011:voice
朝焼けに、歌声が聴こえた。
遠くまで、どこまでも響いて、なのに夢の中の人々をけっして起こさない、
眠りの歌声。
だがその声を、聞いたものがいた。
普通なら絶対に聞くはずのない、その声を。
「……お前か」
「ぷゅ…? ……!」
屋根の上、突然聞こえた自分のものではない声に、
プリンはひどく驚いた。
勢いよくそちらを振り向いた先、そこにいたのは、
『近寄りがたい』と皆に評価された、自分と同じ、『ポケモン』。
一つ違うのは、彼は、人工的につくられた、というところか。
「…ミュウツーしゃんっ!? どうしてっ…!」
「他の者がどうかしているのだ。…この声が聞こえない、など」
彼の名前は、ミュウツーという。
ミュウを媒体にしてつくられた、戦う為に存在するポケモン。
「こんな時間に、何をしている?」
「………」
「…何をしている、と訊いているのだ。まだ子供は寝ている時間だろう」
「……どうして…、どうして、プリンの声が聞こえたでしゅかっ!?」
「……?」
本気で驚いたらしい、プリンはミュウツーの問いには答えず、
ひたすら自分の疑問をぶつける。
ミュウツーは少し不思議そうな、怪訝そうな顔をした後、
特に大したことではない といった調子で、答えた。
「…声なのだから、聞こえるだろう。当然のことだ」
「……でも…、」
「お前の質問に答えたのだから、私の質問にも答えろ。
どうしてお前は、こんな時間に、歌っていたのだ?」
さして興味も無さそうな口調で、ミュウツーは訊ねる。
プリンは一瞬、表情を曇らせると、やがて、ぱっと笑った。
「この時間に歌うのが、一番楽しいからでしゅ」
「楽しい?」
「はい! プリンは、歌ってるととても楽しいでしゅよ。
むかし、プリンのトレーナーしゃんが、
プリンは歌うために生まれてきたのねって言ってました。
よくわかりましぇんけど、でもやっぱり、プリンは歌うでしゅ。楽しいから」
「………」
にこにこと笑って答えたプリンを、ミュウツーは見つめる。
やがて、ふと目を細めると、視線をどこか、遠くにやった。
「…ミュウツーしゃん?」
身体をななめに傾け、プリンはミュウツーを見上げる。
「……お前は… …自分の絶対の存在理由を、知っているのだな」
「……ぷゅ…? …絶対の、そんざい理由?」
「…私は…自分の存在理由が、見つけられないのだ」
「………」
大きな目を、もっと大きく開けて、言葉の意味を探した。
ミュウツーは遠くを見たまま、続けた。
自分は、人間の手によって、つくられた生き物なのだと。
「…お前は、歌う為に生まれてきた、と言われたのだろう?」
「…ぷゅ」
「私は、戦う為に生まれてきた、と言われたのだ。
…だがそれは、間違っていた。
私の棲む世界に、私の言う『戦い』を望む者は、何処にもいない」
「………」
ふ、と、ミュウツーが笑う。自嘲気味に。
ひどく冷たい笑みをもって、ミュウツーはプリンを見た。
怯えなかった。
「…生きる意味を持たないというのは…
…やはり私が、『つくられた』生き物だからなのか?」
「……ミュウツーしゃん…、」
悲しく見えた。
「…私が、いなければ…。…死ぬことの無かった命もあっただろうに…、」
そんなこと、望んでないのに…!
「……ミュウツーしゃんっ、それは、違いましゅっっ!!」
「………、」
気づいたら、大声を出して、怒鳴っていた。
先程の声とは違う、聞こえる声。
今度こそ、誰かを起こしてしまったかもしれなかった。
でもそんなの、プリンにとって、今はどうでもよかった。
大きく息を吸い込み、プリンは、顔に怒りを浮かべる。
よく見るとそれは、怒りだけの顔ではなかったが。
「ミュウツーしゃんは、戦うためにって、言われたのかもしれましぇん。
それも…正しいかもしれないでしゅけど…
…でも、ミュウツーしゃんは、それ『だけ』のための、存在じゃないでしゅっ!」
「……では、私は何の為に、ここにいるのだ?
お前に…答えられるのか?」
怒りだけでない、悲しみや、色々なものがない交ぜになった顔を、
ミュウツーは少し皮肉を込めた目で、見やる。
言うだけなら簡単だ、何度も言われた、と、そう言った。
「…そんなの…、かんたんでしゅよっ」
だが、プリンは、ひかなかった。
はっきりと、意志を持った声で、
「…ミュウツーしゃんは、プリンの歌を聞くために、いるんでしゅっっ!!」
きっぱりと、こう言った。
声が、空に、響いた。
「………。……何、」
「プリンの歌は…、眠気を誘う、歌らしいんでしゅ。
だからプリン、今まで、歌を誰かに聞いてもらったことが、無かったでしゅよ」
「……そうだったのか?」
「しょーなんでしゅ! でも、ミュウツーしゃんは、聞こえたんでしゅよね?
プリンの、声が」
「……ああ」
「プリンは、歌を、誰かに聞いてほしいんでしゅ! そのために歌うんでしゅ。
ミュウツーしゃんは、聞こえました。プリンの、声が」
一度に言い、プリンの息は、少し切れている。
もとよりのんびりと喋るプリンにとって、誰かを叱りつける、という行為は、
非常に苦手なことだった。
気を持ち直して、プリンはミュウツーを、じっと見つめる。
はっきりと意志を持った声で、続ける。
その声は、少しだけ、震えていたけれど、それでも。
「…だから…だからミュウツーしゃんは、
プリンの歌を聞くために、いるんでしゅ。プリンが、そう、決めました」
「………」
「……だから…、…ミュウツーしゃん、…そういうこと…」
次第に声は弱くなって、視線は、下を向いた。
それほどに、悲しかったから。
それなりの時間を一緒に過ごした、友達。仲間。頼りになる存在。
他の誰が「近寄りがたい」と言おうとも、プリンはミュウツーが、好きだった。
寡黙で、強くて、同じポケモン。
「いなければ」なんて、望んでいない。
上手く言えなかった。
でも、ミュウツーがいなくなるのは、嫌だ。
だから…。
「………だから…、」
「………。…プリン、」
「…ぷゅ?」
ふいに、上から声が降ってくる。
珍しく名前を呼ばれて、プリンはつい、顔を上げてしまった。
いつもと変わらない無表情で、ミュウツーが、プリンを見ていた。
そして、いつもと変わらない声で、言う。
「……歌え」
「……ぷ…?」
「……歌え、と言っている」
「…歌…でしゅか?」
「…言ったのは、お前だろう。歌を聞く為にいるのだと。
…お前が言うなら、そうなのだろう。…だから、歌え」
「………」
いつもと変わらない声。
でも、それが、嬉しい。
「…お前の声が聴こえたら、私はいつでも、そこにいることにしよう」
「………!! ミュウツーしゃんっ…」
「…だから、歌え。さっきのお前の怒鳴り声で、誰か起きたかもしれない。
まだ、皆が起きるには、早すぎるだろう。
…私が聞いているから、眠らせてやれ。お前の、歌で」
「……はい、でしゅっっ!!」
ぱあっ、と笑って、プリンはミュウツーに背中を向けた。
プリンの少し後ろに、ミュウツーは座り込む。
すう、と、大きく息を吸い込んだ。
そして、歌う。たったひとりにしか聴こえない声で。
朝焼けに、歌声が聴こえた。
まだ早すぎる街並みに、一時の、安らかな休息を与えた。
早すぎる街並みのため、そして、たったひとり、声の聴こえるもののため、
小さな歌姫は、今朝も歌う。
ネタは気に入っていたのですが、表現が追いつきませんでした。
ミュウツーとプリン。いとこのお兄さんと近所の女の子みたいな…(どんなだ)
ポケモンが出ると、なんとなくほのぼのするような気がします。