○ プラチナ ○




「結婚の約束の証に、指輪を贈る、っていう風習が、あるけど」
「……え?」

ショーウインドウに飾られているそのマネキンは、ウエディングドレスを着ていた。
真っ白な花が飾られた、真っ白なドレス。ふんわりとしたベールが、顔を隠している。
たまたま通りがかった路でそれを見かけたマルスは、何気なくそんなことを言った。
結婚の約束の証に、指輪を贈る、風習が、ある、と。

隣でそれを聞きとめたロイとしては、何を突然そんなことを、と首を傾げるしかなく。

「……それが、どうかしたのか?」
「え? ……あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……、
 ……ただ、何となく、思い出しただけで……」

綺麗なドレスだな、と呟きながら、マネキンを見上げるマルス。
その横で、ロイが、あんたなら似合うと思うけど、なんていうことを思っているとは、
当然知るわけも無い。

「ロイのところは?」
「は?」
「ロイのところには、そういう風習は、何かあるのか?」
「……んー。……えっとなー……」

マルスにとっては、あくまでも、世間話レベルだ。
そんな感じの気楽な顔を、ちょっと不機嫌に見上げながら、
ロイは頭の中、故郷のことを思い出す。
ほんの少しの間を置いて、

「……指輪、では無いし、約束の証ってわけじゃないけど……」

こう切り出したロイに、マルスは興味の視線を寄せた。

「お嫁さんが、婿の母親から、ベールを貰うかな」
「……ベールを?」
「ああ。婿の母親が使ったものとか、もしくは作ったものとか。
 それを貰うことで、お嫁さんは、婿の両親に祝福されてるってことになって……、」

ロイの瞳は、いつのまにか、マネキンの方に向いている。
それを追いかけるように、マルスの瞳も、マネキンの方に向いた。
真っ白なドレスが、白銀色に光って、きらきらしていた。

「……二人は、幸せに結婚できるって、そんな話。
 俺の地方って、昔から、結婚には結構厳しくてさ、
 絶対両方の両親に認めてもらわなくちゃいけなくて。
 だから、婿の両親がお嫁さんを認める、だったらしいぜ、昔は」
「……そうか……。……大変、だな」
「……何をしんみりと他人事で、大変、なーんて言ってんだよ」

はああぁ、と溜息をついて、ロイはぽつりと言う。
聞こえなかったのか、聞こえたが意味がわからなかったのか、
マルスは小さく首を傾げると、不思議そうにロイを見た。

「……え?」
「……あー、何でもねーよ」
「……??」

居心地悪そうに返事をしても、マルスの表情は変わらなかった。
ああもうこの鈍感、と心の端で思っていると、マルスは更に質問する。

「ロイのご両親は、そういうのに厳しいのか?」
「は? ……あー、いや、あんまりそういう話したことねーけど……。
 ……俺が本気なら、何も言わない、とか言ってた気がする」
「そうか。……良い人なんだな」
「どーだか。見境は無いし、ふざけてるし、確かにすごい人だけど」

反抗期真っ盛りそのものであるロイは、何を思い出したのか、腹立たしげに視線をそらす。
その様子を見ながら、ふわり、と笑うマルスにちょっぴりどきっとしながら。
自分の父親にこの人を紹介するのはやめよう、と、こっそり思うロイであった。

今そんなことをマルスに言っても、通じるわけが無いので、
ロイは、自分からマルスにも、質問をすることにした。

「マルスの方は、指輪って?」
「うん、僕の方は簡単だよ。
 男性が女性に、指輪を一つ、渡すだけ」
「あー、確かに簡単だな。それって指輪とか、やっぱ高い方が良いとか?」
「いや、そんなことない。
 銀製の細い環に、小さな石をつけるだけの、簡単なやつで良いんだ。
 その石の色は、その女性の好きな色にする、っていうのが決まり」
「……ふーん……。」

確かに簡単だが、石の色がどうこうと聞けば、
どうやらそれにはやはり、多大なる想いが詰め込まれているらしい。
結婚の約束の証、なのだから、当然と言えば当然だろうが。

「…………」

視線を、何気なく、マルスの手、細い指にやって。
ロイは、ぽつりと、訊ねる。

「……あんたは、誰かに、もらったことある?」
「……は?」

ぽかん、としたマルスの表情。
しまった伝わってない、とロイが思った時は、遅すぎた。

一拍置いて、マルスはおかしそうに笑い出す。

「やだな、何言ってるんだ? 僕は渡す側だろ」
「……そりゃー、そうだけどよ……」
「まったく……。……、……。」
「……何だよ、その間は」
「……いや……、……でも、そうだな、前に二度……じゃないな、三度……」
「!!?」

聞き捨てならない台詞だ。
そらした顔をぐるっとマルスに向けたロイの顔は、
この世の終わりを見てきたようだった。

「何、何だよ!! 何があったんだよ!!」
「な、何でお前がそんなに怒ってるんだ?」
「俺はいいから!! 何があったんだ、言え!!」
「……何って、大したことじゃないよ。
 ……指輪、受け取って下さい、とか言われたこと、あったな、と思って……」
「誰に!! てゆーか、女!? まさか男じゃっ」
「男だよ。……何で、そんなに驚いてるんだ?
 子供の頃……10歳とか、12歳くらいの時の話だし、
 他愛も無い冗談だって」

あははは、と実におかしそうにマルスは笑っているが。
冗談だったのはマルスだけで、向こうは本気だったのではないだろうか。

ロイは、心底げんなりとして溜息をつく。

「……どうだよ、この、罪の無い悪意は……」
「?」
「何でもねーよ。ああそうだよ、それでこそマルスだよな……」
「……??」

真面目なマルスのことだ、冗談でも受け取るなどとは言わなかっただろう。
自分の想いが伝わらないもどかしさは、ロイには充分わかっているつもりだ。
随分やっかいな人を相手にしたものだと、改めて思った。

ショーウインドウに手をついて、何度目かの大きな溜息をつくロイ。
そんなロイを不思議そうに見ながら、マルスはその背中に声をかける。

「ロイ、あの」
「?」
「そろそろ帰ろう。ごめんな、急に立ち止まったりして」
「え……。……あ、ああ……。」

返事をしてみれば、かさ、と、手に持った買い物袋が音をたてた。
早く屋敷に持って帰れ、溶ける   と、
買い物袋の中の、アイスクリームが、言っている。

さっさと歩き出したマルスを、ロイは慌てて追いかける。
先程までと同じように横に並び、見上げた横顔は、
いつも通り、淡白だけど、もう以前のように冷酷では無い、
マルスの横顔だった。

「……なー、マルス」
「うん?」
「あんた、好きな色、何?」
「え? 好きな色?」
「いーから、教えろ」
「あ、うん……。えっと……、」

どうしようもなく鈍感で、どうしようもなく優しい。
本当に、本当に、厄介な人を好きになってしまったと、
思い直しても、もう、遅い。

それは、二人一緒、が当たり前になる日常より、少し前の話   



今までネタにしてない何かと言うと、指輪しか無くって……。

二人の世界の婚約の証拠のお話は、私の勝手な想像と捏造です。
何にしたってやはり、指輪というのは、
いつまで経っても女の子の永遠の憧れであるべきであると思います。

後はまあいつものロイマルです、としか言い様も無いです(笑)。
まだロイの片想いですけど、気合いはロイマルですので……!


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