014:マンガ




「マルスさん。どうしてマルスさんは、いつもそういう態度を取るんですか?」
「………。」

また始まった   と言わんばかりに、マルスはうんざりと溜息をついた。

足を組み替えて視線をそらすが、ロイは「こっちを向いて下さい」とうるさくて。
本を閉じ、仕方なくそちらを向いてやると、そこにはいつもの顔があった。
心の底からマルスを心配してやまない、思いやりに溢れた、
マルスにとってはうっとうしいことこの上ない表情。
二度目の溜息をついて、マルスは不本意そうに返事をした。

「………何がだ」
「そういう態度ですよ。どうしてそんな風に、冷たい態度を取るんですか?」
「これが地だからだ。悪いのか?」
「いいえ。マルスさんは本当は、とても優しい人ですから」

ぎろ、と睨むマルスの視線に怯むことなく、ロイはにこにこと笑って続ける。

「知ってるんですよ、僕。
 マルスさんは、花とか小さな動物とか、好きなんですよね。
 よく、世話をしているのを見かけますよ」
「………だから、どうした…」
「そんなマルスさんが、本当に冷たい人なわけないですよね?」
「………。」

マルスは、先程よりもさらにうんざりとした溜息をついた。
思いやりも、過ぎればおせっかいである。
そしてマルスは、思いやりは素直に受け取るが、おせっかいはちっとも好きではなかった。
何だか頭痛までしてきた気がして、額を軽く手のひらでおさえると、
ロイは急に、おろおろと慌て出した。見てるこちらが、その変わり様に驚く程に。

「マルスさん! どうしたんですか!?」
「………」
「何だか具合が悪そうに僕には見えるんですが、もしかして頭が痛いなんて」
「………………」
「いかにも身体弱そうですし、まさか声も出せない程弱っていたなんて…!
 すみません、なのに僕と喋ってくれてたんですね、ありがとうございます、
 ああでもっ、だったら今すぐ横になって」
「うるさい! 黙れ! 別に具合が悪いわけじゃない! ちゃんと喋れるッ!」

ひたすら思いついたことを喋っているロイに、とうとうマルスの辛抱がきかなくなった。
ばんっ! と、手元にあった本を投げつけて、ロイを撃退する。
本を思いっきり顔面に喰らったロイは、しばらく顔を押さえて黙っていたが、
残念ながら、沈黙はそんなに長くは続かなかった。
ぱああ、と再び笑顔になって、マルスに顔を近づける。

「良かった! それなら良いんです」
「………」
「でも、人に本を投げるのはよくないですよ。教えてもらわなかったんですか?」
「…あのな…、それは、お前が、」
「……! あ、でも、マルスさん前、言ってましたよね…。
 マルスさんは両親を早くに亡くされた上に、会話の機会もあまり無かったって…、
 …すみません、それなのに僕…」
「…別に、そんなこと、気にしては…」
「あ!! だからマルスさんはそんな冷たい態度を取り続けるんですね!!」
「………。
 ………は?」

喉につっかえていたものが取れたかのようにすっきりとした顔だった。
この目の前の、ロイ、という名前の少年は、思い込みが激しいというか暴走列車というか、
いつもいきなり表情を変え、突拍子も無いことを喋り出す。
そのくらいマルスは百も承知だったが、何故いきなりそういう話になるのかわからず、
思いっきり怪訝そうな声で聞き返した。

ロイはどこか全然違う場所に視線を飛ばして、一人異世界にトリップしている。

「きっと幼少時代、マルスさんは両親の愛情を受けられずに、
 子供心に、一人寂しい思いをしていたんだ…。
 だけどマルスさんは優しくてかわいくて綺麗だから、誰にも心配をかけないように、
 大丈夫だから平気だからと強がって、いつしか強がりが当たり前になって…」
「………………」

つっこみどころがたくさんあるが、どこからつっこめばいいのかわからない。

「愛情を知らずに育ったマルスさんはこんなふうに大人になって、
 やがて強がりは冷たい態度に変わっていって、
 冷たい人間だと思われれば誰にも心配をかけないだろうって、
 そんないたいけなことを思ってしまったんだ!! ああ、なんて切ないんだろうっ」
「………………」

しかも、30%くらいは微妙に当たってるような気がするのが、もっと嫌だ。
そんなことを思っていると絶対に悟らせないように、マルスは視線をそらす。
ロイはコブシをぐっ!! と握って、更に一人の世界を突っ走っていたが。

「ましてマルスさんは王子様だ、気を遣われることはあっても、
 誰かに優しく抱きしめてもらうなんて経験、無かったに違いない…!
 それじゃあまるで、そう、かごの中で怯えるうさぎみたいな…!
 うさぎは寂しいと死んでしまうのに、マルスさんは王子様だから」
「………っお前、いい加減にしろ!! 誰が、うさぎ、だ!!」

ここまでくると、もはや妄想である。
こんな馬鹿の妄想の材料になんかなってたまるか、とばかりに、
マルスは思いっきり腕を振り上げた。
が。

「でも、もう大丈夫ですよ! マルスさん! 僕がいます!!」
「えっ…、…な、ちょっ、放っ…」

ロイはその腕を、振り下ろされる前に、まったく動じることなく軽々と掴んで受け止めた。
マルスが意地になって抵抗するが、残念ながらマルスは非力だった。
にっこりと優しく笑うその表情に、策謀や邪気はまったく無い。
これは紛れも無くロイの思いやりなのだ   マルスにとっては非常に迷惑な。

「僕が、マルスさんのこと、いっぱい愛してあげますから」
「…っ、な、に、言って…」
「だからもう、一人で怖がらなくていいんですよ。ねっ、マルスさん」
「誰が怖がってる、なんて言ったんだ!
 それはお前の想像、でっ… …っ!?」

マルスの反論が終わらないうちに、
ロイは、何故か。

急に、マルスの襟元を、くつろげ始めた。
外の留め具を外し、そして、するり、と服の中に手のひらを潜り込ませる。
くつろげるというよりは、脱がせているという方が正しい。
手の感触に驚いたのか、単に行動に驚いたのか、それとも両方なのか、
マルスの肩が、びくん、とはねた。

「…え? なっ、お前、何して…!?」
「これ、ここ外せばいいんですよね?」
「え…え? あ、ああ、そうだけど… …って、違う!!
 お前、何やってるんだ!! こんなっ、」
「え? …ああ、そっか、違いますよね」

マルスの必死の声に、一瞬きょとん、と目をまるくしたロイは、
納得がいったのか、ちょっぴり申し訳なさそうに頷いた。
ロイの手が離れてすかさず、マルスは襟元を直そうとしたが、
残念ながらそれは叶わなかった。

   よっ、と」
「…っ、な、…っ?」

ロイはマルスの混乱がおさまらないうちに、マルスの身体を抱え上げた。
その小さい身体のどこに、そんな力が隠れているのかと思えるほど、軽々と。
うっかりロイにしがみついてしまったマルスがどんな表情をしていたのか、
ロイは満足したように、にこにこと笑っている。
その足が向かった先は。

「よい、しょっと。うん、こっちの方が、自然ですよね、たぶん」
   え…。」

とさ、と下ろされた背中が、何かふわふわしたものに受け止められる。
ああ、毎晩自分が使っているベッドだな、と思ったのも束の間だった。

ロイの足が向かった先は、
自分のベッド。
それはまだいい、だが。

どうしてロイが、今、自分の肩を押さえつけて、自分の身体を跨いで。
自分の目の前で、にこにこと無邪気な子供の笑顔を向けているのだろう。

この、状況のマズさを悟るタイミングが、マルスはあまりにも遅すぎた。

   な…ッ!? おいバカ、何っ…!」
「脱がすより、押し倒す方が先ですよね、普通。
 ごめんなさい、うっかりしてました」
「違う!! そういう問題じゃなくってッ…!!」

まずい。この状況はやばい。…ような、気がする。
はっきり言って、この後どういうことが起こるのか、
知識不足が災い(?)して、マルスはぼんやりとしか思い浮かばなかったが、
本能が、抵抗しろ、と警報を必死で鳴らしていた。
頭の警報に従い、マルスはばたばたと暴れるが、ロイはそれを簡単に押さえ込む。
広げられた襟元から覗く白い肌に、軽くキスを落とすと、
マルスはびくっ、と、暴れるのをやめた。やめさせられたと言った方が正しい。

「やっ…。…な、に…!! ちょ、ロイッ!!」
「怖いですか? 大丈夫ですって、すぐ気持ちよくなりますから」
「え…っ」

にこおおぉっ、と笑顔で言われても、どう反応すればいいのかわからない。

その間にも、ロイはうきうきとマルスの服を脱がしていく。
やっぱり、脱ぎかけの方が色っぽいかな、などと、
マルスの頭では既に理解不能なことを、事も無げに呟きながら。

「な、待っ、あ…っ、ロイ、やだっ…!」
「あんまり抵抗すると痛くしなくちゃいけなくなりますから、
 できるだけ大人しくしててくださいね。絶対大丈夫ですから」
「…っにが、…ぁ…ッ、だいじょう、ぶ、って…ッ、…ゃあっ!」
「…できればそういう声も、出さない方が助かりますけど…。
 いや、嬉しいんですけど、これはこれで乱暴したくなるって言うか」
「………ッッ!!」

いろいろと、言いたいことは、あるのだが。
マルスには、何も言えなかった。
…言う手段を封じられれば、何も言えるわけもないけれど。



その後。
マルスの部屋で、二人っきりで、何があったのか。

知ってるのは、
自分の正義と信念のためならどんな手段もいとわない、物腰穏やかな正義の少年と、
中途半端に世間知らずの、美人な王子さまの、
二人だけ。



だから素直に大人しくて可愛い僕ロイを書いてればいいのに、
何でこんなふうになっちゃうのかもうさっぱりわかりません。
でも何か、こっちの方が、エリウッドさんの息子という感じがします。

お題との関連性は、漫画みたいな展開だから。…要はこじつけだ。

僕ロイは「敬語・思い込みが激しい・暴走列車」が基本で。