006:別れ
黄金色の波の立つ草原の中を、赤とんぼが無数に飛んでいく。
そしてその空は、全体的に赤く、端の方だけ青く、高い。
「…綺麗だねぇ…」
ぽてぽてと歩きながら、ピカチュウは茜色の空を見上げ、ぽつりと呟いた。
頭の上では真っ赤なりんごが、微妙なバランスを保っている。
隣を歩いているのは、果物を紙袋に詰めて抱えている、マルス。
器用なことをやっているピカチュウを唖然と見下ろしながら、
マルスはピカチュウが漏らした一言に、ふ、と我に帰った。
見上げた先にあるのは、広がる茜色。
端の方には、薄い青紫と、星が一つ。
「……空のことか?」
「違うよ。星のこと」
茜色の空を見上げたまま、ピカチュウはきっぱりと言った。
頭の上のりんごを落とさないように、微妙に身体をふらふらさせている。
この広い茜色ではなくて、あの小さな星のことを綺麗だと言ったピカチュウ。
そのワリには、星のことなんて少しも見ていないじゃないか、と、
マルスは不思議そうにピカチュウを見下ろす。
その視線に気づいたのか、ピカチュウはマルスに目を向けた。
身体を一回ぴん、と伸ばして、りんごを高く高く跳ね上げた。
落ちてきたりんごを、器用にしっぽで受け止める。
「悪いけど…空が綺麗だなんて、一回だけしか思ったこと、ないよ」
「…一回だけ?」
「うん。一回だけ」
「………」
そしてまた、頭上に投げ、頭の上でバランスを取り始める。
これはピカチュウなりの、帰り道での暇潰しなのだろうか。
「ねえ、青いオウジおにーさん」
「…うん?」
ふいにピカチュウが、自分に問いかけた。
『青いオウジおにーさん』とは、どうやら自分のことらしい。
ピカチュウの目は、頭上のりんごを追いかけている。
「青いオウジおにーさん、ロイさんのコイビトなの?」
「…………は? ……な、…ッッ!!」
可愛らしい口調、可愛らしい声で告げられた内容は、
マルスにとっては、全く可愛げの無いことだった。
思わず目を大きく見開き、顔を真っ赤にしてピカチュウを見つめるマルスを、
ピカチュウはどこか飽きれたように見る。
りんごを跳ね上げ、今度は両手で受け止めた。
「気づいてないって思ってた? …僕そういうの、わかるよ」
「………っ…」
「そんなメで見なくても、みんなが知ってるわけじゃないって。
僕と…後もう何人かが、ちょっと気づいただけ」
「………」
ピカチュウ的にはフォローをしたつもりだったのだが、何の助けにもなってない。
ますます顔を赤くして黙り込むマルスの横顔を、
ピカチュウはじっと見つめた。
そして、ふ、と笑う。
「…良かったねぇ」
「…え?」
マルスが、ピカチュウの声に振り向いた。
何だか泣きそーな顔をしてるのは…事の発端をめいっぱい恨んでいるからなのか。
「良かった…?」
「いや… …だって、好きなひとと一緒にいられるのは、良いことでしょ」
「……。…別に、好きなわけじゃ…、」
「ウソなんなら、そんなに真っ赤にはならないと思うな」
「………」
ふふ、と、ピカチュウが笑う。
マルスはそれを、相変わらず、不思議そうに見て。
「…青いオウジおにーさんなら、わかるよね。多分。
好きなひとと一緒にいられないのが、どれだけ悲しいのか」
「………え…、」
「……。お別れなんて…、いつ来るかわからないんだから、」
草原の赤とんぼが、遊びにやって来た。
ピカチュウの持ってるりんごに停まって、すぐ飛んでいった。
「そんな、好きじゃない、なんて言わないで。
もっと、仲良しさんでもいいんじゃないのかな。
…それがあなたらしいって言ったら、それまでだけれど」
ピカチュウがまた、りんごを高く上げる。
頭で受け止め、微妙なバランスを保って。
「………」
「帰ろ、マルスさん。ロイさんが待ってるよ」
にっこりと笑って、ピカチュウは言った。
いつの間にか止まっていた足に気づいて、
マルスはその後を追った。
で、差し替えました…が、また微妙なものを…(汗)
中途半端にシリアスちっくなら、いっそドシリアスの方がいいような気がします。
ピカチュウが出るといつも空の話ですね。理由はちゃんとあるのですけれど。