001:女子高生




その日。
マルスは、とてつもなくイライラしていた。


   ******


ロイとリンク、ピカチュウとダークリンク。
…と、いう、何だか微妙な組み合わせで会話が行われている、昼のリビング。
ロイとリンクは、どうでもいいことを真剣に話し合っていて。
ピカチュウとダークリンクは、一緒に本を読んでいるようだった。
なんて、穏やかな時間。

そんな時間を。
さわやかにぶち壊した、
青年、一人。

ばぁんっっ!! …と、派手な音をたてて、ドアを開けて。

「………」
「………」
「あ、マルス!」

ドス黒いオーラを抑えもせず撒き散らしながら、マルスが、やってきた。

「おっはよー。って、もう昼も過ぎてるけどな。何寝坊なんかしてんだよー」
「……別に…」

イライラしてます、という文章をそのまま再現したかのようなマルスは、
空いているソファーに真っ直ぐ向かい、かなり乱暴に腰を下ろした。
…一体どうしたんだろう。
普段とまったく様子の違うマルスを視界の端に入れ、
リンクとピカチュウは、かなりびくびくしていた。
人間の機嫌のことがよくわからないダークリンクと、
マルスのことなら9割許容するロイだけが、普通だった。

「で、どうするー? 朝メシ、じゃなくて昼メシか。作ろっか?」
「…いらない」

さも当然であるかのように、マルスの座るソファーの斜め後ろに移動したロイを、
バッサリと切り捨てるように、一言。
あんなに機嫌が悪いマルスに、にこにこ笑いながら話しかけるロイは、
実はかなりのつわものなのではないだろうか。
まるで爆発物でも見ているかのようなリンクの視線は、そう言っていた。

「いらない、じゃねーだろー。何か食わねーと、身体壊すぞ?」
「…どうでもいい…」
「どうでもよくねーよ。あんた、昨日も朝と昼抜いたろ」
「…うるさいな…、どうでもいいだろ!」

まったく似合わない甘ったるい声が気に障ったのだろう、マルスは声を荒げる。
頭痛でもしたのだろうか、額を手で押さえながら。
さすがにそれには耐えかねたのか、ロイはとうとう、顔をしかめた。

「だから、どうでもいい、じゃねーだろーがッ!!
 何だよ、何でそんなに機嫌悪いんだ? マルス」
「……ッ…、」

ちょっぴり嫌な顔をしながらも、ロイはめげずに、マルスに話しかけている。

「服の裾から中途半端に糸が出てて切れない、とか?」
「…違う…」
「違うのか。じゃあ、寝癖が直らない、とか?」
「…違う…っ」

というか、見ればわかるだろうし、第一マルスはそんなことで怒るひとでは無い。
そんな至極真っ当なツッコミは、リンクとピカチュウの心の中に留められた。
今はもう、何を言っても、マルスの逆鱗に触れそうで。
普段が本気でキレないぶん、どうしても嫌な予感が拭えない。
ダークリンクは本を開いたままの格好で、不思議そうにロイとマルスを見ている。

あのピカチュウでさえそう思っているのにもかかわらず、
ロイは頭に浮かぶ不機嫌の理由を、次々と口にする。
言うたび、マルスの眉間の皺が増えていることを知っているか、知らないが。

「んー…。…あ、探し物がとうとう見つからなかったとか?」
「違う…」
「カーテンが上手にまとまらなかった、とか」
「……違う…。」
「目玉焼きが双子じゃなかった! とかー」
「…僕は朝食は、食べなかっただろ…っ」

いらいらいらいらいらいらいらいら。
…そんな効果音が聞こえてきそうである。

「あ、そっか。んー、髪が絡まってて、ブラシが引っかかって痛かった?」
「………違う…、」
「ドアの角に足の小指をぶつけた」
「…………違う…っ、」
「落ちた消しゴムが隙間に入って取れない?」
「……………違う……!」
「あっ、わかった!! 生理痛だ!!


めきっ。


何かが砕けたような音がして、マルスの鉄拳がめり込む。
   ロイの顔面に。

「だ…っれが、生理痛だ、誰が…!! …ふざけるなっっ!!!」

とうとうソファーから立ち上がって怒鳴るマルス。
当然だとは思うが。
ロイは床に突っ伏したまま、ぴくりとも動かない。

「…セイリツウ、とは何だ?」
「…んー…、…僕は今、初めて聞いたけど。何だろうねえ?」
「そうか。お前が知らないのなら、人間のことなのかもしれないな」
「じゃあ、リンクの管轄だね。
 ねぇリンクー、セイリツウ、ってなあにー?」
「………………………いや…………。」

ピカチュウとダークリンクの純粋な疑問のとばっちりは、
いつものようにリンクに飛んできた。
哀れ思春期真っ盛りの青少年リンクは、真っ赤になった顔を左手で隠して、
ふい、と顔を逸らしてしまう。どうやら知っているらしい。

「……? …勇者?」
「…本当に、何だろうね?」
「……マルス、ごめん…ごめん、マルス…ッ!!」

…マルスにあっても驚かないかもしれない、なんてことを思ったかどうかは、別として。

勝手に一人でマルスに謝っているリンクと、
頭の上に疑問符を浮かべているピカチュウとダークリンク。
そこからほんの少し離れた現場では、
マルスが、未だ起き上がってこないロイの頭をぐりぐりと踏みつけていた。
妙に迫力のある構図だ。

「大体お前はいつもいつもいつもいつも、人のことをからかって…!!」
「なっ、別にからかってねーよ! 本当にそうだと思っただけで」
なおさら悪いだろッッ!!

がこんっ。

ようやく復活したロイの後頭部に、かかと落としが綺麗に決まる。
再び床に突っ伏したロイの手の先が、最後の力を振り絞って、ぴくぴく動いた。

「……ッ…、」

ぜえはあと、肩で息をしながら、マルスは鬼のような形相でロイを見下ろす。
それでもまだ苛立ちはおさまらないらしい。
どころかますますドス黒いオーラを濃くしている。
近づくのはおろか、見ていることだって怖かった。

「…お前、はっ…。…いつも…ッ…」

これも苛立ちのせいなのだろうか。
声が、苦しそうに、途切れ途切れになっている。
リンクとピカチュウがそうなってようやく、

マルスの異変に気づいた。

「…おい、マルス?」
「人を…ッ、…怒らせるのも、大概にっ…」

肩で息をしている、というよりは、やはりどこか苦しそうな。
線の細い身体は、妙にふらふらして。

   次の瞬間。

「………っ…。」
「!! マルスさんっ…」

マルスの身体が、横向きに大きくぐらついた。
自分で支えるだけの、力が残っていないらしい。
重力に引かれて、床に落ちる身体。
倒れる、寸でのところで。

   マルス!!?」

反射的に起き上がった、ロイの腕が伸びていた。
倒れたマルスを抱きとめて、安全な姿勢を取る。

「おいっ、マルス、マルスッ!?」
「……ぅ…ん…、」
「おい、どうしたんだよマルス!! 何っ…、」

ぼんやりとにじむ、焦点の合わない目。
頭の中がぼうっとして、   痛い。
耳に届く声が遠くなって   …。


薄れていく意識の中。
マルスは、自分を支えるロイの腕だけを、
現実の境目に、していた。





   ******



   ったく。…大丈夫、熱があるだけだよ。
 食欲が無い、って時点で気をつけるべきだったな…マルスも。自分で言ってこい。な?」

マルスの部屋。
ベッドの上。
ふわふわの毛布が、心地良い。

「じゃあ、俺は行くからなー。ロイ、しっかり見張っとけよ」
「はい。ありがとうございました」

ぱたん、と、閉まる扉。
部屋が、静まりかえる。

「………」
「………熱で頭痛、か。…イラついてた原因は、それだったんだな」

次に意識を取り戻した時、マルスは、自分の部屋のベッドの中にいた。
天井の次に見えたのは、心配そうなロイの顔。そして、白衣を着たマリオの姿。
具合が悪いときは自分で言え、と説教をして出て行ったので、
マリオはもう、ここにはいなかったが。

傍らのイスに座るロイの手が、マルスの髪を撫でる。
青い髪がさらさらと落ちて、瞳に影を作った。
マルスは、少し潤んだ目で、ロイを見上げる。
その視線に気づいて、ロイは苦笑した。

「…まったく、あんたも変なトコで鈍いよなあ。
 自分で具合悪いのに気づかないなんて、そんなこともあるんだな」
「……悪かった、な…。」
「ああ、悪いね。…みんな心配するだろ、急に倒れたら」

俺も。   そう、付け加えて。

「それにしても、あれだな」
「……?」
「マルスがすっげー不機嫌になると、あーなるのか。
 ちょっと珍しかったかも」
「……。…お前、わかってやってたのか?」

散々、どう考えても人を怒らせたいのか、としか思えない言動。
訝しげにマルスが視線を向けると、ロイは心底驚いたような顔で、
マルスに反論する。

「え、何がだよ。俺はマルスの機嫌が直ればいいなあ、と思って」
「………………。」

その結果が、あれ。
   マルスは、呆れて溜息をついた。

「………」
「…じゃあ、俺、何か作ってくるから。
 それまで、少し寝てろよ。本読んだりするなよ」
「…うん」

ぽん、と、毛布の上から胸の辺りを軽く叩いて、ロイは立ち上がる。
ベッド脇のサイドテーブルに、本が載っていないのをきちんと確認して。
カーテンを束ねて、少しだけ開いていた窓を閉めた。

そして、踵を返そうとした、直前。
ふと何かを思い出したように、ロイはマルスのところに戻ってくる。

「…ロイ?」

不思議そうに見つめるマルスの頬に、ロイは身体を屈めて、手を伸ばす。
いつもより少しだけ熱い、目元。
いたわるように、静かに口づけた。
ふれるだけの、小さなキス。

「……っ、」
「…じゃあな。おやすみ。すぐ戻ってくるよ」
「………ん…。」

にっこりと、笑う。
扉を開けたところで振り返り、子供にするように手を振ってから、
ロイは静かに、扉を閉めた。

「………」

静かな部屋。
熱を帯びた目元を、ほんの少し、気にしながら、


「……おやすみ…。」


マルスは再び、眠りについた。



ノリだけで書くとこうなりますよという具体例。
全世界の真っ当なロイ様と王子ファンに土下座をしなければならないなと思いました。
こういうノリが苦手な方、申し訳ございません…。

そうか、私はもう女子高生は過ぎたんだな、と思った瞬間頭の中を駆け巡ったのは、
「部活」「集団下校」「化学」と、件の「痛み」、でした。
…貧血で階段から落ちた瞬間意識を取り戻したという嫌な記録の持ち主でして。