016:愛




窓の外が、大分明るい。
夜と朝の、丁度中間の時間。


一つのベッド、同じシーツの中で寝転がっている二人。
マルスの身体にのしかかり、胸元をくつろげさせて、
ロイはその白く、細い首筋に、名残惜しそうに顔をうずめていた。

「……ロイッ…、…も…、やめろ……てばっ…、…ぁ、」
「いいだろ別にこんくらい。…今更だし」

顔を横に傾けて嫌がるマルス。
マルスの言い分を聞く気があるのか、それとも無いのか。
イタズラ程度にマルスの肌に唇を押し付け、
その度にぴくん、と震えるマルスの反応を楽しみながら、ロイは薄っすらと微笑む。

そんなロイを、マルスは、横目で必死に睨みつけた。

「…そんな目で見られてもさ、ドキドキするだけだよ? マルス」
「………バカか、お前は…っ」
「それとも、そーやって人のこと煽ってんの?
 …もっと、何かしてほしい?」

くすくすと笑って、底意地悪くマルスの耳に囁く。
耳朶を軽く噛んでやると、マルスの小さな声が、跳ね上がった。

「あッ、……やめ…て…っ、…ロイ…、」
「何で? …首に痕残されるの、嫌?」

そう言いながら、また白い肌に痕を付けにかかる。
そんな行為を2、3度繰り返した後で、
頼り無げなマルスの腕が、ロイの肩をぐい、と押した。
今の彼に出来る、精一杯の抵抗だった。

「……嫌、だ」
「………」
「……もう…昨日の夜からずっと、…人のこと好き勝手にしてたくせに」

ロイがマルスの上から、彼の藍い瞳を見つめる。
睨みつけているようにも見える。
マルスもまた、ロイにのしかかられた状態で、彼の碧色の瞳を見つめた。
視線を逸らせば、また彼に流されてしまいそうだったから。

そのまま、長い沈黙が続く。
実際は何十秒かしか経っていないのに、その時の彼らには、
何分も、何十分も経っているかのように思えた。

「…俺とこーいうことすんの、嫌?」
「………」
「…あのさマルス、前から思ってたんだけどさ、」
「………」
「…嫌なら嫌って言ってくれないと、わからないんだからな?」
「………、」

マルスの髪に指を梳き入れながら、ロイがぽつぽつと呟く。
薄闇に閉じ込められた、二人っきりの部屋で、その声は静かに響く。

ロイの告げる言葉が、妙に心を衝く。
不安げな顔でロイを見上げるマルスに、ロイはゆっくりと微笑んで見せた。
変なこと言ってごめんな、と言い、額にそっとキスをして。

「……でも、言わなきゃわかんないのは本当だからな。
 嫌だっていうのも…、好きっていうのも」
「………」

じゃあ、後ちょっとだけど寝ようか?
…そんなことを言って、ロイがマルスの身体を緩く抱きこんだ。
ロイの腕の中で、マルスは、表情を曇らせたまま。

「…………ロイ…、」
「んー? 何?」

ロイの肩に顔を埋め、そっと瞳を閉じる。

「……ごめん…」
「…何が?」
「……別に…、……嫌じゃ…、ないから…」
「………」

マルスが少し身じろぐと、お互いの寝間着が擦れ合って音がたつ。
細い身体を抱きこんだまま、急に彼の顔が見たくなった。
そっと身体を引いて、マルスの顔を覗きこむ。
不安げな表情をしたままのそれにも惹かれたが、
ロイの視線を惹いたのは   未だ広げられたままの、胸元に散らばる紅い痕。

自分がつけたものだとは言え、
どうしても顔が赤くなってしまう。
マルスとは違う理由で。

「…マルス、」
「……嫌なら…、…こんなこと、…させない」
「………」
「………だから…」

おずおずとロイの背中に腕を回し、再びロイの肩に、顔を埋める。
静かに深く息を吐き、瞳を閉じて。

マルスの身体を抱きしめて、寝間着越しに鼓動が聞こえる。

「…マルス」
「……何…」
「…キス、してもいい?」
「……。…ん…、」

小さく、こくん、と頷いたのを見て、ロイがマルスの髪に手を入れる。
もう片方の手は腰に回して、そっと抱き寄せる。

さっきから二人して動いていたから、シーツは皺だらけだった。
マルスがそのことに気づいたのと同時に、ロイが顔を近づけた。

触れ合うだけの、優しいキス。

「……ごめんな、マルス」
「………僕も…、…ごめん、ロイ」

顔を見合わせて、お互い苦笑して。


夜明けは多分、もうすぐ来るのに、
それでも二人はまた   、寄り添って、眠りに着いた。



最初は「傷痕(あざ)」で、その次は「すき」で、仕舞いには「愛」でした。
…駄目だめです。
一応情事の後を想定して書きましたが…ロイさん、マルスさんに服、着せたのでしょうか。