004:CD




『依頼があった。…大きな依頼だから、心して掛かれ』



あの日、先んじて依頼内容を聞いていた大人達に呼ばれて、
子供達は、広場に集まり、話を聞いた。
始まりのそんな一言で、子供達は、浮つく心を静めた。
ここは戦場だ。どんな子供でも、それくらいのことはやってのけた。

『依頼内容は、一つの国を、滅ぼすことだ』

それがどんなに大きな意味を持つかは、わかっていた。
だからこそ皆、気を引き締め、いつも以上の力で、戦った。
血で血を洗い、剣で剣を引き裂くような戦い。
城に乗り込んだ何人かの精鋭を助ける為に、
その少年は城の中庭で、王族の護衛と、戦い続けていた。

顔も思い出せないような雑魚は一瞬で斬り捨てた。
そんな中で何人かは、死力を尽くして戦わないと敵わないような者だった。
それでも皆、長い戦いに疲れて、絶望に追われ、息絶え、死んでゆく。

少年の前に立ちはだかったのは、おそらく自分より少し年上の、魔道士だった。

「………っ、は…っ、」
「…結構、しぶといじゃねーか」

少年は剣を握り、勝気に笑ってみせる。もっとも、息は絶え絶えだったが。
しかしそれは相手とて同じだ。
ぼろぼろのローブの裾を翻し、敵である魔道士は手をかざした。

「…あのさあ、抵抗すると、余計苦しくなるんだぜ?」
「…うるさい」
「…いいんじゃねーの? もう」
「…ふざけるなっ…、…諦めることなんか、できるか…!!
 …敵わなくても、…どれだけの絶望に追われても…!!」

少年を見据えながら、魔道士は呪文を詠唱する。
絶大な威力を誇る、風の魔法だ。
しかしそれももう、以前のような威力は持たない。
魔法は体力を消費する。
あの時の魔道士の限界に近い体力では、もう魔法には期待できなかっただろう。
剣士にとっての、折られた剣と同じ   

殺すことを常とする少年は、敵の顔も、声も全く覚えない。
だから今まで、忘れていた。

「…この力は…、この命は、すべて……      

その瞬間、自分が斬り捨てた、敵が。
最後まで誇りにしていた、戦う理由を。


最後まで忘れなかった、名前のことを………。






   ******



「………」
「………」

深い森の、入り口と出口に、ロイとリンクは、いた。
リンクは腰を地面に落として、呆然とロイを見上げたまま。
ロイはそんなリンクの首に、剣先を突きつけたまま。
二人は、ロイの勝利、リンクの敗北   という形で決した戦いの後、
ずっとしばらくは、そのままでいた。
未だに止まない雨が、二人の髪に、肩に降る。
剣に落ちた雨粒が、水滴となり、リンクの首筋に落ちた。

やがて。

「………っはー……。…つーかーれーたー……。」
「………な…、」

ロイは、リンクに向けていた剣を地面に突き立て、ずるずると座り込んだ。
気の抜けた声。首にまとわりつく髪の先を手で払う、そんな仕草。
傷だらけの身体と、放心しきった表情を見て、リンクは目を見開いた。

「…お前…、」
「んー? 何だよリンク…、…あーもう、いってぇなー畜生」
「……殺さない…のか…?」
「………。
 ………は?」

刺された足をさすりながら、ロイは間の抜けた顔で、リンクを見る。
そして、何言ってんだよお前、と、心底呆れた調子で言うと、
あまり迫力は無い、不機嫌なだけの視線を、リンクに向けた。
それでもリンクは何故か、びくっ、と肩をすくめる。

「あっのなー、殺すわけねーだろ。
 確かにここは戦場だし、殺さなくちゃいけないのかもしんねーけど。
 俺達は本当は一つの勢力だし、仲間割れしただけだし、
 お前は俺の親友で、目標の一つで、……それに…」

こんなこと言わせんな、と半分愚痴りながら。
ロイは、思いきり気の進まない様子で、ぼそっと言った。

「…俺がお前を殺すと、マルスが悲しむからな」
「………。」

それは、戦う理由は一つだけだ、と言い切った、ロイらしい言い分。
それでいて、リンクにとっても、とても重要な言い訳。

ふ、と、リンクは、いつものように、情けなく笑った。

「…甘いよなあ、お前」
「うるせぇ、俺を殺せなかったお前には言われたくねーよ」
「…お前が、強かっただけだろ」
「迷ってるような人間に、負けられるか」

何気ない会話、ロイの、機嫌の悪そうな言葉。
リンクはそれを耳に留めると、思わず目を、大きく見開いた。

「……え…。」

驚いた、という言葉を、そのまま表したかのような表情で、リンクはロイを見る。
それをちら、と視界の端に入れると、ロイは、更に機嫌を悪くした。
どうでもいいことで怒る子供のように見えたが、声だけは硬いままだった。
真剣そのものの、まるで全てを悟ったような。
もちろんロイが、リンクの全てをわかるなんてことは、無いけれど。
ロイは視線を、雨でぬかるむ地面に向けたまま、ぽつぽつと続けた。

「わかんねーと思ったのかよ。…お前、何か悩んでるっていうか、迷ってんだろ?」
「………それ…、…は、」
「でなきゃ俺が、お前にこんなにあっさり勝てるか」

あっさりと言うにはずいぶん怪我が多かったが、二人はそこにはつっこまない。

「…お前は俺の、目標だったんだからな。ったく…、」
「………」

はああ、と、大きく溜息をついて、ロイは。
ぎっ、と、リンクを強く睨んだ。
丸くしていた背筋を伸ばして、真っ直ぐにリンクに、顔を向ける。

「リンク、お前、何、一人で迷ってんだよ。…マルスじゃあるまいし。
 何かあったんだったら力になる。だから、何でもいいから言ってみろ」
「………でも…、」
「い・い・か・ら!! 言っとくけど、お前の為に言うんじゃねーんだからな!
 俺は、いつものお前に勝ちたかったんだぞ!!
 お前に何か理由があるんなら、聞かないと納得できねーだろーがッ!!」
「………っ…。」

びしっ、とリンクを指差して、ロイは言い放つ。
いつものロイらしい、負けず嫌いと、その素直さで。
雨が嫌いだ、とふさぎ込んでいた少年の面影は、どこにもない。
   だから。
だから、自分は。

「………姫様、が…」

きっと、ロイは、知らない。
リンクはロイを、羨ましいと思っている、ということは。
迷っても立ち上がれる、心の強さ。
自分には持てないものの一つだった。

静かに、雨に混じって聞こえないくらいに。
リンクは静かに、静かに言った。

「…ゼルダ? ゼルダがどうかしたのか?」
「…オレが思ったとおりのことをしろ、って、言われたんだ…。
 …それで…、…あいつ…マルスを、助けようと思って…」
「………」
「…謝ろうと、思ってたんだ…そうしたら…、」

息を詰める気配。
泣きそうな、震えた声で、リンクは言う。
守りたいものの。
一つの、名前。

「………ピカチュウ…が…。」
「………。」

左手で顔を覆い、リンクは静かに、名前を呼んだ。
…こんな弱い姿を晒すような、青年ではないのに。
戦いの最中、どうしてあれだけロイに降伏を求めたのか、
剣が迷っていた理由、違和感のある気配は何だったのかを、
ロイはようやく理解した。

深く溜息をついて、ロイはぽつり、と言う。

「……そっか。…なるほどな」
「………」
「俺を殺せば、ピカチュウを助けてもらえる、ってわけか」
「………ああ…。」

肯定し、自分に与えられた選択を、リンクは隠そうとはしなかった。
地面にあぐらを掻いて項垂れるリンクから、少し離れたところで、
ロイは足を投げ出して、空を見た。
灰色の空の周りを、森の木々が、額縁のように覆っていた。
降り続ける雨は、一向に止む気配を見せず、ただひたすらに、世界を染める。
碧の瞳を細めると、ロイは、祈るように一瞬、瞳を閉じた。
頬を、雨粒が流れていく。
すぐに瞳を開いて、そして。

「……それで?」
「……?」

ロイはリンクの方に目を向けず、声だけをそちらによこした。
リンクが、不思議そうにロイを見る。

「お前はこれから、どうするんだ? 俺はもう今は、お前には負けない」
「………」
「俺は、マルスを助けに行く」
「………オレ、は…」

ロイから視線をはずして、リンクはうつむいた。
ぬかるんだ地面。冷たい雨。まとわりつく空気。
青い瞳が、答えを求めて、彷徨う。

自分が、今、したいことは。
   何、なのだろう。

忠誠を誓った姫君が、運命の守護騎士に、手向けた言葉は?
小さな親友が、自分の命をかえりみずに、叫んだ想いは?
一人と一匹が心の奥に隠していた、自分の本当の気持ちは?

「………」

言われたことが、たくさんあるはずなのに、ずっと目をそむけていたことに、
気づいた時は、もう、遅い。
目の前にはロイがいて、剣は遠くまではじかれている。
雨の音が、リンクを、意識の底から呼び戻した。

「…姫様も、あいつも。…あの子のことも、助けたいんだ…。」
「………」
「…けど…、オレは…、」
「………。…そこまで答え、出てるんなら、いいじゃねーか」

ロイは雨の中、傷の痛みに顔をしかめながら、ゆっくりと立ち上がった。

「ゼルダに、自分のしたいことをしろ、って言われたんだろ?
 で、お前、ゼルダとマルスと、ピカチュウ、助けたいんだろ?」

うつむいたままのリンクを見下ろして、言う。
迷いの無い、自分を信じることのできる、はっきりとした声。
腰に手をあてて、ロイは続ける。

「決まってんじゃねーか。リンクの、やりたいことが。
 それじゃあ、何しようと、文句なんか言われない」
「………」
「まあ、マルスは俺が助けるんだけどな。他の二人は知らないけど。
 でも、お前もマルスを助けたいんだったら、俺はお前に協力する」
「………!」

敵同士。
とは、けっして思えないような言葉に、リンクは顔を上げた。
ロイが自分を見下ろして、ふ、と笑っていた。
その後ろの、灰色の空からは、雨が降っている。
雨さえ味方にしてしまいそうな、図々しい程に、力強い姿。

「一時休戦だ。それで、いいだろ?」
「……ロイ…」
「もう一度言っとくけど、お前の為じゃない、俺の為だからな。
 一人よか二人でやる方が、心強いだろ。邪魔もされないし」
「………。
 ………ああ…。」

いつものように、情けなく笑う、その表情は、
ロイの知っている、いつものリンクだった。
ぬかるんだ地面から、すっと立ち上がり、リンクはロイを見下ろす。
その身長差が腹立たしく、ロイは不機嫌そうな顔をした。

そんな、少年らしい表情の変化の理由に、気づくことができて。
リンクは、おかしそうに、笑う。
そして。

「わかった。…ロイ、オレは、姫様もマルスも、ピカチュウも助けたい」

今度こそ、そう宣言した。

「…オレ一人の力じゃ、無理かもしれないけど。
 …お前がいるんだったら、できるかもしれない」
「しれない、じゃなくて。絶対やんなきゃいけねーんだよ」
「…そうだな」

自分の思ったことを、思いのままに、遂げること。
誰一人として傷つけずに、なんて、そんなことを考えていたけど。
目の前のロイも、自分も、既に傷だらけだ。
そんなことが、リンクの不安を、取り去ってしまう。

「…怪我、大丈夫か?」
「ちっとも。」

軽々しい会話をした後で、リンクはようやく足を一歩、踏み出した。
まずは、吹っ飛ばされた剣を取り返さないことには、どうにもならない。
ロイの横を通り過ぎて、剣の方へ向かうその姿を、
ロイは、ほんの少し苦笑して見ている。

リンクが、剣の柄に手をかけた、


   その時。


「甘いぞ」
「!!!」

優しい、よく通る声が聞こえた。
ロイのものでも、リンクのものでもない、第三者の声。
リンクは剣を握ると、とっさに振り向いた。
そして、そこには。

「…………、」
「……な…、」
「だからお前は、子供だと言うんだ。…息子よ」

ロイの首筋に、後ろから、細身の剣を当てた、

「………父、上」

エリウッドが、いた。

「よく知っている声が聞こえたと思えば、
 まさかこんなことになっているとはな」
「………」

相変わらず優しい微笑みを携えたまま、エリウッドは後ろからためらわずに、
剣を、真っ直ぐに、ロイの首筋にあてている。
そのまま手を引けば、首の下の動脈を掻っ切って、殺せてしまう位置。
ロイの表情は、凍ったまま、動かない。息が満足にできない。
そして、予想外の人間の、予想外の行動に対する、リンクの身体も。

雨の中。
ロイとリンクに、緊張が走る。

…が。

「…とまあ、こういうわけだ。あまり気を抜かないようにな」
「………っ…、」

エリウッドは、特に何もせずに、剣を鞘に収めた。
台詞から見て、きっと今のは、何でもない、ただの“稽古”の一環。
緊張が抜けて、ロイの身体が地面に崩れる。
一拍置いて、リンクはロイの方へ駆け寄った。

「ロイ! …えっと、大丈夫…か?」
「………ッの、バカ親父っっ!!」

差し出されたリンクの手は取らず、ロイは思いっきりエリウッドに向かっていた。
殺人的な勢いで飛んできた拳を軽々と避けて、エリウッドは楽しそうに笑う。

「まあ、そう怒るな息子よ。私は可愛い息子とコミュニケーションをと」
「だーれーが、“可愛い”息子、だ!! ロクなことしねーな本っ当ッ…!!
 父上が敵に回ったのかと思って、寿命が5年縮んだだろーがーっ!!」
「ははは、まあ、10年じゃなかっただけ良かったじゃないか」
「そーいう問題じゃねーんだよッ!!」

胸倉でも掴まんばかりの勢いで、ロイはエリウッドに喰ってかかる。
呆れたような視線をリンクが送る中、エリウッドは相変わらず飄々としていたが、
やがて、ふ、と一つ、息を吐いた。
飛んできたロイの手を、手のひらで受け止めて、少し悲しそうに、笑う。
その表情の変化に気づいたロイが、手の力を緩めた。

「…父上?」
「…私がお前を、裏切ることなんて、ありはしないが。
 …世界というのはいつも、残酷なことばかりするものだ。
 …そしてお前は、それを、思い知らなければならない」
「………」

ロイが手を下ろしたのを見て、エリウッドは腰の剣を抜く。
白く銀色に光る、細身の剣。
数歩下がり、ロイと間合いを取ると、エリウッドは剣先を、ロイに向けた。
動じることの無い、それはとても強い   

「………」
「私は潜入操作を終えてきたところだ。リンク、お前の勢力のな。
 …そこで私は、とんでもない秘密を抱えてしまった」
「…ひみつ?」
「ああ。それを私は、お前に教えようと思うが   

穏やかだった、エリウッドの青碧の瞳が、急に、色を変えた。
それだけで誰かを刺し殺せるかのような、威圧感のある、瞳。
空気が氷るような錯覚に、ロイは震えそうになる身体を押さえ込んだ。
エリウッドのこんな瞳を見たことがなくて、リンクはただ、呆然と見ている。

よく似た、親子だと思う。
二面性がはっきりと見て取れる、そんなところも含めて。
怖い親子だと、少し前に、小さな親友は、言っていた。

静かな森。雨の音が、聴覚を支配して、離れない。
剣先は動じず、真っ直ぐにロイを捕らえている。
エリウッドは、結んだままだった唇を、そっと開いた。
静かな、深い声。重みを携えて、ぽつりと言う。

「ロイ。
    お前は、誓えるか?」

それは。
とてもとても、とても重い。
たった一つの、名前。

「………」
「どれほどの絶望に追われても。どれほどの憎悪に責められても。
 どれほどの悲哀に遭おうとも。……マルスを、愛している、と」
「………。」

エリウッドの口から紡がれたその言葉は、とても真剣だった。
言葉ひとつ取ってみても、到底、すぐには理解できないほどに。
真意なんて、わかるわけもなかった。
だけど。


「………ああ。………誓うよ」


それでも。
ロイは。


「…俺は、マルスを愛している。それだけは、絶対に変わらない。
 どれだけ血を流しても、どれだけ涙を堪えたって」


自分の戦いの理由。ロイの持てる力の、すべての理由。


「俺は、マルスを守るためなら、死ぬこと以外は何だってやる」


真っ直ぐに、エリウッドを見て。ロイは、ただ一言、誓う。
間違っているとも、おかしい、とも思わない。
どうしてそこまで、と思われるかもしれないけれど。
ロイが自分に誓ったことは、それがすべてだった。

曇りも迷いも無くなった、碧の瞳。
エリウッドは、ふ、と笑う。

「…そうか。…安心したよ。それならいい」
「………」

ロイに向けていた剣を、鞘に戻す。
もう一度見てみると、エリウッドの瞳はいつもの穏やかさを取り戻していて、
ロイとリンクは、深く深く息を吐いた。
普段が穏やかである為に、こんなことがあると、どうしても緊張してしまう。
何をするにも、まず、誰もがいつも通りでなければ、不安だ。
そんな二人の顔色を読み取ったのか、エリウッドはにっこりと笑った。

雨が、降っている。

「…それとこれと…、何の関係があるのか、知りませんけど」
「ああ。…約束だ、教えよう」

ぽつり、と言ったロイに、エリウッドは返事をする。
祈るように一瞬、瞳を閉じて。

「お前にも、それから、リンクにもな」
「…ここまで腹括っちゃったんだから、一蓮托生ですよ…」
「そうか。ありがとう」

良い親友を持ったのだな、と、微笑むエリウッド。

そして      




「マルスと、ガノンドロフが、手を組んだ」




「………………」



ただ、一言。
こう言った。


「………え……? …何…、」

長い長い沈黙の後、初めに声を発したのは、リンクだった。
驚きに、青い瞳を、大きく見開いたままで。
沈黙を保ったままのロイも、ずっとずっとエリウッドを見ている。
その、事実は。

「…何…言って…、」
「…こちら側の勢力を裏切った、というわけではない。
 あの子は、ガノンドロフと、手を組んだ。
 どういうことだかは、わかるな? あの子の敵は、敵も味方も全員だ。
 …マルスは、」
「………っ…、」

震える唇。
震える肩。
ぎり、と、手を硬く、硬く握りしめる。

「こちら側の勢力も、あちら側の勢力も、全員を、殺すのだと   …」
「………何、言ってんだッ!!」

その場の雰囲気を吹き飛ばすような声。   ロイのものだ。
リンクは驚いたまま、そしてエリウッドは常と変わらず、
話を遮った、ロイを見る。
肩で息をしながら、ロイはエリウッドを睨んでいた。
怒り、という感情、そのものの表情で。

「…ロイ…、」
「…信じろって言うのかよ、そんな話」
「ああ。そうだよ」
「…信じられるわけ、ねーだろ!! …そんな、ことっ…!!
 …さっきみたいに、冗談だったら、本ッ気で怒るぞ!!」

怒りに身を震わせながら、激情のままを口にする。
冗談で、こんなことを言うわけがないのに。
エリウフッドは、ふ、と悲しく笑う。優しいままの声を紡いだ。
怒りを心持ち押さえつけながら、ロイはそれを聞く。

「…冗談では、ないさ。
 覚えているか、ロイ      

夢であればいいと、どんなにか、思った。

「…何を、ですか」
「私達の滅ぼした、国のことだ。…二年くらい、前だったかな。
 大きな依頼だっただろう。一つの国を、滅ぼしたのだからな」

そうでもなければ、本当は、歩いていきたくないくらいだった。
人を殺して、罪を犯して、生きている。
真っ赤な道の上を歩く、この世界の、意思あるもの達。

「覚えてるに決まってるじゃないですか。
 確かに二年くらい前ですけど、でも、それが、どうか   …」

ぴた、と、ロイの言葉が途中で止まる。
リンクの瞳は、驚愕に、大きく見開かれて。

「………」
「………」

その一瞬で全てを理解したことを、エリウッドは理解した。

「……父…上」
「………」
「……そん、な…。」
「………謝ろうと、思っていたんだ」

なおも穏やかな声。
雨の音。
静かな声が、辺りに染み渡っていく。

「あの時の計画では、子供達…お前達が、城の外の兵士を片付けて、
 私達、…つまり大人、か…、…が、城の中の残党を始末する、という手筈だった。
 城の中には、王族がいるからな。
 あの国の宮廷騎士団…王族を守る騎士団は、精鋭揃いだと聞いていたから」

封じられていた記憶が、よみがえる。
ずっと、奥底に眠っていたはずの記憶。
あの日も、こんな雨の日だった。
城に、中庭に、燃え上がった火が、消えないほどの、強い、強い   
戦いの記憶。

「だが私達は、何人か、騎士団を外に逃がしてしまった。
 一瞬で斬り捨てられるような雑魚に混じって、
 死力を尽くして戦わなければならないようなのが、いただろう?」
「………」

思い出せたのは、とても断片的なものだったけれど。
雨の日。赤い火。いつもと変わらない、次々と斬って捨てる、自分。
もう少しで終わりそうだった時に、急に立ちはだかった者。
風の魔法を使う、魔道士だった。

「すまなかったな」
「………!!」

ロイは、碧の瞳を見開く。

「……ロイの親父さん」
「何だ?」

ぽつり、ぽつりと、リンクは、苦しそうに言葉を紡いだ。
満足に息ができないほどの、知らなければ良かったと思えるほどの真実だ。
これは。

「……いつから…そのこと、知ってたんですか…」
「…あの子が、あの国の忘れ形見だということは、最初から知っていた」

先程から黙ったままのロイの代わりに、リンクは問う。
静かに、それに答えるエリウッドは、
己の右手を見ると、やはりどこか悲しく、笑った。

「あの子を殺すのは、私の任務だったんだよ」
「………、」
「私はあの子を殺すために、あの子がいるはずの部屋に向かった。
 そこを守っていたのは、背格好の良く似た、二人の騎士だったな。
 力の差くらいわかっていただろうが、二人は向かってきた。
 …流石に少し、心が痛んだがな。依頼だからと、冷酷なふりをして」

そして。

「二人はあの子に危険を知らせるために、あの子の部屋に駆け込んだ。
 私はその後ろから、二人を殺した。   あの子の、目の前で」


部屋の中には、目的の王子がいた。
自分の子供(ロイ)と、さほど変わらない年齢であろう少年。
綺麗に飾られた部屋。
中庭を見渡せる、ガラス張りの、大きな、広い窓。
そこからずっと、外を眺めていた少年は、こちらを振り向いた。
驚愕。
絶望、憎悪、悲哀。
いろいろなものを、揺れる藍の瞳に閉じ込めて。

そして。
エリウッドが、ためらってしまった瞬間に。
王子は、逃げた。
剣を腕に抱えて。
窓ガラスを、突き破って。


ここまでやって来た。
何も知らないロイに連れられて。


たった一人で。剣を握って。仇の中で、何も知らないふりをして。



      マルスという、たった一人の子供は。




「……っ…。」
「…わかるな? あの子は確かに、こちらの勢力の者だった。
 しかしそれは、あくまでも、あの子が自分を偽っていたから。
 私達は、依頼に従って、あの子のいた国を滅ぼしただけだ。
 だがあの子にとって私達は、大切なものを壊した、仇でしかないんだ」

リンクは言葉を失う。確かな真実を突きつけられて。
後戻りはできない。
やり直しもきかない。
いつだって平等に、残酷な、現実。

「ロイ。
 あの子は、今は二つに分かれてしまった、勢力を。
 そして、私を、殺しにくるだろう」

エリウッドは、歩き出す。ロイの横を、するりと通り抜けて。
こちらを見つめるリンクに笑いかけ、
先程まで、ロイとリンクが戦っていた、森の出口へ向かう。
森の向こうには、自分が味方をする勢力の、拠点がある。

たった一人、逃がした王子をめぐって、二つに分かれた、勢力。
勢力が分かれたことに、意味があるのかさえ、もう、わからないけれど。

「お前は、あの子を、愛していると言った」

知らなければ良かった、と思えるほどの真実と。
そんな、一言だけを残して。

   その気持ちを、信じているよ」

エリウッドは、穏やかに微笑み、森の向こうに、消えた。





雨が、降っている。
灰色の空から。
世界を壊すような、音をたてて。

   ロイ…。」
「………」

先程から、下を向いてうつむいたままのロイの背中に、
リンクは声をかけた。
声が震えているのが、自分でもわかった。
でも、どうしようもなかった。

どうして、こんなことになったんだろう。
自分達が壊した、一つの国。
たった一人、生き延びた王子。
招き入れた、自分達。

記憶の中に眠っていたものは、確かに自分が引き起こしたことなのに。

「……俺……、」

ぽつり、と、ロイは呟く。
剣を握る右手を、力無く動かして。
その指先を見つめて、言う。

「……殺した。……あの日。あの人の、大切なもの」
「………ロ、イ…?」
「……どうして…あの人の名前なのに…何で、忘れてたんだ…」

神様。
神様、どうして。

「………何で…、…ッ、何でだよ   …!!」

どうして、世界は、運命というものは、雨は。
凍えそうなほどに、冷たいものなのでしょう。








『…ふざけるなっ…、…諦めることなんか、できるか…!!
 …敵わなくても、…どれだけの絶望に追われても…!!』

あの日。
雨の中、ぼろぼろになりながら、向かってきたもの。
死力を尽くして、戦った相手。
こちらには気持ちに余裕があったから。だから、勝てた。
余裕を気取らなければ、負けていた。

『…この力は…、この命は、すべて……      

どうして。
どうして、忘れていたのだろう。
彼は、確かに言っていたのに。

この力は、この命は、すべて。


   すべて、マルス様のために      …!!!』



すべて、“マルス”のためだ、と。


…言っていたのに。



CD→CD−R→記憶するもの。記憶そのもの。
CD−Rは、忘れた頃に漁ってみると、とんでもないものが潜んだりしています。
自分で入れたはずなのに、何故か忘れてるんですよね。そんな感じ。

紋章キャラ好き〜とか言ってる人間が書くものじゃないですね…。
いやでも好きなのは本当なので…。ごめんなさい…。

前の話でも同じ事を説明したから、さらっと書くだけにしようと思ったら、
妙に長くなってしまいました。しつこくてすみませ…というか長くて…。