○ ハッピーバースデー ○




今日は、ロイの誕生日だった。

盛大なバースデイ・パーティーも終わり、時刻は真夜中、11時。
自室のベッドに腰掛け、ロイは、一冊の本を、読んでいた。
ロイは普段は、性に合わない、と本を徹底的に遠ざけているが、頭はけっして悪くは無い。
一文一文をきっちりと理解しながら、ロイは本を読み進めていく。
深い青。金色の箔押しの、ハードカバー。
それはマルスからロイへの、誕生日プレゼントだった。

「ロイ」

こんこんこん。
静かな部屋に、ノックの音と、それから、誰かの声。
普段滅多なことでは発揮されない集中力を使っているために、
ロイは気づくことができない。

「……ロイ? 寝てる、のか?」
「っ、えっ!? ……あ、いや」

こんこんこん。
二回目のノックの音と、声とで、ロイはようやく意識を本から引き剥がした。
入っていいぞ、と呼ぶと、開く扉。

「マルス」
「…………」

そこには、マルスが、いた。

「ごめんな、気づかなくて。何か用?」
「あ……、……いや……。」

本を閉じ、ベッドの脇に追いやってから、ロイはにっこりと笑う。
マルスは一度、ロイを見たが、何故か、ドアを開けた場所で立ち止まったままだ。
入っていいぞ、と言えば、マルスはいつも、こちらまで来るのに。
どうしたのだろう。

「マルス? こっち、来いよ」
「……う、うん」

ロイが促すと、ようやくマルスは、ベッドの方までやって来た。
こっちこっち、とにこやかに笑いながら手招きして、自分の隣を勧める。
勧められたまま、ロイの隣に座ったマルスは、
ベッドの脇に追いやられている本に、目をやった。

「……それ……」
「え? ああ、うん。今読んでたとこ」

本も、たまに読むならいいんだけどな。
そう言って笑うロイの表情は、いつになく明るい。
屋敷中の人に、家族に、たくさんの人が祝ってくれた誕生日。
ちょっとした幸せに満ち足りながら、
ロイは隣の、マルスの方に視線を向けた。

そして。

「……ロイ、」
「ん? 何っ……、」

マルスの右手が、ロイの左肩に、する、と伸びてくる。
何だろう、と思ったのもつかの間、
ロイは、いきなり肩を強く押されたような、感覚を覚えた。

「……え……っ、」

思っていたよりも、ずっと強い力。
両肩を押されて、ロイの目の前の世界が、ぐるりと反転する。
見えたのは、マルスの、青い髪。
その向こうに、部屋の天井。
木製のベッドが、ぎし、と音をたてた。

「………………へ……?」
「…………」

それは。

   ロイが、マルスに、押し倒された、という。

「…………えええええええぇぇぇぇっ!!?」

ありえない、状況だった。

「なっ、ちょっ、あのっ、……マ、マルス!?」
「……うるさい。」
「いやうるさいとかじゃなくってっ、何……」

それは、いつもの状況といえばいつもの状況だったが、そうじゃない。
いつもは、ロイが、マルス「を」、押し倒しているのだから。
何だろう。一体、何が起こっているんだ?
落ち着け俺、という言葉だけが、頭の中を無意味に回っている。
回っているだけで、効果はまったく無い。
要するにロイは今、異常な程混乱していた。……仕方がないかもしれないが。

程無く無表情に近い、マルスの顔。
ああ、そんな顔も綺麗だなあ、などという感想は出てこなかった。
マルスは、ふ、とロイに顔を近づける。
冗談ごとでは済まされない。ロイは、更に慌てた。

「あの、……っ、マ、ルスッ!? あんた、まさか酒飲んだとかっ」
「……飲んでないよ、」
「えええっ、だって目ぇ据わってるしっ」
「……悪いか?」
「いや悪くないけどっ、そんな顔もまたキュートv だしっ……」
「……。……いいから、少し、大人しくしてろ……」
「え……っ、……ッ……!!」

場の雰囲気を誤魔化すための、ロイの必死の軽口は、一瞬で掻き消えた。
マルスは、低くした顔の位置を更に落とすと、鼻先で事も無げに、襟先を避けた。
吐息が絡み、ロイの頬が熱くなる。
マルスの唇が、首筋に触れた瞬間、ロイは思わず、息を詰めた。

「……っぁ、……マル、ス……ッ!!」

   やばい。
違う、何かが違う。
自分はマルスが好きだという自覚はありまくりだし、
だから、触れられるのは嫌ではないけど、
でも。

   だっ、ちょっ、マルス、やっぱ止め   ……!!」
「………………。」


ロイはマルスの肩に手をかけて、力の限り、思いっきり、押し返した。


「…………」
「…………」
「…………へ……?」

押し返した、細い身体。青い髪が落ちて、マルスの顔を隠していた。
部屋を照らす明かりが、隠した顔を、さりげない光で晒す。
   そこには。

「…………マル、ス……?」
「…………っ……。」

白い頬を、見てわかる程に赤く染めたマルスが、
悔しそうな、というか、恥ずかしそうな、というか、他にももっと、色々な。
複雑に思いを絡ませて、ロイを強く睨んでいた。

先程までとんでもないことをしていたのはマルスの方だし、
こんなに頬を赤くされる覚えも、睨まれる覚えも無い。
何だろう、と、ようやく少し落ち着いたロイが考えていると、急に、
マルスはロイに、倒れこんだ。……身体から、力が抜けたように。

「えっ、……ちょ、おい、マルス? 大丈夫か?」
「………………誕生日……、」
「は?」

マルスの肩に腕を回して、ロイはゆっくりと、上半身を起こした。
ロイに倒れ込んだまま動こうとしないマルスを、落とさないように。
ロイの肩に頭をあずけて、マルスは、ぽつり、と呟く。
……おそらくは、こんな行動の、言い訳を。

「……誕生日? って、今日?」
「……本、くらいしか、思いつかなくて」
「……。……ああ、うん……」
「……それで……。……エリウッドさん、が……」
「……は? 父上? 父上がどうかしたのか?」

何でここで、そんな名前が。
怪訝に思いながら、ロイは続きを聞いた。

「……プレゼント、って……。貰って、嬉しいものをあげるべき、だろ」
「……そりゃあ、まあ、そっちの方がいいよな」
「……だから……。
 ……ロイ、本、あまり好きじゃないから、それで……。」
「………………。」

ロイの服にしがみついて、マルスは静かに、静かに言い訳を続ける。
そしてそこまで聞いた瞬間、ロイの頭の中に何か、嫌な予感が過ぎった。
……まさか。まさかとは、思うが。

「……それでマルス、まさか父上に聞いたのか?」
「……うん……。」
「……まさか、俺の喜ぶこと?」
「……うん……。……そうしたら、こういうこと、って言われたから……」
「…………………………。」

消え入りそうな声。   ロイはなんだか、眩暈を覚えた。
頭の裏側に浮かんで消えていくのは、爽やかに笑うふざけた馬鹿親父の顔。
やたら繊細に思い浮かべてしまって、ロイは思わず、拳を握った。

「……っんの、……馬鹿親父ッ……!!」

引きつった笑いが浮かぶその目には、かるーく、殺意が芽生えている。

「……あいつはっ、てめぇの息子を何だと思ってんだーッ!!」
「……あの、……ロイ……、」
「ああっ!? 何だよ、マルス!!」

腕を引いて、ロイはマルスの顔を覗く。
親の機嫌をうかがうような、子供のように、瞳を迷わせて。
顔を赤らめたまま、マルスはロイを見上げている。

「…………その、……誕生日、……おめでとう」
「…………」

喜んでくれただろうか。マルスの顔は、そう言っていた。

…………喜ぶ、というよりは、驚いたが。
ロイはこっそりと溜息をついた。
そして、やけに子供じみたマルスの顔を見て、少し情けなく笑う。

「……うん、ありがと」
「…………」
「で、さ。お礼ついでに、もう一つ」
「? ……って、わっ……!!」

抱きしめていたマルスの身体を、ロイはぐるっと反転させる。
仰向けにベッドに横たえて、それこそ、押し倒した、というそのものの形。
びっくり顔のマルスの耳元に、ロイは、歌うように囁く。

「……このまま、やっちゃって、いい?」
「…………っ。」

ロイの“お願い”に、息をひそめたマルスは。
ほんの少しの逡巡の後に、こくん、と、小さく頷いた。
それを見て、ロイは、嬉しそうに笑う。
頬に、そっと、口づけて。

残りの真夜中の出来事は、たった二人だけの、秘密だった。



って、結局ロイマルなんじゃねぇかよ!!!

素直に書けないと白状すればいいのに、
でもロイマルサイトのアンケートでマルス×ロイと書いて下さった、
その心意気に敬意をと思いまして……。(すみません……)

まさかこのサイトに、
純粋にこのカップリングを求めてきている方はいらっしゃらないだろうと思いますので、
襲い受けみたいな感じで済ませてしまいました、
というかこれで勘弁して下さい。
書いてる途中ずっと爆笑してました(笑)。

まあ、たまには、こんなのも…… ……と言っても、二度と書けない……と思いますけれど。


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