、ロイは自分の手を引いて、抜く。
そっと、白い頬をなぞるように手を置くと、マルスの目が、ぎゅっと、固く閉じた。
長い睫毛が、わずかに震えている。
これは、“ぽっきーげーむ”、だから。
ロイも、反対側から、食べていくことになるのだが。
マルスの身体を支えたまま、ロイはゆっくりと、反対側から食べ進んでいく。
何を警戒しているのか、マルスは、いやに静かだ。
ほとんど、動こうともせず、というかむしろ、静止を保っている。
信用ねーなあ俺、などと、心の中でちょっぴりうちひしがれながら、
「…っ、」
唇がふれあった瞬間に、ロイは、ぱきん、と、お菓子を歯で折った。
離れる前に、マルスの唇に付いていたチョコレートを、
そっと舐め取っていく。
「…っ!」
「はい、おしまーい」
お菓子を口の中でしっかりと消化した後で、ロイはにっこりと笑った。
マルスは、舐められた唇を両手で押さえて、やや涙目で、ロイを睨む。
「……お前っ…、」
「何だよ、そんなに怒られるよーなことはやってねーぞ」
「……ッ…、」
口の中の、チョコレートの甘い香り。
ロイの、大好物だ。
今は、マルスにとっては、忌々しい甘さだけれど。
「…何で僕が、こんなことッ…!」
「そりゃーさ、マルス。それは、」
マルスの額に、そっとキスをして。
「罰ゲーム、だから?」
「…………。」
ロイは、甘いものが好きな子供らしく、にっこりと笑った。
別に「ムース」ポッキーじゃなくて良かったんじゃないかと言われれば、
それは確かにそのとおりだったりする話…。想像力の無さが伺えます。
個人的には、普通のポッキーよりはムースポッキーが好きで、それよりトッポが好きです。
…ポッキーゲームって、今はするのでしょうか?